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マテリアル  作者: ラギ
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知らない間に進行していた物語 5

 頭痛の余韻と力の入らない身体が回復するのを待ってから、特別訓練は開始された。

「ランクのことはどうだ?」

「すっかり思い出しましたよ」

「そうか、学び直す手間が省けて助かったぞ」

 城島は、ただし危険だからもう思い出しちゃダメだぞ、と釘を刺してから、

「ところで彩花、ランクのことまで消えてたみたいだけど、具体的にどれくらいからの記憶がないんだ?」

「大体、受験で島に入った辺りからですよ。知識の方は分からないんですけど……」

「そうか。……でも、キーワードを小出しにしていけばそれなりに思い出すことはできるのかもな」

 顎に手を当て深く考え込む城島。たった今まで思い出すなと言いながらも記憶を戻す手段を模索している城島に疑問を感じ尋ねてみると、

「そうだな。三日後までに彩花が高ランクの未現体を扱えるようになって、受験の記憶を取り戻す。それが僕にとっての最高だぞ」

「……?」

「ま、三日後には分かるさ」

 ひらひらと手を振り、城島はごまかすように明るく笑った。

「けどな彩花、お前なら記憶がなくてもきっと僕の期待通りにやってくれるって思ってるぞ」

「いや、何の話ですか……?」

「ま、三日後には分かるさ」

 同じ台詞でごまかす城島に、彩花は首を傾げるしかなかった。



「未現体の訓練法その一。まずはイメージすることだぞ」

 びし、と人差し指を立ててそう言う城島は、まるで教師に見えなかった。その一とか言ってるけど、その二以降はあるのだろうか。

「イメージ?」

 しかしそんなことを言うわけにもいかないので、彩花は素直に講義を聞いておくことにする。意味が分からない人間性ではあるけど、ちゃんとした教師なわけだし。

「そう、イメージ。未現体を初めて使う時には、自分がどれだけの力を使うのかっていうのを想像することが大切だぞ」

 とは言っても、と城島は続ける。

「日本にいたってことは今まで未現体の能力を見たこともないだろうし、イメージもしにくいだろ? そのための風紀委員会招集だぞ」

「ち、やっぱりそんなことかよ……。能力見学会なんざ、てめぇ一人で十分だろ」

「たくさん見といた方がイメージしやすいからな。協力してもらうぞ」

 ちょっと待っといとくれ、と言って城島は演習所の入り口とは逆側の方に向かった。そちらにも小さめの扉があって、倉庫になっているらしい。

「んだよ、演習用の機械も出すつもりか?」

「あれを使わないと、能力を使う対象者がいませんしね」

「そこにいるじゃねぇか」

 くい。

 契が顎で示したのは彩花だった。

「だ、ダメ! 彩花君をいじめちゃダメ!」

 途端に氷が声を上げてひしっと彩花を守るように抱き着く。朝あれだけ怯えた様子を見せていたのに真っ向から抗議するこの様子を見るに、かなり慌てているらしい。

「にゃー。ハルハルが本気でそんにゃことするわけにゃいにゃー」

「はっ、委員会でそれなりに顔合わせてるってのに、信用がねぇな」

 しかしまあ、風紀委員たちはなんだか大事のように話しているが、彩花はまったく実感が湧かないわけで。だって、未現体の能力なんて今まで実際に見たことないし。日本でも使われていないわけではないがそれは一部の組織の話だし、彩花のような普通の中学生にはそんな機会などあるわけもないのだ。

「きっとみんなの能力を見たら血の気が引きますよ」

 それを察してか、苦笑いの灯が彩花にそう耳打ちしてくれる。この人、察しがいいなあ……と彩花が感心していると、

「ほら、学園で最高性能のものだぞ」

 城島が何やら二十一世紀の青いロボットを思わせる物体を引き連れて戻ってきた。

「演習用人型機器だ。最高性能は手強いから、油断しちゃダメだぞ」

 二十一世紀世のそれと似て二本足で歩く人型のいわゆるロボット。青いネコ型のものと違うのは、大柄な契と同じくらいの背丈があって痩せている点だろうか。全身に黒系の衣装を身につけていて、頭部は少年漫画に出てくる悪役のような仮面をつけているデザインだった。お腹の四次元につながるポケットから道具を出すこともないようだし、青いそれと同じなのは人型であることだけか。

 むしろショッカーとかの方が外見は近いか……? と彩花が某特撮番組の脇役と目の前の自分より背の高いロボットを観察して比べていると、

 パァン!!

 目の前で突然の破裂音と、同時に顔面に襲いかかってくる衝撃波。

「―うわっ!!」

 あまりにも唐突な衝撃に一瞬遅れて彩花は吹き飛ばされた。吹き飛ばされたと言っても尻餅をついた程度だが、何が起こったのか分かっていない彩花にとっては大きな衝撃だ。現状の把握できない彩花が尻餅をついたまま硬直していると、

「……おい城島、何でいきなり電源入ってんだよ」

 頭上から若干キレ気味の契の声。見上げると、尻餅をついている彩花の真横に大柄なその姿はあった。片手は斜め前の方に軽く伸ばされていて、その先で広げられた手の平は突き出された拳を―。

 ……拳?

「彩花、怪我ねぇか?」

「あ……は、はい……」

 契からの優しい気遣いにも、彩花はうまく答えることができない。

 だって、隣に立つ契はロボットが突き出した拳を防ぐようにして手の平を広げていたのだ。



こ、こいつ殴るのか……!?



拳を防ぐ契の手の平は、ちょうどさっきまで彩花の頭があった辺りの少し前。契に防がれていなかったら間違いなく彩花の頭を殴り飛ばしていただろう。つまりさっきの破裂音は拳と手の平が衝突した音で、衝撃波はその際に発生したものだということだ。

 契が守ってくれていなかったら……そう考えると途端に彩花の顔から血の気が引いた。

「てめぇ、俺がどうにかしなかったらどうするつもりだったんだ」

 そう考えたのは契も同じのようで、完全にキレた目つきで城島を睨みつけていた。その行動から優しさを感じることはできるのだが……正直、ロボットよりもそっちの方が怖い。

 しかし城島は怯える様子など一切見せず、むしろ明るく笑ってみせる。

「はは、まさか『優の暴君』が目の前で傷つきそうな生徒を見過ごしはしないだろうと思ってたぞ。それに、契はキレてるくらいの方が調子出るだろ?」

「ちっ……気に喰わねぇが、確かにこの怒りをぶつけてやりたくなったぜ。彩花、よーく見ときな」

 がん!

 殴った体勢のまま停止していたロボットを蹴り飛ばし、契は座り込んだままの彩花の襟を引っ張って立たせた。

「俺の未現体は身体能力を全体的に向上させる能力を持つBランクだ」

 そう言って契が腕まくりをすると、両手首には髪と同じく金色に輝くブレスレット。

「行くぜ。〝破王〟!!」

 獣の目をした契が叫ぶのと同時に、蹴り飛ばされていたロボットが動いた。人間よりも俊敏な動きで膝を曲げ、前に向かって跳ねるように駆け出す。その時には既に拳を振りかぶっていて、後は契との距離を詰めて振り抜くだけの体勢。人の目では姿を追うのがやっとのそのロボットが契に向かって殴りかかり―

 ゴッッ!!

 激しい轟音を伴って、吹き飛んだ。

 契に殴られた、ロボットが。

「俺と殴り合おうなんざ、生意気なんだよ」

 数メートルの距離を綺麗な放物線を描いて吹き飛んでいくロボットに、吐き捨てるような言葉を契は投げた。いや、さっき近くで見た感じあのロボットって金属製だったし、かなり重たいはずだよな……?

「契くん、前より飛ばしてますね」

「にゃー。絶対にハルハルに素手で挑みたくはにゃいにゃー」

「……春神先輩、やっぱり怖いです」

 もっとも、驚いているのは彩花一人だけのようで、後の風紀委員たちはそれぞれ『この光景も久しぶりだわー』という雰囲気のコメントをしていた。

 さらに、

「それじゃあ、次は私です」

 灯が一歩前に進み出た。

「私の未現体は幻を生み出す能力を有するCランクです。形状はイヤリング。……片耳だけですけどね」

 ふわ、と波打った灯の髪の隙間から覗いた右耳に、それはあった。

 紅く輝く、飾り気の少ないイヤリング。

 彩花がそれに思わず視線を奪われている間に、契に吹き飛ばされていたロボットがまた立ち上がった。標的を探しているかのように頭部を動かし、それを灯の方向に固定する。

 ドッ!! と足元が揺れるほどに強く床を蹴り、ロボットが灯に向かって突進した。

 それでも、誰も慌てない。

「行きますよ。〝虹幻〟」

 唱えるような灯の言葉の直後、異変は起こった。

 駆け出したロボットを囲むように、特撮番組にでも出てくるような全長が五メートルにも及ぶだろうかというほどの巨体の怪物が三体も現れたのだ。一見すると図鑑に載っている恐竜のようであって、それらよりも確実に凶悪な外見の怪物たちは、ロボットを威嚇するかのように咆哮する。何もない空間から突然生まれたそれらは、しかしこの場の誰よりも強い存在感を放っていた。

 それに威圧されてだろうか、ロボットの動きが止まった。いや、感情のないロボットなのだから威圧されたわけではないだろう。どこからか現れた三体の怪物の内どれを最初に倒すのか、考えているのだ。

 だが、その思考が命取り。

「にゃー。そんにゃにのんびりしてたら、死んじゃうにゃーよ」

 動いたのはシークだった。

「ミーの未現体は痛みを移動させるBランクにゃ」

 彼が身につける、制服を隠してしまうほどの無数のアクセサリー。動くだけでじゃらじゃらと音が鳴るほどの量のそれらの中に、一際異質なそれはあった。

 なぜか三本も腰に斜めに巻かれているベルトの中の一本。一つだけ正面に十字架の飾りがついているものがそれだ。髪と同じように絵具を塗りたくったようなカラフルな十字架の飾りは、輝きまでもカラフルだった。

「Let’s Go.〝殺神犯〟!」

 大げさな身振りでシークが懐から取り出したのはカッターナイフ。まさかそれでロボットに攻撃するつもりなのかと彩花が驚いていると、シークはさらに驚愕の行動をとる。

 彼は、躊躇うことすらせずに自らの左手の甲をカッターナイフで突き刺したのだ。

「……っ!」

 手を貫通したカッターナイフの痛みに表情を歪ませながらも、シークは一気にそれを引き抜いた。当然、傷口からはおびただしい量の血液が流れ出――さなかった。

 それどころか、カッターナイフが貫通したはずの手の甲には傷すらなかった。

 がんっ!

 その代わりのように、吹き飛ばされて跳ね上がるロボットの左腕。どれだけの衝撃が訪れたのか、屈強なロボットがよろけ、体勢を崩した。

 そしてそれを見て満足したような表情を浮かべたシークが、さらに行動する。

「にゃははははー!」

 猟奇的に大声で笑い、狂ったようにカッターナイフで体を何度も突き刺す。首、肩、胸、腹、腕、腰、足……衣服が裂けるのも構わず、明らかに致命傷にもなりかねない部位にまで迷わず刃を突き立てる。

 がんっ! がんっ! がんっ!

 それと連動するように、ロボットがまるで見えない敵に殴られているかのように衝撃を受けてよろめく。それなのにシークには一切の傷が残らないその光景は、傍から見ていて明らかに異常だった。

 もっとも、そんなことがいつまでも続けられるわけもない。

「……ヤッベーにゃ。もう体中刺しまくって超痛いにゃ」

 くはぁ、と疲れたように息を吐き、シークは動きを止めてしまったのだ。

「季蜜ちゃん、パス。ラストだからカッコよく決めてにゃ」

 ひらひらと手を振りながら氷にそう言うシークをめがけて、ロボットが駆け出す。

 怪物たちの隙間をすり抜け、散々痛めつけてくれたシークに復讐でも果たそうかとしているかのように、一直線に。

 しかし、シークはそれに応じる気がない。自分の役目は終わったとばかりに背伸びをしている彼の代わりに、戦う人物はもう決まっている。

「氷の未現体は三つのBランクだよ。……形がちょっと苦手なんだけど」

 こちらに向かってくるロボットに物怖じせずに、今まで後ろの方にいた氷が進み出た。

 他の三人と違ってアクセサリーの類を身につけていなかった氷だが、今は首に首輪が―

 ……首輪?

 思わず見直してしまったが、間違いない。

 氷の首にはさっきまでなかったはずの銀に輝く首輪が巻かれていて、しかも正面には同じく銀の鈴までぶら下がっている。デザイン的にはロボットよりもよほど二十一世紀的である。もしかして『不可視の黒猫』の由来はこの首輪だろうか?

 と、

「季蜜ちゃん! 来てるにゃ!」

 じゃらじゃらと全身のアクセサリーを鳴らしながら走ってくるシーク。そのすぐ後ろには彼を追いかけるロボット。……いつの間にか、絶体絶命のようだった。契にいたっては見て見ぬふりだし。ていうか、あのロボットから走って逃げるとかすごいことしてるな。

 どうせならしばらくこの追いかけっこを眺めていたい気もするが、まあ、当然ながらそういうわけにはいかない。

「……彩花くん、見ててね」

 力強く言って、氷が飛び出した。

「行こう。〝気紛れ野良〟ちゃん」

 そこからの氷の行動は素早かった。

 たん、と軽く床を蹴り。

「飛んで」

 直後には、彼女はロボットの背後に立っていた。

 いきなり背後に移動した氷の気配を感知したのか、ロボットも動きを変える。シークを標的から外し、真後ろの氷に向かって振り返りざまの拳を放つ。

 だが、

「防いで」

 がぃん!

 ロボットの拳は氷に当たる直前で見えない壁に阻まれるかのように、止まった。まるで透明な板を殴ったかのように空間の一点で拳を止められてしまったロボットに、氷は手の平を向ける。

 そして、

「終わって」

 ごうっ!! と空気を切り裂くほどの速度で、ロボットが真後ろに吹き飛んだ。弾丸を連想させるほどの豪速で空間を突き抜けた金属の塊は、シークの脇を通り過ぎてその先の壁に激突し、激しい衝突音を発生させる。

 金属の弾けるような甲高い不協和音に、咄嗟に彩花は両耳を塞いでいた。それでもなお頭の奥まで響いてくる雑音に、衝突の勢いが現れている。

 結局、それがとどめになったようで、床の上に落ちたロボットは動作を停止させてしまった。確か城島は最高性能とか言っていたが……風紀委員の恐ろしさを彩花は垣間見てしまったようだ。

 ちなみに、そんな恐ろしい風紀委員の一人である氷は、

「耳鳴りが……」

 耳を塞ぎ損ねたようで、自分で発生させた不協和音に苦しめられていた。

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