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マテリアル  作者: ラギ
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知らない間に進行していた物語 6

契が言うところの『能力見学会』はそれで終了らしかった。

 風紀委員四人の未現体とその能力はそれぞれ、

 春神契・Bランク未現体〝破王〟―身体能力の向上。本人は素手で殴り合うための単純な筋力強化を好む。

 赤星灯・Cランク未現体〝虹幻〟―幻を生み出す。幻の大きさと数量は反比例の関係。生み出した幻に触れることはできないが、幻が得た情報は赤星にも伝わる。

 小鳥遊疾駆・Bランク未現体〝殺神犯〟―痛み(傷)を移動させる。移動回数は一つの痛みで一回のみ。

 季蜜氷・Bランク未現体〝気紛れ野良〟―瞬間移動・結界制御・斥力操作の三つの能力を併せ持つ。元はDランク三つの未現体を合成した未現体だが、合成したことによってそれぞれの力を増幅させ、Bランク相当となった。

 と、いうことらしい。

 何て言ったらいいのか分からないけど……規格外だな、本当に。

 彩花が特にそう感じるのは氷だ。

 誰でも知っている知識にこんなものがある。

『一つの未現体に複数の人間が適合することは珍しくもないが、一人の人間に複数の未現体が適合することはまずありえない』というものだ。

 つまり、一人の人間には一つの未現体しか適合しない、という絶対の法則。

 例えDという低ランクであっても、それは変わらないものだ。

 それが三つの未現体に適合して、しかも結果的にそれぞれがBランク相当の力を得ているというのだから、人外と言っても過言ではないレベルである。

 本当……人は見かけによらないよな。

 気弱で子供っぽい少女の意外な一面に彩花が心の内で圧倒されていると、

「彩花くん……氷、どうだった? ちゃんとできてたかな?」

 当の本人が不安そうな表情でとことこ歩いてやって来た。

 いや、あんなのを見せつけておいて何が不安なんだよ……。

「ああ、すごかったよ。うまく言えないけど、かっこよかったぜ」

 自分に自信を持てない氷に素直な感想を伝えると……うわ、めちゃくちゃ嬉しそうだっ。なんか目がきらきらしてるんだけど。あれだけの才能を持ってるのに人に褒められてこれだけ分かりやすく喜ぶっていうのも、変わってるよなあ。

 氷も実はかなり変わり者だよなあ……と彩花が今さらながらに実感していると、

「お前ら、能力を見せてほしいとは言ったけど……さすがにロボットを壊されるとは思ってなかったぞ」

 風紀委員会が能力を披露している間は黙っていた城島が、ちょっと不機嫌な顔で戻ってきた。さっきまで動かなくなったロボットを運んで様子を見ていたようだが……まあ、そういうことだろう。

「うっせぇ、俺は一回殴っただけだ」

「にゃー。ミーもそんにゃに派手にやりすぎちゃったつもりはにゃいにゃー」

「私も一応幻で足止めしただけで、危害は加えていませんよ」

 対して風紀委員たちは次々と言い訳の言葉を口にする。最も真面目そうな灯まで言い訳をするのは意外だが……案外、似た者同士なのかもしれない。

 ちなみに、そんな同類たちの集まりからちょっと外れている氷は、

「つか、最後にぶっ壊したのは季蜜じゃねぇか」

「そうにゃそうにゃ。斥力操作がとどめだったにゃ」

「……え? ふぇえっ!?」

 健気にも一人だけ言い訳を口にしなかったのをいいことに、責任をなすりつけられそうになっていた。赤星先輩がフォローしようとはしてるけど……ダメだ、存在感ありすぎる男先輩二人に口を挟める感じじゃない。

 このまますぐ近くでスルーしているわけにもいかないので、何とか氷をフォローしようと口を開きかけた彩花だが、

「なすりつけるな、連帯責任だぞ」

 ごん、と城島が二人の頭を軽く殴り飛ばして解決した。

 そうだ、忘れてたけどこの人たちって教師と生徒の関係なんだ……。

「ったく……今回は彩花の特訓に協力したら許してあげるぞ。ただし、次からは気をつけるんだぞ」

「気をつけなくたって四人で揃いでもしなけりゃ壊せるかよ、あんなもん」

 頭をさすりながらぶっきらぼうに答える契。外見的には思いっきり殴り返したりしそうだが、見かけよりは真面目な生徒のようだ。

「で、彩花」

 お説教を終えた城島は今度は彩花の方に向き直る。

「今見たのがBランクとCランクの能力だ。お前はあれと同じかそれ以上のレベルの能力を使うことになるわけだが、イメージできたか?」

「見る前よりはイメージしやすいですけど……それでも、とんでもないものだって感じです」

「だろうな。未現体なんて、そんなものだぞ」

 ほら、と城島は懐から小さな箱を取り出した。なんだか高級そうな雰囲気の漂う木箱だが……何だ? やけに仰々しいな。

 とりあえず受け取ってみると、そんなに重くはない。サイズ自体が小さいから軽いのは不思議じゃないけど、中に何があるのか予想ができないな。

「……婚約指輪?」

「天然ってレベルじゃねぇからな、それ」

 きょとんとした顔で爆弾発言をかました氷に、契が冷静に突っ込んでいた。な、慣れてる……?

 手渡された木箱よりも風紀委員のやり取りの方にビビりつつ、とりあえず彩花は箱の蓋を開けてみることにする。中身を確認しないと、氷が本気で婚約指輪とでも信じていそうでとても怖いのだ。

 かぱ、と軽い木の蓋を持ち上げると、桧のようないい香りが漂ってきた。もしかして本当に高級なものなのか……?

 で、肝心の中身はというと、

「ネックレス……ですか?」

 箱の中の柔らかそうなクッションの上に置かれていたのは、誰がどう見てもネックレス。形としては正八面体で、頂点からつながれた細い鎖の輪に首を通せるようになっていた。そう大きいものではないが、首から下げているとちょっと目立つかもしれない。

 ていうか、これ……

「なんか、塗り潰したみたいに黒いですね」

「やっぱりそう思うよな」

 正八面体のネックレスは漆を塗ったように隙間なく真っ黒だった。持ち上げてみるとひやりとしていて、金属のような石のような……いや、未現体ってそういう物質か。

「……あ、Aランクですか?」

 すると、黒い正八面体を観察していた彩花が、ふと思い出したような口調で言った。

「おや、よく分かったな」

「何て言うか……なんとなく、そうだろうって。名前は……〝黒栄式〟? 何か黒いものを操る能力を……」

「お、おいおい……なんで分かるんだ?」

「なんでだろう……これがそう言ってる気がするんです。教えてくれてるっていう感じかな? 初めからそれを知ってたみたいな気分です」

「すごいな……予想以上だぞ、彩花!」

 黒い正八面体―〝黒栄式〟に触れただけですらすらと情報を得ていく彩花に、城島が興奮したように言った。実際、今までよりも明らかにテンションが上がっている。あれ、俺ってそんなにすごいことをしたのか……?

「そりゃもう、すごいに決まってるぞ! まさか、ここまで完璧に適合するとはな!」

 腕をぶんぶんと振って全身で気分の高揚を表現する城島。本当に子供みたいな性格してるな……あ、シーク先輩が苦笑いしてる。

 結構すごいことを普通にやってのけた自覚もなく、そんなどうでもいいことを割と冷静に考えている彩花の内心など知らず、城島は告げた。

「彩花、お前の未現体は〝黒栄式〟に決定だぞ!」


          ♪♪♪ ―あったかもしれない物語―


 これは、いつかどこかであったはずの出来事。

「例えば君が今の記憶を失ったとして、それでも君は私を止めに来ると思いますか?」

 意識してそうしているような丁寧な口調で尋ねる男には、覇気がなかった。まるで人生の不幸が一度に押し寄せてきてしまったかのように、憔悴して疲れ切った表情を浮かべている。

「はい。記憶がなくても、俺ならそうするはずです」

 答えた声は少年のものだ。もう変声期は終えただろうに低くなり切っていないその声には、強い決意が込められているように感じられた。

「むしろ記憶がない方が止めやすいかもしれません」

「……そうですね。正義感の強い君なら、きっとそうしてくれるのでしょう」

 沈黙。

 しばらくして、男がそれを破った。

「君は僕を悪だと思いますか」

 尋ねるのとは違うただの独り言のような口調だったが、それにも少年は律儀に答える。

「分かりません……。でも、善ではないと思います」

「……それは、悪だと思う、と同じなのではないですか」

「違います」

 きっぱりと言い切った少年に、男は怪訝そうな視線を向けた。名前と同様にどこか中性的な雰囲気を感じさせる顔立ちは、間違いなく緊張している。

 それでも彼は、言う。



「善でないっていうのは悪と同じじゃないし、悪でないっていうのは善と同じじゃありません」



「……そうですか。そうかもしれませんね」

「先生も高椋さんも気持ちは正しいはずです。でも方法が正しいとは思えません。きっと探せば正しいと思える方法があるはずですよ」

「今さら考え直す時間はありません。だから、君に頼むんですよ」

 突き放すように断言し、男は少年に何かを投げ渡した。

「Eランクの未現体は誰にでも扱える……知っていますね? それは記憶を操るEランクです。低ランクですが、今日の僕たちの会話の記憶くらいは一時でも封印しておけるでしょう」

 少年が受け取ったそれは、指輪の形をした未現体だ。

「記憶を失った君を僕は全力で指導し、強くさせます。だから君は、どうか僕を止めてください」

「……記憶は、どうしても一度消さないと駄目ですか?」

「今日の記憶があれば、君は未現体の特訓に全力を尽くすことができないでしょう。余計なことは一度忘れて、強くなってください」

 男の本心からの言葉に、少年は一つ頷いた。

 受け取った指輪を指に通す少年に向かって、自分にしか聞こえないような声量で男は呟く。

「……任せたぞ、彩花」

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