『紅櫻』 紅き刀と戦闘訓練
「た、ただいま」
「おかえり」
ミナが帰ってきたのは放課後だった。刀を手に持って。
「『紅櫻』か?」
「うん。そうだよ」
「…うーん。普通の長さだ…」
「うわっ! し、シノリちゃん」
「シノリでいいよ」
「…手合わせしたいな」
「え? なんて言ったミナ」
「だから、ちょっと使ってみたいなって」
「…いいよ。私が相手してあげるよ」
シノリが承諾した。俺でもよかったんだけど、どうにもシノリが戦いたかったらしい。
「第二演習場でも使わせてもらおうか」
「あ、うん。第二と言えば…無茶苦茶視界が悪いところ」
「そうそうそこそこ」
「なるべく急ごうぜ。誰が使うかわからないからな。今は使われてないみたいだし」
教室のモニターで確認する。なんの点灯もないってことは使われてないってこと。
俺たちは少し急ぎ足に演習場に向かった。
「空いてるな」
「よし。やろうミナ」
「うん。お手柔らかにお願いします」
「うん。こっちもね」
そう言ってシノリはSRを探し出した。
「…ん? あ、これ私じゃ勝てなくない? barista-AS scopeしか置いてないし。XP-galaxyぐらい置いててよ…」
「おい。シノリ、こっちの倉庫にいくつかあるぜ」
「なにがある?」
「えっと…DS-rightとBSの可変倍率のアタッチメント付きなら」
「DS使うのは引けるから、と言ってもBSも大概なんだけどね。BS貸して」
「ほら」
俺はBSを手に取りシノリに渡した。
「それじゃあ、行ってくるね」
「おう。二人とも頑張れよ」
俺は二人を見送った。
「ふう。どっちが勝つかな。いやそれよりも『紅櫻』の性能だな…。刀だ。攻撃系の性能か? それとも補助? いや、間合いを詰める何かかもしれない…」
俺は考えるのに夢中になっていった。
「ったく。本当に視界悪いなあ…。こんなんで私、戦えるかな」
シノリはため息をついていた。視界が悪いのは知っていたがこんなに悪いとは思いも寄らなかったのだ。
「普段、ここ使わないからなあ」
近づかれたら、いくら経験の差があったとしても敵うわけがない。スナイパーと刀で近接で勝つとしたら刀だろう。
「ナイトビジョンのスコープが欲しい」
そう言っていたところだった。まさか、反対側から入ってきたミナがもう来るなんて考えてもいなかった時だった。
「見つけたよ。シノリ」
「…あ、見つかっちゃった」
刀を片手にミナがもう近くまで来ていた。
「行こう『紅櫻』」
ミナが刀を構えると、その刀身が鈍く光り始めた。
「きょ、共鳴せよ! 『白猫』!」
シノリが叫ぶが何も起こらない。
「…あれ? 『白猫』が発動しない?」
「起きて『紅櫻』」
ミナの一言と共に風が巻き起こり辺りが晴れた。
「…化物みたいな武器ね!」
聖武器でなくとも、普通にスナイパーライフルだ。当たれば勝てるだろう。その考えに準じてシノリは撃った。
「うん。私もそう思うよ」
「嘘…食べた?」
シノリの撃った弾はミナに届くことなく『紅櫻』に喰べられた。
「そろそろ、終わろう。お願い『紅櫻』」
ヒュンと風を切る音が聞こえたかと思うと、シノリの背後にあった岩が真っ二つになった。
「…か、勝てないよ」
シノリが負けを認めた。
「シノリ! だ、大丈夫だった!?」
「う、うん。大丈夫。だけど、その『紅櫻』なんなの?」
「んー、なら、シノリだけに教えるねけど、クロマには教えないで。後でクロマと戦いたいから」
「わ、分かった。約束する」
「それじゃあ、耳貸して?」
「ただいまー」
「あ、お疲れ二人とも」
「クロマ、ミナ強すぎて笑えるよ。勝てなかった…」
「まあ、地形条件とかもあるんじゃないか? それに刀だから間合い詰められたら終わるだろうし」
「いや、間合いは詰められたけどそんなに零距離でもない。どちらかというとこの視界の悪さを考慮すると一番良かった距離…ではないね。ちょっと近すぎたかな」
「気になるな。ミナ、少し休んだら俺とも戦ってくれ」
「うん。いいよ」
俺は不思議に思った。なんでミナがこんなにも普通なのか。息切れすらしていない。それに比べあまり動かなくてもいいシノリの方が相当息切れして、汗もだいぶ…。シャワーしてこいよ。
「シノリ」
「なに?」
「シャ…あ、いや『紅櫻』の性能教えてくれないか? 分かる範囲でいいんだが」
「それなんだけどね、私にもよくわからなかったの。いきなり私の背後の岩が真っ二つになったから」
「は? んだよそれ」
「まあ、要するにわかんないの!」
「怒んなって」
「…でも、『表裏』なら勝てるかもね」
「…分からねえけどな」
「クロマ、休憩終わり。やろう」
「ああ、そうだな。行ってくる」
「二人とも頑張ってね」
「ナイトビジョンゴーグル持ってて良かった」
さて、ミナはどこから来るのか。おっと、熱源発見。隠れないとな…けど速くないか?
「クロマ見つけた!」
そう言って、ミナはこちらに走ってきた。
「っ!?」
なんで見つかった!? 岩越しだぞ?
「『表裏』の真髄見せてやるよ!」
「顕れろ『紅櫻』」
目が赤い…?
「鎌鼬による切り傷にご注意を」
スパン! と手の甲が、ズボンが、胸が、頬が、切れた。
「こんな程度どうってことない! 裏返せ『表裏』」
「っ! ゴホッ! ゲホッ! な、なにこれ…ゲホッ!」
「『表裏』の性能は逆転。何かと何かを入れ替える。今は空気中の酸素と窒素を入れ替えた。慣れてないと普通に死ぬぜ?」
「く、喰ら…え『紅櫻』」
パシュン! と聞こえのいい音と共に息がしやすくなった…?
「まさか消えた…? 俺の『表裏』がかき消された?」
「私の『紅櫻』の性能は大きく分けて三つ」
「三つだと…?」
「一つ目は"喰らう"こと。相手の性能だろうが銃弾だろうが。なんだって喰らう」
それのせいで俺の『表裏』の性能が喰われたのか。
「二つ目は"突風"。どんな時だってどんな風でも起こせる。三つ目は"活性"。自分相手問わず人の能力の底上げができる。だから、ここでクロマの心臓の能力を活性化すると…吼えろ『紅櫻』」
「あがっ!?」
心臓が早鐘を鳴らすのと同じくしてさっき、切った傷から血が吹き出す。
「…グロテスクだね。戻せ『紅櫻』」
ミナが言うと、心臓はだんだんと動きを遅くしていった。
「バケモンみてえな武器だ」
「それシノリも言ってた」
「戻るか」
「そだね」
「ただいまシノリ」
「おかえり二人とも。どっちが勝ったの?」
「俺の負けだ。まさか性能を喰われるとは」
「えへへ。でも、『紅櫻』は『蒼櫻』と対を成すって言ってた」
「『蒼櫻』? 聞いたことないな」
対を成すってぐらいだから刀なのか? そう思った瞬間だった。
ヴゥーヴ! ヴゥーヴ! ヴゥーヴ!
「緊急事態発生。緊急事態発生。生徒は速やかに地下へお逃げください」
「なっ!? 二人とも行くぞ!」
「…あ、あ、あ! ダメ! クロマはダメ!」
「は!? 何言ってんだ!」
「行っちゃダメ!」
「行かなきゃいけねえだっ…!」
そう言った瞬間だった。殺気。凄まじい程の殺気を感じ、言葉が詰まった。
「いいから…少し黙ってろよ。俺の主人が言ってるだろうが」
「ミナ?」
「あー、初めまして。俺は『紅櫻』だ。そんなことはどうでもいい。問題はお前が行ったら死ぬって話だ」
「…死ぬ?」
「ああ、俺の主人が予知した。未来の一つを予知したんだ」
「あーもー! クロマは此処にいて! 『紅櫻』? ミナ? どっちか分かんないけど、私と行こう!」
「うん。行こうシノリ!」
ミナはもう戻っていた。あれも『紅櫻』の性能なのか?
「心配になったとか言って死にに来ないでよ! それは嫌だからね!」
「あ、ああ。分かったよ」
走っていく二人を見ながら俺はそう返した。けど、こう言うしかないよな。
「さすがに幼馴染が戦場に行くのをただ見てるってのはできねえよ!」
俺は二人とは逆方向に駆け出した。