29話
次の日。
俺は朝食の後、いつものように術式の練習をしていた。
今日は契術式の血の錬度を高めている。
本当なら獣人化の方の錬度をあげたいのだが、マリルと同室である以上下手に獣人化ができない。
毛が散るからな、仕方ないね。
「まぁ、こんなものかな。マリル、そっちはどう………」
手足のように扱える血を見て満足し、マリルの調子が気になって横に顔を向けた。
しかし、そこには意気揚々と術式に励む姿ではなく、テーブルに突っ伏しているマリルの姿が。
「……なにしてんねん」
『うぅぅ……ぜんぜんじゅつしきがあつかえないんだよぉおおお』
えぐえぐおえおえと泣くマリル。
昨日、あの後何度か試したものの、うんともすんとも術式が反応しなかった。
とりあえず、その日は休んで今日を迎えたのだが……やはり変わらず使えないみたいだ。
「もう一回やってみよ? ほら、おねーちゃんなんだから」
背中を優しく撫でながらマリルを起こす。
『グスッ……うん、おねーちゃんがんばる』
涙を拭い、角砂糖を新たに取り出し、指をのせた。
さっきのは食べたんだな。
と思いつつも、魔眼を発動させる。
魔力の流れがわかればまた違うだろう。
『物理式【アルマドゥラ】!』
そう唱えるも、マリルの指先に流れる魔力は少し揺らぐも、ただそれだけであった。
…………、何かがおかしい。
『ウワァァァン、やっぱりダメなんだぁぁぁあ』
バッ! とテーブルに伏せて涙を豪快に流した。
「マリル、もう一度やってみよ?」
ピタ、とマリルが泣き止む。
『ねぇ、リプル。ボクの方がおねーちゃんだよね?』
「まぁ、そうだね。マリルは6歳で俺が5歳だから」
『じゃあさ、リプルはボクのことを「マリルおねーちゃん」とよぶべきじゃない?』
「………」
『………うぅ』
「ま、マリルおねーちゃん」
『よしがんばる!』
勢い良く起き上がったマリルは燃えていた。
お前実は炎術式に適性があるんじゃないの?
『ふぅ……よし、物理式【アルマドゥラ】!』
しかし、何も起こらない。
魔力自体は反応しているものの、それが指先から放出されることはなかった。
術が発動しない事で心が折れたのか、マリルはテーブルに崩れ落ちる。
突っ伏しているマリルを魔眼で眺めながら原因を探る。
体内を流れる魔力は良好……なぜ術が発動しないんだろうか。
詠唱してないから? いや、それはない。そもそも詠唱はイメージする事を省略する為にある。
例えるなら、人の名前と同じだろうか。
何十人といる集団の中、名前は覚えているが顔がいまいち思い出せない……そんな時に名前を呼んで目の前に来てもらう……。
まぁ、要するに詠唱はイメージする手間を省けて安定した術式を展開できるが複数を同時に展開できない。
俺がやってる無詠唱は明確なイメージと繊細な魔力コントロールが必要となるがその分、同時に術式を展開できる。
もちろん前者は術式名を間違えたり詠唱を邪魔されたら発動しないし、後者はイメージやコントロールがしっかりしてないと発動しなかったり魔力を浪費してしまう。
『もうやめよ……こんなこと』
「いったいなに言って……あ」
今、マリルの魔力が先程と同じ反応を見せた。
『ん? どしたの?』
突っ伏していた顔を軽くこちらに向けながら念思を送ってくる。
それと同時に魔力が反応する。
これってもしかして……。
「マリ………ルおねーちゃん」
『なになにリプル!』
ガバっと起き上がりキラキラとした目でこちらを見てくる。
「あ、あのさ術式使うときに念思を使わないでやってみない?」
『え? べつにいいけど』
体を起こしたマリルは口を動かしながら新たに角砂糖を取り出して指をのせた。
また舐めたのか。
目を閉じ、深呼吸をする。
そして目を見開き、指先に力を込めた。
かなり力んでいるが、しっかりと魔力は放出され、角砂糖を中心に大きめの術式が淡い光を放ちながら展開された。
「おぉ!」
『やった! やったよリプル!』
「あ」
相当術式が展開出来たことが嬉しかったのだろう。
角砂糖から指を離し、飛び跳ねて喜びを表現するマリル。
しかし、まだ展開途中であった術式は制御を失い砕けた。
『あ』
砕ける瞬間を目の当たりにしたマリルは飛び跳ねるのをやめ、両手を力なくぶら下げて角砂糖を見下ろした。
「……まぁ、良かったじゃないか。きちんと術式は使えるってことがわかって」
呆然と佇むマリルの手を引っ張り、ソファーに座らせる。
これで術式が発動しなかった理由がわかった。
そもそもよく考えれば分かった事である。
マリルはまず、見えない、聴こえない、喋れないという障害を持っている。
そして失われた3つの機能を補うため、常に魔眼と念思を使っている。
ましてや、まだ6歳の女の子だ、いっぺんに処理できる魔力だってそう多くはないはずだ。
あー、なんで気付かなかったんだろ。
『ま、またできるよね?』
「念思、使わなければいけると思うよ」
『よし!』
ふんす、と力を入れ直し、背筋を伸ばしてから再度角砂糖に触れる。
「ただ今戻りました、マスター」
そんな頑張るマリルを見守っていると、ソラが部屋に戻ってきた。
実は朝食の後、ソラはメイド達に連れてかれたのだ。
「おうおかえり………って、なんだどうしたんだその格好は」
そこにはソラが……いや、メイド服に身を包み、まるで犬耳のような装飾をつけたホワイトブリムを装着したお人形さんがいた。
「……いかがでしょうか?」
「うんいいよ最高! その絶対領域とかマジぱないっす!」
親指を立てて、グッドサインを送るが、ソラは首を軽くかしげだ。
「? ……紅茶はいかがでしょうか?」
ス……と、ティーポットを掲げながら尋ねてくるソラ。
俺は腕を突き出したままソラを見つめた。
「あ、はい。お願いします」
静かに腕を戻してソファーに座り直し、ソラのティータイムの準備姿を眺めながら待つ。
服装じゃなくてティータイムのことを聞いてたのね。あたち、勘違いしちゃったわ。
淹れたてのストレートティーの匂いを鼻孔で感じながらゆっくりと口に運ぶ。
うん、あつい!
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