襲撃と鮭の塩焼き
もう食堂は空いていた。というか誰もいなかった。
「クロマ、何食べるの?」
「そうだな…」
「私、鮭の塩焼きにするねっ!」
「お前まだ食うのかよ!」
思わずツッコミをいれる。
「すいませーん。鮭の塩焼き二つくださあーい!」
「聞いてねえし…。って二つ!?」
「あ、クロマの分だよ」
「あ、俺の分…って俺も鮭の塩焼き!?」
「だ、ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど…」
「なら、大丈夫だね!」
「そういうわけでもねえよ!」
ノリツッコミは疲れる…。
「ほら、来たよ。鮭の塩焼き定食」
「お、おお。これまた美味そうな…」
「向こうで食べよ?」
そう言われ、ミナの言う向こうに足を運び、席についた。
「ほら、あーん」
「は?」
「だから、あーん」
突然、ミナが謎の行動をし始めた。
「な、なんだよ…」
「いいから、口開けてよ。あーん」
「あ、あーん」
「はい。あげる」
とても恥ずかしい。
「ずっとこれからもこんな風にできたら良いのにね」
「ああ。そうだな」
不意に天井を見上げた。
「なあ、ミナ。あれ誰?」
「んあ? 誰って?」
そう聞きつつもミナも天井を見上げた。
「あれ? 大きくなっていってないか?」
降ってきている。
「クロマ!」
ドン。と突き飛ばされた。
「ミナ!」
「あはっ! 美味しそうな子。いただきます」
降ってきたのは、女のまだ幼い子供の…吸血鬼だった。
「ミナ逃げろ! っ!?」
吸血鬼を見るミナの目がいつもとは違っていた。まるで、あの時の弟みたいに…。
「吸血鬼…吸血鬼だあ…」
「え? あがっ…」
気がつくと形勢が逆転しており、ミナは吸血鬼の首を絞めていた。
「ずっと殺したいと思ってたんだ」
俺はただ、それを見ていることしかできなかった。
「ってことで死んで?」
「うぐっ!」
吸血鬼はミナの手から逃れようと足掻いたが、もう遅かった。
ガクン。と吸血鬼の手が糸が切れたように落ちた。
「…ミナ!」
ここまできてようやく俺は動けた。
「おいミナ!」
「え? クロマ…? あれ? わたし…。殺した…?」
「落ち着け。今、対吸血鬼部隊を呼んでいる」
「う、うん…」
落ち着け。とは言っても、落ち着けるわけもなく、ミナは自分の手を見つめながら震えていた。
「もうちょっとかかるか…。なあ、ミナ」
「……なに?」
「どうしたんだ? いきなり」
「わかんない…。でも、なんか…やらなきゃいけない気がした。そうじゃなきゃ、クロマが…」
「ミナ、部隊が来た。ゆっくり、歩けよ」
「あ、うん」
肩を貸しながら、俺らはゆっくりと歩いた。
「クロマ! おいお前大丈夫か?」
「あ、父さん」
対吸血鬼部隊の隊長であり、俺の父さんであるミヤノリシドウが声をかけてきた。
「俺は大丈夫だけど、ミナが…」
「ミナちゃん? おい大丈夫か?」
「あ…クロマの、お父さん。平気ですよ」
「隊長!」
部隊の一人が父さんの近くに来た。
「どうした? 封印まで終えたか?」
「いえ、それが…。完全に死んでいます…」
「は…?」
俺はその部隊の青年の言葉に耳を疑った。
吸血鬼は基本、死なない。聖武器で心臓を貫くか、封印をしないと死なないのだ。封印の場合は死ぬとするのは少し違う気がするけど。
「ミナ? お前、何を…?」
「これもまた…天使の悪戯、か…」
不意に父さんがそう言った。
「天使の悪戯? 神の悪戯じゃなくて?」
「あ…ああ、神様よりも天使の方が現実味があるだろ?」
取り繕う。そんなイメージを持った。
けど別に追求はしなかった。天使の方が現実味があるってのもまた一理あると思ったからだ。
「弱っていたのだろう…ここまで来たんだからな…その吸血鬼を回収して撤退するぞ。お前ら、この後の授業は一応休みにしておいてやる。落ち着いたら来い。ミナちゃんはできるだけ早く来てくれ。専用武器を見つけないといけない」
「はい…」
力のこもって無い声でミナは返した。
「こりゃ、保健室送りだな。クロマ、連れて行ってやれ」
「分かった」
俺はミナに手を貸して、保健室に連れて行った。
「外傷は無いようだけど…」
保健室の先生はそう言った。
「まあ、きついんだったら寝ておいたら? 授業もあんまり休めないでしょう? あら? こんな時間…私行かなきゃね」
先生は出て行った。
「ミナ、休むだろ?」
「い、いや…今から行く…」
ミナはどうしても行こうとした。
「止めとけ。ぶっ倒れたらそれこそ…」
急に言葉が詰まった。言葉が出なくなった。
「それこそなに?」
「いや、なんでもない。まあとりあえず寝てろ。俺が居てやるから」
「で、でも!」
「いいから!」
そう言って、俺はベッドにミナを押し倒した。
「クロ…マ…?」
「ミナ…」
不思議なシチュエーションであった。
「クロマ…いいよ?」
いいってなにがだよ。と無知で冷静な俺が心の奥から言ってくる。
「ん…」
目を閉じて唇を俺の方に向けてきた。
その時、俺は理性を蘇らせた。
「バカか」
俺は、ミナのほっぺたを抓った。
「痛い痛い! クロマ痛いよ!」
「いいから寝てろ」
「うう! ガルル!」
「唸ってんじゃねえよ」
ミナはふと黙った。
「…ねえ、クロマ」
「なんだ?」
「私のこと…」
「ん? 何だよ?」
「い、いや! 何でもない!」
「気になるだろ?」
「何でもないんだってば!」
「そうか。まあ、とりあえず寝てろ」
「うん」
俺は、ベッドの横の椅子に座りなおした。
「クロマ、やっぱ双剣なの?」
「ああ。そうだな」
「私、何にしようかな…」
「その前に何があるだろうな」
「クラスメイトとかなんの武器使ってるの?」
「ん…長銃とかナイフとか杖とかナックルとか…あと父さんがバカでかい剣使ってた」
「…刀」
「は?」
「刀でも使ってみようかなって」
似合ってるようなそうでないような…。
「今、似合ってないって思ったでしょ?」
「ま、まさか」
「いや、多分似合ってないから。いいよ。忘れて」
「あ、ああ。努めるよ」
「戻ろう。大分良くなった気がするから」
「そうか? なら、戻ろうか」
俺らは、保健室を出た。
「あ、刀…」
「ん? なんか言った? クロマ」
「いや、刀あったような気がする。確か紅櫻とかなんとか」
「えっ?」
「だから、紅櫻だって」
「…夢で見た。その刀」
「は?」
「いや、一限目の時に夢で…」
「そうなのか? ん? 仮に刀が出てきたとしてなんでそれが紅櫻だって分かるんだ?」
「夢でクロマと女の吸血鬼が戦ってて、それを私は見てて…。二人の武器が…クロマのは『表裏』、吸血鬼のは『紅櫻』だって…隣にいた女の人が言ってた…」
「…確かに俺の剣は『表裏』だ。案外、才能かもな。予知系の」
コクンと、ミナは頷いた。そうかもねとでも言いたげな。
「さあ、ここが教室だ。俺の、そしてミナの」
扉にはロックが掛かってある。指紋認証で開くシステムだ。
「あ! クロマ!」
俺が入ると、一人の女子が俺に気づきこちらに来た。
「授業来なかったから、心配したじゃない!」
「おう。悪い悪い」
「ん? その子…新入り?」
「ああ。そうだ。えっと、この子はアイノセミナ。俺の幼馴染。んで、こいつが」
「キキノヤシノリ! よろしくねミナ」
「あ、うん。よろしく」
「シノリ。父さん、どこ行ったか知らないか?」
「んー、知らない。シドウセンセはすぐどっか行くから」
「そうだな。ありがと。次の時間が始まるまで待ってよう」
俺たちは教室で他の生徒達にミナの紹介をしつつ、父さんを待った。
「クロマ、センセ来たよ」
「みたいだな」
教室のドアが開いて父さんが入ってきた。父さんは俺に気づくと、近づいてきた。
「ん? お、来たなクロマ。ミナちゃんは大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「…なら、聖武器見つける方が先だよな。よし。お前ら自学してろ。分かったな」
「父さん俺は?」
「お前も自学に決まってるだろうが」
「はい…」
まあいいか。別に危ないことなんて無いわけだし。父さんが付いてるならなおさら安心だ。
そんなわけで俺は自学の時間を惰性で過ごし、ミナの帰りを静かに待った。否、待とうとした。即ち待てなかった。なぜなら隣が途轍もなく話しかけてくるからだった。
「クロマ、ミナの武器何になると思う?」
「さあな。でも、多分『紅櫻』だと思う」
「は? あの馬鹿みたいに長い刀? そんな佐々木小次郎じゃあるまいし」
「お前、何言ってんだよ。『紅櫻』は別段長くないぜ? 普通の刀だ」
「あれ? そうだっけ」
そんな話をしながら、他の生徒達に睨まれながら、待ってたんだ。