33話
ついつい見上げてしまいたくなるほど高い天井の空間。しかし、目を背けたくなる程の明かりを放つ照明の存在により見上げる者はほとんどいない。
そもそも、各々の話題に夢中でそのようなことを気にする者もそれほどいないだろう。
まぁ、その話題って言うのは大体、婚約といった血縁関係なの話がほとんどであるが。
盛り上がっているのは大人たちだけであり、子供たちが退屈そうにしているのは一目瞭然である。
とまぁ、こんな感じで周りにいるのはほとんどが貴族である。
西洋風の服装が多い中、東洋風の服装がちらほら見える。
恐らく、武の都から来た人達だろう。
『んん! リプル、これおいしーよ! いっしょにたべよ?』
忙しそうに口を動かしながらマリルは片手に持ったフライドチキンのようなものを差し出してくる。
あぁ……だめだこりゃ。見た目がお淑やかでも中身はやはりマリルだったか。
「んじゃ、せっかくだしいただこうかな」
このようなパーティーは今後体験できるかどうか怪しいからな。今のうちに楽しんでおこう。
マリルから受け取ったフライドチキンのようなものに鼻を近づける。
匂いは揚げ物独特の脂っこい感じだ。
次に口に運び、一口かじってみる。
カラッと揚げられた衣に包まれた甘く柔らかな肉。噛み締めれば噛み締めるほど溢れ出る肉汁。
しかし、肉自体はあっさりしているようで、まるで鶏肉のようだ。
「肉汁はすごいのに肉自体はあっさり系……なんか食ったことある気が」
「それは恐らく、コッケリスクの肉かと思います」
両手にトレーをひとつずつ持ち、それぞれに多種類の料理が乗せて運んできたソラが答えた。
サファイアの様な青色のドレスを着こなしているソラはどこか色っぽさがある……が、そんなものは一切変化しない顔のせいでぶち壊しである。
ほんの少し、ほんのちょびっとだけでも表情がピクリと動けば人間らしさが出て、モッテモテになるんだろうけどな……いや、そもそも人間じゃないからモッテモテになっても迷惑なだけかね。
「コッケリスクの肉か。あー、そう言えば森の中で食ったな……」
ふと、懐かしい気分になったが、別に懐かしいと感じるほど昔でもないし、その時食べた肉は確かに美味かったがこれほどではなかった。
こっちにきてほとんど料理してないな……。
そう思いつつ最後の一口を放り込み、ソラとマリルに目を向ける。
どうやらソラが持ってきた料理にマリルは舌を踊らせているみたいだ。
ソラには、「俺がいない時は絶対にマリルから離れるな」と言ってあるので大丈夫だろう。
少し、外の空気が吸いたい。
一言、ソラに離れることを伝えてからバルコニーの方へ移動する。
「少し、髪伸びたかな」
頬を撫でる風に吹かれて、揺れる髪を手で抑えながら呟く。
そしてふと、視線を前方に向ける。
高さ的には案内された部屋より低いものの、それでも十分街を見渡すには事足りる高さだ。
しかし、俺が見た光景はあのオートスロープと部屋から見た無機質とは全くの別物であった。
その街並みを一言で表すなら……そう、生きてる。
「ふあぁ……」
自然と声が漏れる。
街全体を走る淡く光る蒼は、まるで血流の様である。
動くはずもない建物が不思議と生き生きとしているように見えてしまう。
「あぁ、あのおじいちゃんが言っていたのはこれのことだったんだ……」
老紳士が言っていた生きてるという意味を、俺は理解した。
いや、この様な光景を目の当たりにし理解できない方が難しいだろう。
何時ぶりだろうか……こんなにも心が惹かれたのは……。
あ、そう言えばソラのヘソを目にした以来か。何時ぶりだろうかと言うほどでもないな。
「いかがでしょうか」
目の前の光景に釘付けされていたせいで人が近づいてくるのに気づかなかった。
声から察するに老紳士だろうか。
ひとまず驚きで速くなった心臓を落ち着かせながら振り返る。
「とてもすごいです……たしかにこれは生きてますね」
俺の反応を見てとても嬉しそうに微笑む老紳士。
「ところで、そちらの男性は……?」
老紳士の斜め後ろで立っている男性に目を向ける。
紫色の髪に黄色の瞳。整った顔立ちは、180を超えると思われる長身によりさらに磨きがかっており、より格好良く見える。
しかし、水色の生地に花柄のTシャツと灰色の半ズボンという、場違いな服装がせっかくのイケメンをぶち壊している。
「失礼しました、こちらの方は──」
「いや、俺が自分で言う」
止めるようにして老紳士の肩に手を置きながら、俺と老紳士の間に入ってくる。
重い──。
彼が前に出てきた瞬間、少しだが空気が重くなった。
いや、正確には彼から感じられる圧迫感、と言うべきか。
この男性、見た目に反してかなりの大物なのかもしれない。
少し、警戒を高めて男性を見つめる。
「了解しました。では、私めはこれで失礼します」
え? あの、おじいちゃん? どちらに行かれるんですか?
そんな俺の心内を知らない老紳士は軽く頭を下げてから会場に戻っていった。
まさか知らない人と2人っきりにされるとは……と言っても老紳士の知り合いっぽいし、何かされることもないだろう。
「お嬢ちゃんがリプル……であってるかな」
「は、はい。リプルです
」
そう言えば、今の格好はゴスロリだったな。ならお嬢ちゃんと言われても仕方ないか。
とは言っても、なぜこの人は俺の名前を知っているのだろうか。どこかで会ったかな……。
でも名前を尋ねてきたってことは初対面だよな、少なくとも俺は初対面だ。
「……本当だ、マリルの言っていた通りだ。こりゃあ可愛らしい」
「え」
先程の圧迫感は既になく、重みのあった声も変わってトーンが上がっていた。
そんな彼は顎に手を当てて、舐めるようにして俺を上から下まで目を動かした。
圧迫感が無くなり、多少余裕が出てきたもののなぜか、裸を見られている気がして自然と隠すように両手で体を抱き寄せて縮こまってしまう。
「えっと……その、マリルが言っていたって……。あなた誰ですか?」
そわそわとしながらも、マリルと言う単語が出てきた事が気になり尋ねてみる。
「おっと、これは失礼した。俺はガーランド・ウォーレフ・アーティウスだ。よろしく頼むよ、お嬢ちゃん」
「ガーランド・ウォーレフ・アーティウス……え、アーティウスってまさか」
名前にアーティウスが入っており、更にマリルの事も知っている……ということはまさか、この人は──
「そう、俺は水の都アーティウスを統べる王であり、第二王女マリル・イスニーム・アーティウスの父親だ」
そう言った彼はニヤリと口角を上げて俺を見下ろす。
あ、やっぱり父親だったのね。
「なんか、嬉しそうですね」
ガーランドの笑みからは怪しさを感じるが、それ以上になぜか歓喜しているように見えてしまうのだ。
「お、わかるか?」
ガーランドは更に嬉しそうにトーンを上げながら、俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「お前のおかげだよ、お嬢ちゃん」
気持ち良くはない。どちらかというと痛いのでもう少し優しくしてほしい……が、まぁ不思議と安心感は得られる。
「んじゃ、そろそろ戻るか。またな、マリルを頼むぜ? お嬢ちゃん」
撫でるのをやめたガーランドは軽く手を振って、会場内に姿を消していった。
「……俺、なにかしたかな」
撫でられた自分の頭に手を置いて、俺は首を傾げたのであった。
ランクF怪獣 コッケリスク
雄鶏の様な容姿に蜥蜴のような尻尾を生やした怪獣。
高さ2m弱、長さ3mもあり、甘い吐息を吐く鶏である。
食用の怪獣であり、さっぱりとしながらも柔らかい肉質、じゅわりと溢れだす肉汁は濃密であるものの、口にはしつこく残らないのが特徴。
しかし、とても繊細な肉であるため、料理人の腕が左右されやすく、プロが調理すれば口に含んだ瞬間噛まずとも舌の上でとろけて口いっぱいに風味が広がりほっぺたが落ちてしまうような感覚を体験できるもしれない。
あるいは、とある才をもった者が扱えば物理的にほっぺたが落ちてしまうといった兵器に変えてしまうことも可能である。
極端な例えであるが、それだけ人によって味が変化する食材なのである。




