知らない間に進行していた物語 3
十分ほどして城島や通り名持ちの三人に温かい視線で見守られていることに気がつき言い合いをやめた彩花と氷を連れ、一同はようやく学園の校舎内に向かった。
「さて、彩花。君の願書には将来的に警察官としての進路に進むことを強く望むと書いてあったが、あれは本当かな?」
その道中、先頭を歩く城島がそう訊いてきた。
「あ、はい。本当です。というか、そのためにここに入学しようとしてたんですけど」
「だろうな。学園の生徒の進路は七割が警察官だし。ま、普通の警察官じゃなくて警備隊だけど」
警備隊―城島の口から出たそれは、未現体の研究が進み警察組織に導入され始めたことで生まれた新たな組織だ。普通の警察官と違って隊員全員が未現体を扱うことのできる人間が揃えられていて、未現体を使用する犯罪者にも対応できるようにより強化されていることが最大の特徴だろう。危険は伴うが異常なほどに倍率の高い職種であり、また、未現体を扱えなければ決して就ける職ではない。
しかしここは灰城学園。未現体の専門を行き、学ぶ学校施設の最先端かつ最大手。多くの生徒が警備隊に就職する化け物学園だ。今や警備隊に就職したいがために学園を目指す学生も少なくない
そして、彩花もそんな学生たちの一人だ。
「俺も警備隊志望だから大丈夫です。普通の警察官志望なら日本の高校に行ってますよ」
「それもそうだな。じゃ、やっぱりこいつらと会ったのは正解だったぞ」
くい、と城島が親指で指したのは集団で行動しているせいか登校中の生徒の視線を一つ残らず集めてしまっている、氷を含む通り名持ちの四人だ。確かに四人とも個性的だけど、いくらなんでも目立ちすぎじゃないのか……? と彩花が首を傾げていると、
「おい、あれ……」
「ああ、風紀委員会だぜ……」
「なんで四人とも揃ってるんだ……?」
「誰だよ、あの学ラン……」
四人に視線を向ける生徒たちの間から、ひそひそとした声が聞こえてきた。
「風紀委員会?」
「そう、こいつらは風紀委員会だぞ。そして僕は委員会顧問だ」
「いや、当然のように言われても知らないんですけど……」
「あん? んだよ、風紀委員会すら知らねぇのかよ、てめぇは。中学にだってあるだろ、それぐらい」
「中学の風紀委員会とは意味合いが大きく違いそうなんですけど……」
見かけによらず優しいと分かっていながらも迫力満点すぎて恐ろしい契に遠回し気味に言ってみる彩花。へたれー、と後ろの方を歩くシークがボソッと言ったがそれは無視。とにかく今は城島や契との会話に集中しよう。
「そうだな。まあ、意味は全然違ぇな。この島での風紀委員会ってのは学業施設密集地帯―要するに学校が集まったここら一帯で活動する自治組織みてぇなもんだ。一帯の中心にあるこの学園を本部として、大半の学校に支部があるぜ」
やってることは学生間のトラブル解決とかだけどな、という補足は小声だった。なるほど、本部とか支部とか大仰な雰囲気がする割にはやってるとこはそう派手なわけでもないらしい。自治組織いうからには時に事件に関わるようなこともあるだろうけど、基本的にはそんな激務はそうそうないということか。
「そしてさらに、風紀委員会には大きな特典があるぞ。委員会はさっき赤星が言ったように、他と比べて特に突出した素質を持つような、強力な能力者じゃないと入れない。だから、委員会に入ると警備隊への就職はまず成功するんだぞ」
「ていうか警備隊に就職するためにあるような組織だからな」
続けて言った城島に契が付け足し、風紀委員会についての説明は終了した。
「どうだ? 風紀委員会に入りたくなっただろ?」
「そりゃ話を聞いてる感じでは入りたいですけど……俺が入れるものなんですか?」
「それを今からテストするってことだぞ。問題ないとは思うけどな」
とりあえず、と言いながら城島は才華の制服を指し、
「まずは着替えだな。どこかの倉庫に予備の制服があったはずだぞ」
♪♪♪
才華の着替えを待っている間に。
「どうだ? お前たちの目から見て彩花は良さそうか?」
城島の問いかけに対する反応は三者三様だ。
「そうだな……あれが受験でとんでもない結果を出したっつうのは、どうも信じられねぇって感じだ」
「ミーは男の子に興味にゃいからにゃー。あ、でもサイくんにゃら男の娘でいけそうにゃー」
「私はいい人だと思いますよ。季蜜さんも気に入ってるみたいですしね」
「……氷は結構好き……かも。あの、と、友達としてだけど……」
まあ概ね悪くはなさそうだな、と城島はひとまず安心する。それこそ契やシークは人に対する好き嫌いがはっきりと態度に出るから心配だったのだ。
これなら快くとまではいかなくてもそこそこ協力的にはやってくれるだろう。後は彩花の素質次第だが、そちらも心配はしていない。
prr、prr、prr……
「お、悪いな。電話がかかってきたからちょっと外させてもらうぞ」
「んだよ、また業務連絡か?」
「そうだぞ。彩花の着替えが終わったらちょっと待っててくれよな」
かかってきた電話に出ながら、城島はその場を離れていった。
♪♪♪
その頃、更衣室で学ランから学園の制服に着替えを終えた彩花は、
「似合ってるか……? いや、制服なんて似合うようなものじゃないよな……」
なんだか身につけてみると思った以上に格好良かった制服に妙に腰が引けてしまっていた。
「まあ、別に普通だよな。うん、おかしくない」
契やシークのように着崩したりするのには抵抗があるし、似合っているとは言わずともおかしくはない、というところで彩花は妥協した。
ついでに姿見を使って着替えで乱れた髪の毛をちょっと整えてから、これで良し、という風に頷く。幼い頃はちょっとだけ伸ばし気味のこの髪形とどちらかといえば中性的な顔立ち、それから女の子っぽい名前でよくからかわれたものだ。今でもそうひどくはないが、若干、本当にほんの少しだけ(彩花談)中性的な顔立ちでからかわれることはある。
そんな自分に自信をつけるための学園受験でもあったのだが、結果はかなりいいようだし成功したと言っていいだろう。ネクタイを巻くとそれだけでも男っぽさは増すものだ。
「ここから、だよな」
ぐっと拳を握りしめ、これから先に向けて彩花は改めて決意を固める。城島の言動からすると彩花は今から未現体を扱うための訓練をするのだろうし、ここまで調子が良かったからといって油断はできない。
「よし、行くか」
ネクタイをきつく締め直し、彩花は更衣室を出た。
♪♪♪
着替えと電話をそれぞれ終えた才華と城島が合流し、一同は再び移動を始めた。ちなみにこの頃にはとっくに始業時間を迎えていたのだが、
「彩花はまだ正式な入学じゃないからクラスも授業もないぞ。四人は風紀委員権限で特別に授業免除な」
ということらしい。委員会に入れるほど優秀な生徒なら少しくらい授業を受けていなくても大丈夫だということだろう。
でも氷はどうしてもそうは見えないんだよなあ……と彩花が横目で年下の少女の顔をちらっと盗み見ると、
「……彩花くんの制服姿、かっこいいよ」
何を勘違いしたのか、微妙に頬を赤らめながらそんなことを言ってきた。いや、嬉しいけどさ。季蜜ってかわいいし。極端に気弱な性格は難点かもしれないけど、俺には普通に接してくれるし。
そんな風に彩花が微妙に邪なことを考えていると、
「とう!」
「痛ってぇ!? 本日二度目だと!?」
今朝のように氷に思いきり脛を蹴られた。
「今、氷の顔見てたでしょ! また朝みたいに赤星先輩と比べてたんだ!」
「見てたけど比べてはいねぇよ!」
「……じゃあなんで見てたの?」
「いや、急にかっこいいとか言ってきたから、季蜜もかわいいよなあ、ってふと思ってさ」
「え? ……えぇえ!?」
あれ? なんか急に季蜜がさっきよりも顔を真っ赤にして目を丸くしてるんだけど……なんか失敗したか?
予想外の氷の反応に彩花が戸惑っていると、
「にゃー、サイくんて大人しそうな顔してミーよりよっぽど大胆にゃー」
またも後ろの方でシークがボソッと呟いていた。この人は明らかに俺とタイプが違うし……苦手だ。季蜜も苦手だろ、絶対。
しかし、なぜか氷は混乱してしまっているようで、
「……彩花くんはエッチです」
なんとシークの方にトコトコ歩いて行ってその背中に隠れてしまった。
「季蜜ちゃんがミーに近寄るなんて珍しいにゃー」
「彩花くんが意地悪するの……」
「ちょっと待て。むしろ俺、褒めてたと思うんだけど?」
抗議してみるものの通じず、氷はただただ茹で上がったように赤い顔を俯かせてしまうばかりだ。俺が一体何をした……。
未現島での友達第一号に嫌われた(かもしれない)彩花はがっくりと肩を落として落ち込んでしまう。
「大丈夫ですよ。ほら、季蜜さんが人に気を許すのってすごく珍しいことですから。ちょっと照れてるだけで、嫌われたりしてませんよ」
結局彩花は、初対面の灯に慰められるという微妙に情けない失態を晒す羽目になった。