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マテリアル  作者: ラギ
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最後まで締まらない物語

 未現島襲撃事件。

 なんともありきたりな上にかなりダサい(どちらもシークの感想だが)ネーミングセンスではあるものの、高椋鋭利率いる不法入島者によって引き起こされた事件は、島民たちの間でそう呼ばれるようになっていた。

 ただ、そういう名称というか愛称のようなものが定着するまでには、多少なりとも時間は必要なわけで。で、高椋との戦闘の後で意識を失った彩花が目を覚ました時に既にその名称が定着していて。

 どうやら、格好良い決め台詞と共に不法入島者をブッ飛ばした彩花は、一週間も気を失い続けていたらしい。



 灰城学園保健室。

「一週間……一週間……!」

「えっと、彩花くん……大丈夫、ですか……?」

「にゃー。まあ、一週間も眠りっ放しっていうのは嬉しいことじゃにゃいけどにゃー」

「それにしたってンなへこむことねぇだろぉよ」

「というか、眠っている間に英雄に祭り上げられたことがショックみたいですけどね……」

「なんだ彩花、英雄になるって言いきってたのに、情けないぞ」

 ベッドの上で項垂れている彩花の周りには椅子に座ったり立ったままだったり椅子の背もたれに座っていたりする風紀委員会の面々。ちなみに台詞は彩花、氷、シーク、契、灯、城島の順である。

「そりゃ言いましたけど……。なんか、知らない間にそうなってるのはなんか違う……」

「本気で目立つの苦手なのな、てめぇ」

 ぐじぐじと悩み続ける彩花を、契は大した興味もなさそうに言い捨てた。実際、五十人を超える不法入島者を倒すのに尽力した功労者、しかもAランクの未現体の適合者ということもあり、彩花の噂は瞬く間に学園中に広まっていた。彼が眠り続けていた一週間、お見舞いという体で一目顔を見ようと訪れた生徒は数えきれないほどだ。

 まあ、学園の保健室ではなくてちゃんとした病院に運んでやれという話なのだが、そうすると今度は研究者たちがAランクに適合した彼のことを調べようと押しかけてきたのである。目立つことが極端に苦手な彩花のためには、結局ここがベストだったのだ。

「まったく、僕たちが頑張って冷やかしの生徒を追い返してやってたんだし、そこはとりあえず感謝してほしいぞ」

「……城島先生、自首するって言ってませんでしたか?」

「うん、今は判決待ちみたいなもんだぞ。高椋の取り調べが終わるまで、学園内限定で自由に行動してもいいんだってさ」

 実は、そのことに関しては彩花も氷から聞いて知っていた。どうやら城島は脅されていたということと最終的に高椋の逮捕に貢献したということで、そう重い罪にはならないらしい。普段の人望もあって、審査団の面々も激しく減刑を訴えたとかなんとか。そういう諸々があって、今はまだ自由の身ということだろう。

 もっとも、高椋はやはりそうはいかないようだ。今回の事件の主犯だし、あまりにも人を傷つけすぎている。動機にこそ同情の余地はあれど、情状酌量の余地はなかった。

 しかし、そこは灰城学園風紀委員会。罪を憎んで人を憎まずの彼らは、最後の最後でとんでもないことをしでかした。

『高椋の身柄を引き渡してほしかったら金をよこせ。よこさないなら高椋を解放する』

 要約すると、こういうことになる。

 要求した金とはもちろん、高椋の娘の病気を治すために必要な金額であり、それを渡さないなら風紀委員の四人まで高椋側につくと言い出したのだ。これにはさすがの警備隊もまいったようで、様々な途中経過はあったものの、最終的には高椋の身柄と大金が交換されることになった。その金がどこへ行ったかは、言うまでもない。そのお陰で高椋も今は大人しくしているらしいし、結果オーライということで。

 ちなみにそれを提案したのが氷だというのは、実に驚くべきことだろう。彼女のお人好しな一面がよく分かる要求だが、それに乗っかっている辺り、結局は四人とも個性的に見えて似た者通しということか。

 高椋に斬られた審査団員にしても徐々に回復してきていて、来月には退院できるらしい。城島が抜けることで空く審査団長の椅子に誰が就くのか検討したり、今まで以上の警備態勢を敷くために綿密な会議が連日連夜行われていたり、色々と大変ではあるようだけれども。

 彩花が寝ている間に混乱の波は過ぎ去っているようで、既に事態は大方収束に向かっている。審査団強襲、不法入島者五十名など、衝撃的なニュースを次々と生み出した今回の事件も、ようやく終わりを迎えたのだ。

「ひとまず日本に帰りたいですよ、俺は……」

「彩花くん、未現島も日本だよ……」

 なんだか夢でも見ていたみたいで、でも未だに体に残っている疲労感や首からぶら下がっている黒い正八面体が主張している現実感も確かにあり、彩花は脱力してベッドに倒れ込んだ。思わず口から出た独り言に氷が何やら突っ込んだけど、気にしない。

 そう、ひとまずは日本に帰る。色々あったけど、中学の卒業式だってまだなのだ。

 それで、今度は学園の入学式。そしたら、また英雄目指して風紀委員会で働かせてもらうことにしよう。せっかくAランクの未現体に適合したのだから、学園にいる間は頑張らせてもらうさ。

「彩花くん、大丈夫?」

 脱力した彩花が心配になったのか、氷が顔を覗き込みながら尋ねる。大丈夫だ、と返事をしながら、彩花はちょっと不思議な気分になった。そういえば彼女は人見知りが激しくて風紀委員会の仲間にすら心を許し切れていないようだけど、彩花にはとても懐いている。だからてっきり、初対面の時によっぽどのことがあったものだとばかり思っていたが……

 彩花が取り戻した記憶の中には、氷との初対面時のものもあった。だが、それはある意味でとても平凡で特別なことなど何一つない。彩花は初対面の氷の、失くし物を探す手伝いをしただけだったのだ。事実は小説より奇なり、とは中々いかないものだが、あまりにも普通なその記憶には結構拍子抜けしたものだ。

 まあ、人と人の縁というのは得てしてそういうものだ。彩花としては氷のような相手と友達になれて嬉しいわけだし、別に普通の出会いに文句があるわけではない。この出会いは素直に受け取っておくことにしよう。

「さて、それじゃあ僕はそろそろ行くぞ。いくら自由の身とは言え、調子には乗れないしな」

 城島が腰を上げたのを一区切りに、他の面々も立ち上がる。ちなみに今この時間、学園は授業真っ最中だ。風紀を正す風紀委員会が揃いも揃ってサボっているのはどうなのだろうか。お見舞いに来てもらった立場としては言いにくいことだが、思わずにはいられない。

 後でまた来るね、と笑顔で言い残して氷も彩花から離れる。その後ろ姿を少しだけ(内心かなり)名残惜しそうに眺めていると、

「……真藤くん、季蜜さんと二人きりにしてあげましょうか?」

「ッ!?」

 背後からボソッと告げられた提案。まるで内心を見透かされたかのようなそれに、彩花は首が半回転するような勢いで振り返った。

「ミーも協力してやるにゃー」

 背後でにやにや笑っていたのは灯とシーク。どうやら彩花の視線に気がついていたようで、なんだか二人して噂大好きな近所のおばちゃんを連想させる目をしていた。

「な、何を言って……」

「季蜜に目をつけるとは、サイくん良い趣味してるにゃー」

「季蜜さんは交友関係こそ狭くても、あのルックスと守ってあげたくなる性格でかなり人気ありますからね~」

 ライバル多いですよー、と二人でにやにや笑いながら言ってくる。完全にからかわれているけど、どうも反論ができなくて困る。少なくとも氷に視線を向けていたのは事実だし。まあ、彼女のことは可愛いとも思うしな。……好きとかそんなんじゃなくて!

「で、でも、二人きりになんてどうやって……」

 だから、どうやっても無理だろうという開き直りとほんの少しの期待を込めて彩花はそう訊いた。

 途端に、二人のにやにや笑いが一際大きくなる。

 そして、

「えー、アカにゃん、サイくんのことが好きにゃのにゃー!?」

「はい、真藤くんって可愛いし、大好きです!」

 なんか、凄い感情の込もった、でも明らかに演技だと分かる雰囲気でそんなことを言い出した。

 しかも、

「あの、二人して何を……うぐっ!?」

 突然の奇行に目を丸くしてたら、いきなり赤星先輩が抱き着いてきた!

 外見通りの、というかむしろ外見の印象よりよっぽど大きな胸に頭を抱きかかえられ、全身の血液が沸騰してしまったかのように熱を持ち始める。茹で上がりそうになる脳みそを必死に働かせ、彩花はこの二人の企みを推測した。

(つ、つまり、こうやって季蜜を嫉妬させようみたいな魂胆なのか……!? いやいやいや、無理だろどう考えても! 別に俺と季蜜は恋人ってわけじゃないんだから……!)

 そう、確かに彩花と氷は既に友達と言える関係ではあるものの、あくまでそれだけの関係でしかない。それこそ二人が恋人同士なら氷を嫉妬させようという灯とシークの目論みは成功していただろうが、さすがに友達相手では無理が……

「あ、赤星先輩! 彩花くんは、その、だ、ダメです!」

(まさかの成功!?)

 驚愕した。

「ふふふ、季蜜さんは言っちゃ悪いですけど友達少ないですからね。真藤くんみたいに特別仲良くなった人が寝取られそうになっていれば、黙っていられるわけありません!」

「策士!?」

 耳元で囁かれた灯の言葉に、さらに驚愕した。この人、風紀委員会で一番まともだと思ってたのに、実は一番敵に回すと怖いのかもしれない……。……ていうか、寝取るって何!?

 ちょうどその時学園中に授業時間の終了を知らせるチャイムが鳴り響いたが、それすらも今の状況では遠い場所の音に聞こえた。

「と、とにかく彩花くんはダメです!」

 ぐい。

 小柄な体の割に強い力で、氷が彩花を灯から引き離す。灯もそれが狙いだっただけあって、あっさりと彩花を引き渡す。抱き締められていた感触が名残惜しいとちらっと不純な感想が浮かび、慌てて首をぶんぶんと振った。

「彩花くんは、氷の一番の友達だから、取っちゃ嫌です!」

「おやおや、独占欲が強いのにゃーね」

 ていうか、すぐ隣で交わされている会話が気恥ずかしくて仕方なかった。聞いているこっちが真っ赤になってしまうような台詞を、氷はしっかりと彩花の腕を掴みながら言ってのけているのだ。あの気弱な一面は一体どこに行ったのかという感じである。

 しかもよく見ると、氷まで顔を赤くして主張しているものだから余計に照れくさい。困った末に視線を泳がせていると、契と城島がそれぞれ呆れ顔と苦笑いでこっちを見ていることに気がついた。どうやら二人も灯とシークの悪戯を察しつつ、スルーしているようだ。

「そんな風に言われると取っちゃいたくなりますねー」

「だ、ダメ! 絶対ダメです!」

 一方、隣では意外なSっぷりを発揮しつつある灯に、氷が必死な様子で応戦していた。ぎゅっ、と小さな子どものように彩花の腕に抱き着くようにしているのは微笑ましいことでもあるが、いかんせん相手が相手。同年代の、しかも可愛い女の子にそんなことをされれば、ただただ嬉しいやら恥ずかしいやら、頭の中がごちゃごちゃだ。

 しかも、ここまで進んだ事態はさらに悪化することになる。

「おい、噂の新入生が目を覚ましたって本当かよ!」

「見張りがいなくなってるぜ、入っちまえ!」

「そうだそうだ、話題の英雄とやらの顔、一回くらい拝んでおかないとな!」

 がらり!

 何だか騒がしい声が近づいてきているかと思ったら、保健室のドアが勢いよく開かれた。ドアの向こうには十人前後の学園生。彩花には見覚えのない顔ぶれだが、会話の内容から察するに彩花の顔を見ようとやって来た野次馬の類だろう。それは良い。この際だから、野次馬ということに関しては目を瞑ろう。

 ただ、状況が激しくまずかった。

 だって、今のこの光景は第三者から見たら氷と灯の間で修羅場を迎えているようにしか見えないじゃないか。

 もちろん、彩花が。

「あ……」

 ドアを開いた、見覚えのない学園生の口から声が漏れた。

「噂の新入生が、風紀委員会の女子二人をたぶらかしてるぞぉぉぉおおおおおおおお!!」

 ほらね。

「な―なんでだぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 彩花、人生最大音量の絶叫である。

 その絶叫に導かれるように、さらに廊下の向こうから学園生が押し寄せてくる。ああ、そういえばさっきチャイムが鳴ってたなあ、と頭の奥の冷静な部分が妙に冷めたことを考えていた。

 が、

「おーおー、さすがにこれだけ人がいると目立つな」

 城島のその言葉に、はっと我に返る。

 目立つ……。

 確かに彩花はつい先日、人前に立つことも厭わずに英雄になるという決意を固めた。固めたが、しかしだからと言ってトラウマをいきなり乗り越えられるわけではないのだ。目立つ、という言葉を聞いた途端にかっ、と顔が一気に熱くなるのもどうしようもないことだと理解してほしい。

「……に、逃げよう」

 英雄志望にしてはかなり情けない提案も、精神的に追い詰められている今だけは許してほしい。

「逃げる……?」

「そ、そうだ、逃げよう。この状況は危険すぎる!」

 言うが早いか、彩花は自分の腕に抱き着くようにしがみついていた氷の手を引いて走り出す。ドア付近に溜まっていた人混みをかき分け、学園の廊下を真っ直ぐと。

「お、新入生が愛の逃避行だ!」

「追え追え、こんな面白いことめったにないぞ!」

 結果として、その行動のせいで余計に目立つ羽目になっているわけだが、どうやらそんなことにも気がつけないほどの追い詰められっぷりのようだ。

「さ、彩花くん……?」

 彩花の突拍子もない行動に、氷も驚きが隠せない。というか、この状況で一番の巻き込まれ役は間違いなく彼女だろう。それでも声に彩花のことを心配する色がある辺り、大概なお人好しでもあるようだが。

「何て言うか……楽しいな」

 そんな彼女の心配も余所に、彩花は状況にそぐわない感想を漏らす。

「楽しい……?」

「ああ、大変ではあるけど……賑やかで騒がしくて個性的で、なんか凄く楽しいよ」

 追ってくる学園生たちから全速力で逃げながら、それでも彼は笑顔だったのだ。

「中学をちゃんと卒業したら、またすぐにでもここに戻ってこようって本気で思えるからさ。……その時は、ちゃんと友達でいてくれよ?」

「そ、それは、もちろんだよ!」

「そっか。じゃあ安心だな」

 氷の力の込もっている返事に、彩花は嬉しそうに笑顔を深める。彼の頭の中には、密度の異常に高かった島での数日間と、学園生として過ごすこれからのヴィジョンがあるのだろう。今からその未来を楽しみにしているのがよく分かる。

 まあ、もっとも、今はある意味それ所でもないのだが。

「よし、そうと決まればまずは逃げるか!」

「うん!」

 こうして英雄志望のとある少年の物語は、新しい学園での初めての友達と一緒に数十人にまで増えた生徒たちから逃げ回るという、どうにも締まらない形で一段落を迎えることとなった。


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