プロローグ
「…そろそろかな」
しんしんと空から降る雪を、窓越しに眺めながらポツリと呟いたのは一人の少女……に見える男性。
その男性は足が不自由なのか、車椅子に腰を預け、足が冷えないようにするためなのかそれとも隠すためなのか、タオルケットを掛けている。
「げほっげほ……」
不意に手のひらで口元を抑え、咳き込み出した。
そしてゆっくりと離し、その手のひらを確認する。
「……やっぱり」
べっとりと付いている赤い液体を見つめて一言。
男性が口から吐いたのは真っ赤な…いや、赤黒いと表現した方が正しいであろう、血だ。
ぎゅっとその手を握り締め、視線をもう一度窓の外に向ける。
今日は12月24日、クリスマスイブだ。
外を見ればどこもかしこも光るイルミネーションだらけ。町全体が……いや、国全体がクリスマス一色に染まっているであろう。
そんな時、ポケットに入っていた携帯が不意に震えだした。男性はそれを取り出して通話ボタンを押す。
「はいもしもし」
『あ、お父さん! 今自宅ですか!?』
電話の向こうからなにやら慌てた様子の若い男性の声が聞こえてくる。
「うん、そうだけど……もしかして?」
『はい! 百合香さんの陣痛が始まりました! それで今、分娩室に入ったところですので今から迎えに行きますね!』
「本当か! ならお前が一緒にいてやらなきゃだめだろ。……百合香を1人にしないで一緒にいてくれないか? 場所は月見町総合病院だろ?」
『はい、月見町総合病院です。……でも、お父さんは……』
「心配すんな、あそこなら俺1人でも行けるから。伊達に娘1人、男手ひとつで育ててきたわけじゃないからな! だから、今は俺の事より百合香を頼む。……もちろん、これからもだぞ?」
『は、はい! もちろんです任せてください!』
電話を切り、耳から離すと携帯を膝に置いて、血のついてない方の手で顔を隠した。
「どうやら今年は最高のクリスマスになりそうだ。サンタさんは気前がいい。こんな俺に最高のプレゼントを贈ってくれるなんて……」
ハハハと力のない声で笑う。
もう自分に時間がない事は知っているのに。
「なぁ、神様。俺に後少しだけ時間をくれないか?ほんの少しでいいんだ。1週間……いや、1日だけでいいから。そしたら足舐めるよ? ……だからさ、お願いします」
どんなに願っても無駄だということは本人がよく知っている。
現に視界が歪み身体が重く感じ、指先の感覚が痺れてきてる。
それでも……
「……神様の……バーカ」
その少女……みたいな男性は顔を上げて寂しげな笑みを浮かべると、ゆっくりと……まるで眠るかのように瞳を閉じたのであった……。
その数時間後。
部屋中に携帯が鳴り響いた。しかし、その着信を受ける者は誰もいなかった。




