契約
十
今自分は目を開けているのだろうか?それともまだ、悪夢の中に居るのだろうか……?
目の前に古ぼけた板張りの天井が見える。それに、数日振りに布団の上で寝ているのだろう、冷たさや背中の痛みは全く感じなかった。だが、そのことが皮肉にも、何か紐の様な物が手首に食い込む感触を、より強調させていた。
夢と現実の差が明確に分からないまま、動かせる首だけを廻らせる。上体を起こそうとして、やはり自分が感じている手首の痛みに間違いが無い事が分かった。手だけではなく足も同様に、木製ベッドの四隅の支柱に、ロープで固定されているのが見える。
(随分とアナログだな……。)
どうやらここ数日の間に、自分の神経は麻痺してしまった様だった。この、異様な自分の状態よりも、あの病院と比較していることに、思わず苦笑する。
今、自分が居る場所は、普通の民家の一室を思わせた。広さは六畳位で、簡素な机などの家具も置かれている。今までの状況と、あまり改善されていないことに失望するものの、ずっと感じていた首の後ろの違和感が無くなっていることには安堵した。どうやら首に巻かれていた何かは、外れたらしい。
それにしても、ここは一体どこで、誰の部屋なんだろう……?そう考えたところで、あの美しい女の顔が目に浮かんだ。しかし、すぐに振り払う。あれは夢だったに違いない……仮に、あの女が実在したとしても、この部屋は女性のものにしては、侘しい感じがする……そんなことを考えていると、突然扉が開き、見知らぬ男が入って来た。年の頃は直哉と同年代だろうか?もともとカジュアルな服装をさらに着崩したラフな格好で、頭髪もそれに合わせた様な、乱れた茶髪だった。見た目だけで判断するならば、まっとうな道を歩んでいる人間には見えなかった。
「……何だ、男か。」
直哉を見るなり、ぞんざいな口調でそう言うが、それはこっちのセリフだと、直哉も思った。
「折角なら、女が良かったけど……まぁ仕方ないか。この際、贅沢は言ってらんねぇし……。」
「……あんたは、誰だ?それに……ここはどこなんだ?」
何やらブツブツと不満を唱える男に、直哉は疑問をぶつけてみた。
「あれれ?気が付いてたのね?しまった……俺の事、見られちゃったか。」
どうやら男は、直哉の目が開いていることに気付いていなかったらしい、驚いた様子を見せるものの、直哉の質問には素直に答える。
「ここは『アスラ』ってヤツの部屋だ。ああ、『アスラ』ってのは、俺たちのリーダーってとこかな?」
この男以外に、まだリーダー格の男がいるのか……直哉は今の状況がますます分からなくなったが、
「あんた達は……何者だ?羽田院長と何か関係があるのか?」
あの女が現れた時、何故か羽田は動きを止め……そして、自分は女に噛まれた(?)らしく、そのまま意識を失って、気付けばここに居た……。女が現れる寸前に、何かを埋め込まれようとしていた両膝は手当てがされ、包帯を巻かれてはいるものの、自分の身に着けているものは、あそこと同様白衣のままだし、逃げられない様にされているという状況もあそこに居た時と同じだったから、もしかしたら羽田に自分を捕えておく様、依頼されているだけかも知れない……。そんな考えが頭を過り、男に質問を繰り返す。
「羽田……?ああ、『アイラ』が捕まっちまっていた病院の、医者のことか。」
アイラ……また別の人物らしき名前が、彼の口から出てきた。だがこの男の言葉では、どうやら羽田の仲間ではないらしい……そこまで考えて、あの時の羽田の態度を思い出す。あの女が現れた時、『F21』と呼んでいた……自分のことも、他の医者だか研究員を伴って、サンプリング等を行う時には、『M37』と言っていたのを記憶している。……ということは、彼女も自分と同様、あそこで実験サンプルとして、扱われていたに違いない。ならば、『アイラ』という人物が、あの女ということなのだろうか……?
もの思いに耽るうちに、茶髪男がすぐ目の前まで来ていた。直哉を見下ろす彼の目が見えた時、彼もまた、自分と同じ目の色をしていることに気付いた。動揺する直哉の様子に気付いているのかいないのか、まるで独り言の様に、
「いつまでも、アスラみたいな腰抜け野郎にリーダー面されるのは気に喰わねぇ。あいつに見つかる前に、さっさと頂くとするか。」
そう言うや否やものすごい力で、頭を横向きの状態にして押さえつけられる。
「!?」
抗議の声を上げようとしたその時、直哉の目の端に、彼の大きく開いた口から、まるで肉食獣の様に鋭く尖った歯が、はっきりと見えた。
「ぐぁ……っ!」
あの美しい女に噛まれた時とは比較にならない痛みが、喉元を襲う。目の前が真っ暗になる程の激痛が、直哉の体を貫いた。何故か聴覚は鋭くなっており、男から発するズルズルという液体を吸い上げる音だけが、はっきりと聞こえる。
(あの女と同じ……吸血鬼!?)
何とか逃れようと体を捩るが、手足を拘束された状態では、それもままならず、更に手首に紐が食い込むだけだった。それにも構わず、必死に手足をばたつかせる。だが、あまりにもの喉元の痛みに、意識が遠退きかけたその時、
「うぉ……なんだよ、これ……?」
疑問の声を上げながら、男が直哉から離れた。彼の顔は、何故か苦痛に歪んでいる。そして、耳障りな叫び声をあげながら、自分の喉を掻きむしり、明らかに今飲んでいた直哉の血液量以上の血を吐くと、そのまま白目を剥いて床に倒れ……全く動かなくなった。
「ハア……ッ、ハア……ッ!」
激痛と、今何が起きているのかが分からずに、パニックに陥った自分の身体が、激しく酸素を欲しているらしく、直哉は何度も荒い呼吸を繰り返す。恐る恐る男が倒れた方に目を向けるものの、床に倒れていると思われる男の姿は、直哉の位置からは見えなかった。だが、自分の身体の上に残る、あの男の吐いた血の量は尋常ではなく、白かったはずの衣服や寝具が真っ赤に染まっていた。
(そんな、まさか……死んだのか……?)
自分も血を吸われたことによる出血の為か、それとも恐怖によるものなのかは分からないが、身体の震えが止まらなかった。
「どうした!?何があった!?」
先程からの物音に気付いたのだろう、金髪男よりも更に若い男……まだ少年の域を出たばかりの様に見える……が、慌ただしく扉を開け、部屋に入って来る。
「……おいっ、レン!どうした!?……お前、まさかこいつの血を……!?」
若い男は倒れている金髪男……レンという名前らしい……の側に駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばすが、やはり反応が無いらしく、動揺した様子でそう言うと、今度は直哉の方に目を向ける。その若い男と目が合った瞬間、また彼の目の色も、自分と同じだという事が分かった。立て続けに同じ目の色の人間に会ったことを疑問に思うのと同時に、彼の顔立ちがどこかで見た覚えがあることにも気付くものの……直哉はもう意識を保っていられなかった。
再び目を覚ました時も、やはり古ぼけた板張りの天井が目に入った。先程と状況は全く変わっておらず、手と足は同じ様に拘束されたままだった。ただ、着替えと寝具の交換だけは行われたらしい、血まみれだった跡はきれいさっぱり元通りになっていた。
(もしかして、本当に夢だったのか……?)
一瞬そう思うが、首元に残る鈍痛と、その上に包帯を巻かれている様な感触が、現実を突き付けてくる。ゆっくりと先程の出来事を反芻した。
(あのレンという男は、仲間を欺いて俺の血を吸おうとした……だが、何故か命を落とすことになった……。)
しかし、謎は深まるばかりだった。では何故自分は拘束されたままなのか?もしかしたら、仲間を殺したことを、断罪するつもりなのだろうか……?でもこちらから、何かをしたわけでは無い。あの男は、言わば勝手に自分の血を吸い、それが原因?で命を落としたのだ……。腕と足に力を込める。やはり手首に紐が食い込むが、そんな事には構わずに、必死にもがいた。だんだん息が荒くなるが、とにかくここから逃げることを考え、雄叫びを上げながら手足を動かし続けた。
「そんなことをしたって無駄だ。」
いつの間にか、先程の若い男が部屋に入って来ていた。動きを止めるのと同時に、顔が強張るのがわかる。男は更に直哉の側まで歩み寄り、
「あんたには悪いが……当分の間はこのままだ。……あんたが協力してくれる、というのであれば、別だけどね。」
「……協力?一体何の話だ?」
突然の男の申し出に、直哉は呼吸を整えながら質問する。彼は自分に何か罰を下そうとしている訳ではないらしい。直哉の問い掛けに、男は目を丸くして、
「あんた、もしかして……自分が何者で、僕達とどういう関係だとか、まるで知らないのか?」
「え……?」
男の言ったことに、今度は直哉が目を丸くした。まるで……彼らと自分に何か繋がりがあるとでもいう様な口調だ。それとも、これまでにどこかで会ったことが……?そんなことを考えるうちに、ふと彼は、あの美しい女性にとても似た顔立ちをしていることに気付いた。
「その様子だと、今まで『普通の人間』として、平穏に暮らしていたということなんだろうな……。」
直哉の戸惑いを汲むかの様に、彼は呟き……そして、続ける。
「『ドラキュラ』は知っているかい?」
「……なんとかという作家が、十五世紀に実在したヴラド・ドラキュラ公をモデルに書いた、吸血鬼の話だろう?」
直哉の答えに、その若い男は頷き、
「『ブラム・ストーカー』だよ。そう……人々の間では、モデルとなる人物がいるものの、『ドラキュラ』はあくまで作り話に過ぎない。」
そう言ってニヤリと笑う男の口元からも、やはり先程の男と同様、鋭く尖った牙が突き出ているのが見えた。直哉はそれから目を逸らし、男の目を見ながら、
「君たちがそうだ……とでも言いたいのか?」
「違う、あんただ。」
「……は?」
その男の答えに、思わず素っ頓狂な声を出す。一体どういう意味なのか、全く訳が分からなかった。直哉の様子を見て、男は悪戯っぽく笑いながら、
「彼の書いた物語のおかげで、皆『ドラキュラ』本人が吸血鬼だと思い込んでいる。それも、作り話としてね。だけど本当は、ヴラド公が彼の血を分け与えたヴァンパイアを、使役していたんだ。正確に言えば……彼は特に物語として取り上げられたが為に有名になったが、他にもたくさんヴラド公と同じ様に、僕達に血を分け与える存在が居た。もちろん、僕達と同じ『ヴァンパイア』と呼ばれる存在もね。」
「え……?」
「歴史上、目覚ましい活躍を遂げた人物となれば、それはほぼあんたの先祖だよ。ヴラド公も優れた統治者であり、残虐な支配者でもあった。そして……僕達の先祖がその陰で暗躍していたのも確かだ。あんたたち、○○○の従属者として、ね。」
まただ……○○○の発音が聞き取れない。あの女が言っていた言葉と同じだという事は分かるのに……。黙り込む直哉に、更に、
「あんたらは僕達に血を分け与える代わりに、僕達は各々が得た特殊な能力で、あんた達を支えてきた。言わば、持ちつ持たれつの関係を、何百年と続けて来たんだ。ところが……百年位前にプッツリと、あんたらがこの地球上から居なくなってしまった……。きっと、急速に人類の科学力が発達した為、いずれ自分達が『地球上の生物』ではないことが知れるのを恐れたんだろう。それで、地球よりも未開発の、彼らが統治しやすい場所を探して、宇宙へと旅立ったんだと思う。」
直哉は彼の話したことに、ポカンとする。ならば、やはり自分はエイリアンのiPS細胞から創られた、ヒト型の生物だという事だ……。泣き笑いの様な表情を浮かべる直哉に、
「そう、あんた達は地球人では無い。僕らもあんた達がどこから、何の為に地球にやって来たか……そんなことは全く知らないし、興味も無い。だが、あんたらは僕達の事を……自分達の下僕として、自分達の遺伝子をベースに創り出した生物だから、『仲間』だという意識は全く無かったんだろうね……地球に置き去りにして行った。酷い話だと思わないか?だって……僕達は、あんた達○○○無しでは、ただの薄汚い、他の生物の血を吸わなければ生きていけない『バケモノ』に過ぎない……でも、僕達にだって命もあれば、感情だってある!生まれて来たからには……生きていたい、そう思うのは、生物として当たり前の本能だろう?そう……思わないか?」
彼らもまた、自分と同じ創られた生物だという事なのか……?突拍子も無い彼の話を、直哉はただ呆然と聞くことしか出来なかった。だがこの若い男の、苦悩が覗える表情からも、単に作り話をしている様には思えなかった。
「僕と妹のアイラは、辛うじてあんた達から百年前に血を分け与えられていた。基本的に一度血を分け与えられれば、その○○○との間に契約がなされたものとみなされ、僕達は特殊能力を得ることが出来る。僕は戦闘能力を、アイラは透視・精神感応能力を得た。」
「え……?」
直哉は再びポカンとした。ではこの目の前にいる若い男は、少なくとも百歳以上だという事なのか……?彼は、唖然とする直哉に気付き、
「もともと僕達は人間より長命なんだ。だがそれも、あんた達に血を分け与えられることを前提としての話だから、僕と妹を除く他の仲間たちは、一度もあんた達の血を分け与えられていない為に、人間と同程度の寿命しかない。人間と同じ様に老いて……そして死んでいく。だがそれも、時々は人間に対する吸血行為を行っての話だ。何もせず、普通の人間と同じ様に生活していると、三十年も生きられない。それでも……ヒトの血を吸うことに違和感を持つ、多くの仲間たちが……その短い生涯を受け入れ、死んでいった。個体差で、少しは長く生きられる仲間もいたが……所詮、元々定められている寿命を、さして延ばすことは出来なかった。だから今、僕達の仲間は……さっき死んだレンを除くと、僕も含めて十五人しか残っていない。」
この男の話していることが本当の事だとすれば、要するに、彼と彼の妹以外の仲間に、直哉の血を分け与え、彼らが直面している種の絶滅から救ってほしい……そういうことになるのだろう。しかし彼も話した通り、やはりレンと言う男は、直哉の血を吸ったことが原因で死に至ったのだ……。そのことを確認せずにはいられなかった。
「でも、そのレンってヤツは、俺の血のせいで……死んだんだろう?それなのに、俺に協力を求めるのか?」
直哉の質問に、男は苦笑しながら、
「僕がアイツに詳しく話していなかったのが、悪かったんだ……。」
そう言って目を伏せる。しばらくの間沈黙が訪れたが、直哉は黙って男の次の言葉を待った。
「あんた達は、自分達の血で僕達を支配しているが、僕らがむやみに血を欲することの無い様に、一定量を超えると『毒』に変わる様、遺伝子を操作している。それに、直接の吸血は痛みや恐怖を伴う。だから、あんた達が強い恐怖を感じると、血を瞬時に『毒』に変えて吸血者の命を奪う……そういう風に僕らを設計したんだ。あんた達自身を守る為にね。」
「……。」
直哉は言葉を失う。本当に酷い話だと、そう思ったからだ。自分達が創り上げたとはいえ、仮にも命ある生物を、自分たちの意に添わなければ、あっさり見殺しにするとは……。彼の言う、○○○というヤツらはロクでもないな、という印象を持った。ただ……自分はその○○○から創られたのだから、そのロクでもない奴らの血縁者なんだ……そう思い、自虐的な笑みを浮かべる。そんな直哉を、彼は見下ろしながら、
「そこで、改めてあんたに頼みたい。どうか僕達に協力して貰えないだろうか?もちろん痛みを伴う様な形での供血でなくて構わない。幸い現代は、さほど痛みを伴わない採血方法が幾らでもある。そうすれば、あんたは恐怖を感じにくいだろうし、僕達も摂取量を調整し易い。それに……あんたから血を分け与えられた個体は、あんたの命令には無条件で従い、発現した能力もあんたの為に使う事を一切惜しまない。まぁ、あんた達に強い恨みをもっている個体は、血を受ける事自体を拒むかも知れないけれどね……。それはともかく、あんたにとってそう悪い話じゃないと思うが……どうだろうか?」
そう話す彼の目からは、思慮深さの様なものを感じる。見た目はやっと青年になったばかりの……直哉より幾分年若い様に見えるのに、実は百年以上生きている……それは、本当なのかもしれない……そう思った。直哉は彼の目を見たまま、真意を探る様に疑問を口にする。
「俺が『協力する』と言えば、自由にしても良い……そういうことなのか?」
「まぁ、平たく言えばそうだが……でもあんたは、自分の父親を殺したとして、逮捕されたのだろう?どちらにしろ、元通りの生活は難しいんじゃないのか?」
彼の言ったことにハッとなる。そうだ……自分は父を殺したという濡れ衣を着せられたまま、取り調べを受けることになり……その後、羽田の病院に『実験サンプル』として連れて行かれたのだ……。そのことを思い出した。考え込む直哉に、
「あんたさえ良ければ、僕たちの集落で暮らすか?ここは、都心部から離れたある山奥だ。そう簡単には見つからないだろう。必要があれば、僕たちの中の誰かが街へ行って、あんたの代わりに用を済ますことだって出来る。それに……レンの様に、無理矢理あんたの血を吸おうとするヤツはもう居ない。それは僕が保障する。」
老獪な光を宿した目で、悪戯っぽく笑みを浮かべるこの男……彼がリーダーのアスラだということは、疑い様が無かった。早く自由になりたいという心理が働いたのも否めないが、この男を含め、彼らの事……ひいては自分のルーツをもっと知りたい、それに羽田……ヤツと対決するには、この男達の助けが必要なのは確かだ……そう考え、
「分かった……君たちに協力する。」
「そう言ってくれると思っていたよ。」
直哉の答えに、男は満足げに頷くと、手足を拘束していたロープを解いてくれた。身体を起こそうとする直哉の背中を支えながら、
「改めて、よろしく。僕はアスラ。」
そう言って、右手を差し出す。ずっと繋がれていたせいか、震えの止まらない右手を苦心して上げようとしていると、アスラは直哉の腕を掴んで持ち上げ、
「やっぱりあんたは……あの人の『兄弟』なんだね。よく似ている。」
「……?」
その言葉に、戸惑う様子を見せる直哉の手を、そっと下に置きながら、
「あんたの父親だった敦哉の『父』……あんたから見れば、義理の祖父という事になるね……彼はただ一人、最後まで地球に残った○○○だった。そして、あの人のiPS細胞を元に創り出されたのが……あんたなんだよ。」
「……じゃあ、親父は……まさか義父も、俺と同じ……その、『人間』じゃなかったってことなのか?」
驚きの声を上げる直哉の方を見て、アスラは頭を振り、
「僕が紛らわしい言い方をしたのが悪かったね……そうじゃなくて、敦哉もまたあんたと同じく、血の繋がらない親に育てられた……ということだよ。」
「……え?」
アスラは、呆然とする直哉を、慈愛に満ちたかの様な目で見つめ、
「敦哉の両親は、彼が小さい時に亡くなってね、史哉……あんたの義理のお祖父さんは、そう名乗っていた……が、敦哉を引き取ったんだ。もともと史哉が医師をしていて、敦哉が彼の研究を……自分を除く○○○が居なくなってしまった為に、僕達ヴァンパイアがいずれ絶えてしまうことを憂い、敦哉にその研究を託した。その時、既に史哉は高齢で、自分が長くは生きられない事を知っていた……だからこそ、次代の……それも、『ヴァンパイア』ではなく人間の協力者として、敦哉のことが必要だったんだ。」
「それは……どうして?」
直哉が疑問を口にすると、アスラは苦笑しながら、
「『ヴァンパイア』だけに任せると、研究に携わった者たちだけで、その成果を囲い込んでしまうかも知れないからね……。でも、あの人にも誤算は有った。」
「……?」
「まさか『人間』が、彼らの『血』を必要とするとは、思いも寄らなかったんだろうね。敦哉一人で研究を行うには限界があるから、彼は帝大の研究チームで、ヒトの医療の発展に役立つ遺伝子を持った生物を、創造するプロジェクトに携わり、あんたを創り出すことに成功したものの……あの羽田という医師に、あんたの血液が万能性を持つことを突き止められたんだ。」
(そうだったんだ……。)
直哉は、羽田の言ったことを思い出していた。自分の持つ『血』のことを、『プラチナ・ブラッド』……ヒトの体内に入った時に、治癒的な働きをするんだと……確かにそう話していた。
俯いたまま考え込む直哉に、
「敦哉は当初、あんたを創り出したのは、確かに僕たちを存亡の危機から救う為だったかも知れない。でも……彼はあんたの事を、本当の息子の様に大事に思っていたのも確かだ。だから、あんたの事を創り出したプロジェクトチームから遠ざけたのはもちろん、僕達からも同じ様に遠ざけた。いずれ事情を話し、あんた自身がそのことを理解して、どうするか選ばせようと……そう考えていたみたいだ。敦哉自身が史哉から、理解を求められ……そして自分で僕達に協力しようと考えた様にね。」
その言葉に、弾かれた様に彼の方を見ると、悪戯っぽく笑いながら、
「そう、敦哉はいつも言っていたよ。『自分の息子の生き血を提供しなければならないというのは、やはり親としては辛いものがある。』……とね。だから、もう少し時間が欲しい、と。でも、僕達にもあまり時間が無いんだ。だから、こうするしかなかった。あんたと敦哉には申し訳ないけれど……僕にも仲間たちを守らなければならない義務がある。強硬手段を取らざるを得なかった僕たちの事も、どうか分かって欲しい。」
そう言うアスラの瞳は、まるで静かに燃える焔の様に見えた。