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24話

 「まだ、目は覚まさねぇのか?」


 男性の声が、俺の耳に届く。


 「うん、そうみたい……確か今日で2日目よね」


 今度は女性の声だ。

 それにしても、聴いたことのある声である。


 一体誰であろうか?


 気になりだした俺は、持ちあげるのも億劫に感じるほど重たい瞼をゆっくりと開いた。


 「んっ……」


 暗闇に閉ざされていた視界に光が入り、その眩しさに再び瞼を閉じそうになったのを、右手で光を遮ることによりなんとか閉じずに済んだ。


 「おはようございます、マスター」


 何度も耳にし、聴き慣れた台詞に強弱のない、まるで音のような声。


 顔を声のする方へ向けて、その主を眩しさに慣れてきた両目でしっかりと捉える。


 「うん。おは──」


 よう、ソラ。と続けようとしたが、突然ソラの両側から人の顔が飛び込んできたことにより中断してしまった。


 「目ぇ覚ましたのかリプル!」

 「目を覚ましたのねリプルちゃん!」


 同時であった。飛び込んできた青髪の眼帯をした男性と、茶髪をボブカットにした女性は俺の顔を見るなり、見事なハモリを魅せてくれた。


 「えっと……はい、目を覚ましました」


 先ほどまで感じていた眠気が吹き飛び、俺は何度もまばたきを繰り返した。


 「調子はどうだ? どこか痛むところはあるか?」


 青髪の男性、クラウス・バーナードが俺の体をいたわるかのように優しい声で尋ねてきた。


 あの2週間の間に見せていた態度からは想像もつかない程、クラウスの心配そうな目を見て俺は固まってしまった。


 「……どこか痛むのか?」


 「え、あっいいえ! ぜんぜん大丈夫です! 体調もとてもいいです!」


 クラウスの言葉で我に返った俺は顔を横に振り、体を起こして元気アピールをする。


 「そうか……なら良かった」


 ホッと、クラウスは安堵の表情を見せた。


 そんなクラウスの様子が珍しく、俺は無意識のうちにクラウスを直視していた。


 「なんだよ?」


 「あ、ち、違うんです!」


 「はぁ?」


 両手をぶんぶんと振り回す俺を訝しげな表情を浮かべながらクラウスは見てくる。


 「あぅ……。そのですね……俺、バーナードさんに嫌われているんじゃないかなって思っていたので、その……ここにいることに驚いてしまったというかなんというか」


 目をそらし、胸のとこで人差し指の先同士をつけたり離したりを無意識に繰り返す。


 ……って、なんだこの仕草は。


 自分が行っている仕草に恥じらいを覚えてすぐにやめる。


 「えー、やめちゃうの?」


 ボブカットを揺らしながら、茶髪の女性、セシル・アルメートは眉をハの字にして口を開いた。


 「そりゃあ、やめますよ。恥ずかしいですし……」


 「可愛いのに……ねぇ、もう一回やって?」


 「やですよ」


 プイッと、そっぽを向くとセシルは「あ〜ん、リプルちゃんのいけず〜」と声をあげる。


 「何してんだよお前は……。まぁ、目が覚めたことだし、俺はもう行くわ。長居するのも悪いしな」


 そう言うとクラウスは俺の頭に、その大きな手を乗せてくると、数回撫で始めた。


 「ん……」


 クラウスのマメが潰れ、タコなどにより固くなったゴツゴツとした手に撫でられるのはとても心地が良かった。


 まるで、父親に撫でられているような……。

 そう、この感覚はグレイズに撫でられている時と似た感じだ。


 「あーリプルちゃん可愛い! その表情いいよ!」


 顔を高揚させながらシエラは拳に親指を立ててグッドサインを向けてきた。


 「そのキョトンとした顔も最高! あぁ……妹ができたみたい」


 「いや、あの……シエラさん?」


 よくわからない事を口走ってるシエラに、なんと対応すべきか戸惑ってしまう。


 「お前もいい加減にしろ、リプルは目が覚めたばっかなんだからあまり騒ぐな。一緒に出るぞ」


 流石に見かねたのか、俺の頭から手を離したクラウスは呆れ顔で、シエラの首根っこを掴み、引きずりながら出口に向かう。


 「ちょ、離しなさいよ! 私はアンタみたいな男より、リプルちゃんみたいな愛嬌のある癒やし系と───」


 バタン。


 そんな扉が閉まると同時に静かになる。

 まだ部屋の外からはシエラの声が聞こえてくるが、そんなものはほんの数秒で響かなくなった。


 落ち着いたところで、ぐるりと静寂に包まれた部屋を見回した。


 扉と対面側にある小窓。木製の机と椅子が一式。そしてベッドが二つ。


 うん、俺とソラがこの2週間お世話になり続けた宿屋の部屋である。


 「……ソラ、おはよう」


 「はい、おはようございます、マスター」


 先ほど言いそびれてしまった挨拶を交わす。


 「2日、経ってるってホント?」


 「はい」


 「そっか……」


 あれから2日。

 昇級試験の為に、2時間ほど歩いたところにある森に出かけて、そこでランクBに指定されている怪獣、ワームと戦闘し、そして全身を漆黒の甲冑で身を包んだ怪獣と思わしきモノに手も足も出ずに殺されかけて、ソラに助けてもらってから2日である。


 ふと、自分の左腕に目線を落とす。

 そこには傷ひとつない、幼い腕があった。


 引き裂かれたのがまるで嘘だったみたいに痛みは無くなっていた。

 完治してることに疑問を抱くが、すぐにソラを見た。


 「ソラが治してくれたの?」


 一瞬なんのことかわからなかったらしく、首を傾げるが、俺の傷のことだと理解するとソラは顔を横に振った。


 「いえ、私が治す前に完治しておりました。恐らく、ジャックが消滅したことによりマスターの腕を蝕んでいた【術式無効マジックキャンセル】が解けたからだと思います」


 ジャックとマジックキャンセル……また、新しい単語が出てきた。

 その2つをソラに尋ねてみる。


 「術式無効マジックキャンセルはそのままの意味で、術式を無効化することを言います。また、触れた箇所に一定時間術式を無効化するものもあります。

 ジャックとは、そのマジックキャンセルの魔晶結石が埋め込まれた大剣を使用しているランクSの怪獣、【亡国の召使い(ルーインド・オブ・ジャック)】の通称です」


 「え……ランクS? あの甲冑を身につけていたのが?」


 「はい。マスターを襲ったあの甲冑がランクSの怪獣、ジャックです」


 ゴクリ……と、唾を呑む。


 あれがランクSの怪獣……。俺が手も足も出なかった……それも、隻腕だったことから本気なんて出していなかった事など言うまでもない。


 さらにソラはそんな奴を相手に、まるで赤子の手をひねるかの様にジャックを倒してしまった。

 と、言うことは、やはり俺と対立した時のソラは本気ではなかったのだ。


 「い、いじめないでね?」


 自分の体を両腕で抱くと、ソラに釘を差しておく。

 ソラにガチで敵対されたら洒落にならないからな。


 「? はい、マスター」


 どうやらよくわかってないらしいぞ。

 とりあえず、「はい、マスター」とでも言っておけばいいか。的なノリで言ったに違いない。


 ……とは言っても、これがある限りソラが俺に危害を加えることはないと思うけど。


 ジャラリと、左手に絡むようにして出現する、ソラの首輪に繋がれた鎖を見つめた。

 俺とソラの契約の証。

 そう、この契約くさりがある限り……。


 「……はぁ」


 こんなもので確証を得る自分に嫌気が差した。

 八つ当たりをするように鎖を握り締める。


 「……そう言えば、ソラは平気なのか? ジャックとの戦闘で本気出したみたいだし、体の方とか……」


 俺の言葉に、首を縦に振って肯定を示した。


 「大丈夫です、システムに異常は確認されていません」


 「そう、それはよかった」


 ひとまずソラの体に異常はないとわかった事に安堵する。

 そこで俺はある事を思い出す。


 「あ、昇進試験」


 そう、昇進試験である。そもそも俺とソラがあの森にいたのはFランクに上がるため用意された依頼をこなす為であった。


 しかし、あれから2日も経ってしまった。もしかしたら……いや、期限は指定されてなかったはずなのでまだ間に合うかも……?


 「マスター。試験につきましては、私の方から依頼物を渡しておきましたので、あとはマスターがギルドの方にギルドカードを提示していただければよろしいかと」


 「もうだいすき! ぼくは信じてたよ!」


 らんらんと目を輝かせ、俺はソラの手を両手でとったのだった。





 -*- -*- -*- -*- -*- -*- -*- -*-






 「遂に……上がってしまったな」


 ギルドから出た俺は、手に握られたギルドカードを見た。

 “F”と刻まれたギルドカード。そう、“G”ではなく、“F”。


 これで制限が解除されて、報酬がいい上のランクの依頼を受けることができる。

 つまり、高ランクの依頼を受けて懐が暖かくなるのだ。


 うむ、とても素晴らしいことだ。


 「……期待しているからね、ソラ!」


 ニコッと、満面の笑みをソラに向けた。

 こっちにはランクSの怪獣を相手に圧勝したソラがいるのだ、恐れることはない。


 「はい、マスター」


 あぁ眩しい……眩しいよ、ソラ。

 君の穢れを知らない、純粋で無垢な瞳で見つめられると俺の心が汚れていると思えて……いや、反吐が出そうなほどにドロドロとしていると確信できてしまうんだ。


 ランクによる依頼の制限が無くなり、お金を稼ぐ選択が増えた。それによって俺は高ランクの、それも報酬が高い討伐系の依頼を受けてソラに倒してもらおう。そして依頼を受けた本人である俺は……両足が義足であることをいいことに、安全圏でお茶をしながら待っていようと……。


 クッ! なんて、なんてゲスいんだ俺は!

 金に目が眩んで……ソラが強いからって……俺はなんて酷いことを!


 「ごめんよソラ! 俺も……俺もがんばるから!」


 体を捻り、ギュッとソラの手をとって見上げる。


 「……はい、マスター」


 「おう!」


 ソラの返事も聞いたし、俺も心を入れ替えたことだしとりあえずは……。


 くぅ〜


 「……お昼にしましょうか、ソラさん」


 「はい、マスター」


 腹が減っては戦はできぬ。まずは腹ごしらえだ。





 




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