6話
目が覚めるとそこは……眩しすぎるくらい、真っ白な空間であった。
「……もしかしなくても天国?」
体を起こし、ぐしぐしと目をこする。ぐるりと周りを見渡すが、四方八方どこに目を向けても飛び込んでくるのは白一色の光景のみ。空間、と言ってもその奥行は全く見えず、一体どの位の広さなのか検討つかない。
一体なぜ……?と、思ってすぐに思い出した。
「そうだ。俺はグレイズを助けるために、あの変な騎士と戦って……そして……」
川に投げ込まれたのだ。
そう呟き、こてっと体を倒す。
ふぅ……と、一息。
「これ……俺って死んだってことになるのかね〜」
「まぁ、一応そんな感じになるね」
「あ、やっぱり?流石に両足切断された直後に川に投げられたら生きていられないよね?………………って、え?」
がばっと体を起こし、声のした方に顔を向けた。
すぐ隣には先程までいなかった、怪しい人物が。
「怪しい人物って……失礼じゃないかな?」
そうは思わないかい?と言葉を続けて尋ねてくる怪しい人物。
「(・3・)アルェー?口に出てました?」
自分では口に出したつもりはなかったが、もしかしたら無意識に出ていたのかもしれない。
「いや、口には出してないから安心して。単純に、この空間ではキミの思っていることが筒抜けになるだけさ」
「なん……だと?」
目の前で歩みを止める薄汚れたローブで頭から全身を覆った怪しい人物。
「いやだから、怪しくないって……そうだな、“ウォーカー”とでも呼んでくれればいいよ」
怪しい人物、改めウォーカーはそう言ってきた。
どうせだから俺も自己紹介してやろう。
「あ、別にいいよ。キミのことは良く知ってるし」
なんとこのウォーカーという人物、本当はストーカーみたいだぞ。
少なくとも、俺の記憶にはこのストーカーなんて全く記憶にない。正真正銘の初対面である。
「いや、ストーカーじゃなくてウォーカーね。それに、僕には男をストーキングするような趣味は持ち合わせていないから」
どうやら自分はストーカーではない。と主張しているようだが……目の前にいるストーカーの事なんてこれっぽっちも知らないのに、このストーカーは俺のことをよく知っていると言う。これは誰であっても確実に疑うに決まっている。
「いやだから僕はストーカーじゃなくてウォーカー。確かにキミの意見も一理あるね。……そうだな、ならもし僕が“神様”だったら?」
「神様?……まぁ、神様だったら知っていてもおかしくはない……かな」
とは言うものの、このストーカーが本当に神様である保証なんてないわけで……
「んー……なら、ひとつだけお願いを叶えてあげよう。それなら十分、僕が神様だって証明できるだろ?」
「願いって……まぁ、確かに願いが叶ったらそれはそれで信じられることと言っちゃ信じられるけど……なんでも叶えられるの?」
「なんでもってわけじゃないな……僕は万能ではないからね 」
どうやら、なんでも叶えてくれるわけではないみたいだ。
「……じゃあとりあえず、俺を生き返らせてほしい」
あの世界……5年間だけ生きたあの世界に生き返らせてほしい。
それが俺の願いであるが、流石に……
「あの世界……というと、エディルクスの事かな?あそこなら全然生き返させることができるよ」
「そうだよね、やっぱり生き返させることなんて……………………って、なんですと?」
聞き間違いではないだろうか?
今なんて……
「あー、流石に地球には無理だよ。あそことキミは完全に関係が途切れているからね。……だけどキミが思っているその5年間だけ生きた世界、【エディルクス】にならば僕でも生き返らせてあげることができる」
エディルクス……それがあの世界の名前らしい。
初めて、このストーk……いや、ウォーカーがいい人に見えた。
そして、瞬時に間合いをつめるとウォーカーの手を握った。
「あなたは神様ですか?」
「いや、さっき言ったよね?」
「本当に生き返ることができるんですね?」
「うん、もちろん」
「靴舐めましょうか?いいえ、舐めさせてください」
「やだよ、汚い」
ぺいっと手を払われて、「あ〜ぁ」と言葉が漏れた。
と、同時にあることに気がつく。
「あ、足が……両足がある!」
感激だった。地球にいた時は車椅子生活。エディルクスに転生してからの5年間というよりは、最初の1、2年は寝たり、四足歩行だったりで実質の二足歩行は3年。最後には両足を飛ばされる始末……。このままではそのうちダルマになってしまうかもしれないな。……て、違う違うそうじゃない。
「今の君は魂だけの状態だからね……五体満足なのは当たり前かな」
「あ、そっか。今の俺は死んでいる状態にあるんだからこれが普通なのか」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてみたりと両足の感覚を楽しみながら呟く。
しかし、頭の中に一般的な足元が薄くなっている幽霊の姿がよぎったがすぐに蹴り飛ばす。死んだって足があってもいいじゃないか!
「ところでさ、エディルクスの方の俺の体ってどうなってるの?すごく気になるんだけど……」
「見てみる?」
「見る!」
ググッとウォーカーに顔を近づけるが、すぐに顔を押さえ込まれてそのまま押し戻される。
「これが今の君の体の状態だよ」
空間をなぞる様にして、人差し指を横に軽く振るった。
すると、空間が裂けて、そこから吸い込まれてしまう錯覚に落とされそうな程の真っ黒い風景が見えた。それを覗いて俺は呟いた。
「……あのー、ウォーカーさん。これ、真っ暗ですけど?」
指をさして指摘してみるも、「よく見てごらん」と言うだけであった。再度、視線を戻してみると、今度はテレビが点くかのように映像が現れる。
「……雪?」
「そうだね」
映像の向こうに広がるのは星が輝く夜空と、ふわふわと降り注ぐ雪によって作られた雪景色であった。
おぉ……と、歓喜をあげるもそれより大事なものが見当たらないのだ。
「ところで、俺の体はどこなのかな?」
「ここだよ、ここ」
ちょいちょいと指をさされた箇所に目を向けると、雪によって緑から白一色に染められた森であった。
「森?……てことは、この映ってる場所は俺が住んでいた森なのかな?」
「違う違う。ここはキミのいた所とは別の森だよ」
ですよねー。
はぁ……と、ため息をつきながらも映像を見る。
「……てか、どこに俺の体があるの?見つからないんだけど」
さっきからずーっと探してるのだが全くもって見当たらない。
「あー、確かキミの体は……って、そろそろヤバイな」
「え、俺の体がヤバイの?ねぇ怖い!いったいどうなっちゃったの俺の体!」
俺の脳裏に映るのは、水に浸りすぎてブヨブヨにふやけてしまい、土左衛門になった俺の体。
すごく……大きいです。
「いや、大きいなんて言ってられないからね?すごくグロいから……って、違うそうじゃない。そろそろ時間が迫ってきてるからすぐにキミを向こうに返さないといけないんだ。……本当ならば色々と言わないといけない事があるんだけど、これ以上キミをここに置いておくと大変な事になっちゃうからね」
「大変な事とは具体に?」
「生きたまま土左衛門になる」
「早く生き返らせてくださいお願いします」
生きたままってことはあれでしょ?痛みあるんでしょ?あんな状態で生きているとか嫌だわ。死んだ方がマシに決まってる。
「ハハハ。それじゃ、早速生き返らせるね……と、その前に」
そう言葉を切ると、ウォーカーは不意に俺の眉間を小突いてきた。
「……なにごと?」
いきなりの先制攻撃に疑問を浮かべると、ウォーカーは真剣な表情で俺を見つめた。
「キミは半分普人で半分は魔人のハーフ。それでいて恐ろしいほどの魔力をその身に宿していて、武術式全てに適性を持っていた稀にいる、天才だ。しかし、一度死んだことによってキミはエディルクスとの因果が無くなってしまったせいで、生き返ったとしてもキミは術式の適性を……いや、正確には“契約”が破棄されてしまったので実質キミが術式を扱うことは不可能になった」
「……それってかなりやばくないですかね?」
本での入れ知恵であるが、エディルクスに住む者にとって術式が使用出来るのは、歩くや呼吸するなどといった当たり前なことなのである。
要するに、術式に適性がない=異端者、障害者、ひどい場合には人として扱ってもらえないのだ。
「あたしゃあ、これからどうすれば……」
およよ……と泣き崩れそうになると、ウォーカーが口を開いた。
「だからさっきのは僕からのプレゼントさ。……とは言っても、ただ単にキミたちが産まれる前に使っていた力を呼び起こしただけなんだけどね」
「産まれる前に使っていた力?」
「そうだよ。僕が呼び起こしたのは“血の力”。キミたちの言葉で言うと、“契術式”」
「契術式!?いったいどういう……」
ウォーカーに歩み寄ろうとして足を出すが一向に近づく気配がなく、それどころか足裏に踏み締める感触が全くもって感じられないのだ。
ゆっくりと、足元に目線を落とすと…………あらびっくり。なんと足元には大きな穴がぽっかりと空いていたではないか。
俺は顔をあげてウォーカーを見る。
にこっとウォーカーが笑ったような気がしたので、俺も笑顔を返す。
そして……重力が働いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ落ちるぅぅう!!」
暗闇の中にどんどん落ちていきながら、俺は意識を手放した。