5話
「…あー、やられた。子供だからって完全に油断してた。」
首の付け根のを撫でながら呟いたのは、青銀色の甲冑を身に付けた騎士だ。
まさか、自分があんな子供に負けるなんて…。
先程の戦闘を脳内で再生させては何度も自分の失態を恥じる。
相手の両足を切断させたのはよかった…しかし、それがいけなかった。そのせいで相手が反撃をしてこないと思ってしまい油断をした。その結果があの一撃をくらってしまったのだ。
自分の未熟さに舌を打つ。
その未熟に気付かせてくれた、あの女の子には感謝をせねば。
騎士は自分自身に一撃をくらわせた「女の子」を思い浮かべる。
風に揺られれば、桜を連想させるような淡紅色のセミロング。その髪から覗く気の強そうな双眸はローズクオーツをそのまま使用されたかのよう。
身長は100cmをちょっと越したぐらいか。
それに、あの歳で身体系術式と物理系術式を十分に使いこなしていた。
将来はかなりの美人になり、そしてその名を轟かせた女性になったに違いない。…流石はあの男の、娘と言ったところか。
そんな幼い芽を自分自身の手で摘んでしまった。少々惜しい気もしたが…まぁ仕方がない事だ。殺らなければ殺られていただろう。
「…出来れば、別の形で出会いたかった。」
そしてごめん。クソガキって言っちゃって。
騎士はそう思いながら森を進んで行った。
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胸元を押さえて、息も荒々しく、木々に手をつきながら森の中をひとりの男がふらつきながら歩いていた。
男の名前はグレイズ。
綺麗な妻と、かわいい3人の子供に囲まれていた幸せな男だ。
しかし、そんな男は血を流し、足を引きずるようにして進んでいた。
このような姿になってしまったのは昔の親友にして、当時の戦場を共に走り回った戦友、フラルガとの戦闘だった。
これでも昔は…いや、今でも世界中に知らない者はいない有名な冒険者だ。今は家族との時間を大切にしたいと思っているグレイズは狩りの時以外は剣から離れている。
そんなグレイズでも現役程のには束になってかかってこられても余裕勝ちぐらいはできる。
だが、相手はともに名を轟かせたフラルガ。勿論、当時は技術や力量はほぼ同じであったが、片や剣を離して家族と共に森の中でひっそりと過ごし、片や騎士になりそのトップである『蒼騎士』の称号を手にしている。
…7年間である。7年の月日は2人の実力の差を大きく引き離した。
しばらく進むと、ショートソードが1本落ちていた。べっとりと刀身に絡まっている血。
目の前には川が流れている。
ここだ。やっと着いた。
先程、フラルガに追い詰められ、そして…息子のリプルに蹴り飛ばされたところだ。
2人の姿は見えない。しかし、ここがその場所である事は確かだろう。
グレイズは目を皿のようにして探した。すると、茂みの中から足が生えてた。大きさからしてあれは子供の足。
グレイズはほっと安堵すると同時にすぐに駆け寄った。フラルガと対峙したのだ、おそらく大きなケガをしてしまったのだろう。
「リプル!大じょ…うぶ…か?」
その足に触れたグレイズの声は震えていた。
冷たい。
そう、グレイズが触れた足は冷たくなっていた。
サーッと血の気が引くのがわかった。
「り、リプル!」
茂みをかき分けて足の先を探すが…ない。どんなにかき分けても現れるのは冷たい地面のみ。
足の上がない。
そう理解した瞬間、グレイズは嘔吐した。びちゃびちゃと口から出てくる体に吸収されかけていたモノ。
そんなハズはない。
グレイズは足を抱えると茂みの仲を探した。
するとすぐにまた足が現れた。
「そうだ、相手はあのフラルガなんだ…足が斬られたのは仕方ないことだ。そうだよ、その通りだ!」
そう自分に言い聞かせて足に駆け寄る。
そしてグレイズは足に触れると『引っ張ってしまった』。
ズルリ…。
そこに、望んだ息子の姿はなかった。虚しく片足があるだけ。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
瞬間、紅い光がグレイズの周りを照らした。
その光は一瞬のみであった。その光に晒された木々や川の水等の光に触れた箇所全てが灰と化していた。
水墨画のような風景がグレイズを包み込む。
「なにが国のためだ…。」
フラルガは言った、国ためだと。
「なにが世界のためだ…。」
グレイズに言った、世界のためだと。
「なにが…大切な人、愛する者のためだ!!」
グレイズはフラルガの言葉を口にした。
「ふざけんじゃねえぇぇよっ!」
グレイズは叫んだ。大切な息子を奪ったフラルガに。…そして、かけがえのない息子を守れなかった自分自身に。
グレイズはこの『力』を恐れて使わなかった自分自身が何よりも許せなかった。
この『力』を恐れずに使っていれば、息子が…リプルが俺を庇って死ぬこともなかったのに…。
「あぁ、いいだろう…テメェがその気なら俺もそれ相応の行動をとらせてもらう。覚悟しろよ…フラルガ。」
冷たくなった幼い2本の足を抱えたグレイズの右手には、ルーンの刻まれた紅い刀身の両刃の剣が握られていた…。