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マテリアル  作者: ラギ
20/23

もう止まらない物語 5

「奇怪な能力だ。俺の敵ではないが」

 突如として現れた氷と遅れて駆けつけたシーク、さらにシークが到着した途端に全身の傷が治った契の三人を見渡し、高椋は冷徹な声音に若干の疑問符を含ませながらそう言った。

「にゃー。Eランクほとんど消費しちゃったにゃー」

 対照的に、シークは情けなくなるほど絶望的な声音で呻いていた。灯からの切迫した報告を受けて慌てて氷共々契の救援に駆けつけ明らかに致命傷な傷を治療する大役は全うしたものの、自分に移動させた傷を癒すのに全身のアクセサリーのほとんどを使い切ってしまったのだ。これだから耐久度の低い低ランクは……と苦情を言ってみてどうなるものでもない。

『……学園から持っていきましょうか?』

 本体は学園の風紀委員室にいる灯が、生み出した幻を通して哀れみの言葉をかける。シークの所有する大量のEランクは彼の専用ロッカーに厳重に仕舞い込まれているために持ち出すことはできないのだが、言わずにもいれなかったのだろう。

 ゆるゆると力なく首を振るシークをよそに、高椋は誰もいない空間から聞こえる声に警戒しているのか、ただでさえ凶悪な鋭い瞳を眇めた。この男は殺意とか悪意以外の感情を持ち合わせていないのではないかと錯覚してしまうほどの禍々しい圧力が、三人に圧し掛かる。

 どうやら、もう仲間内で冗談を言い合っている余裕もなさそうだ。

 わずかに空中が輝き、光の鱗粉が空間に人型を描く。描かれた人型に続いて立体感のある人間が現れたのには、さすがの高椋も驚きを隠せないようだった。

 本物と違って長い黒髪の後ろの毛先だけが青く染まっている灯の姿の幻覚は、いつもと違って射抜くような鋭い視線を高椋に向けていた。

「赤星先輩、大丈夫なんですか? それだけの幻覚を創っちゃうと、他の所を見る余裕がなくなるんじゃ……」

『大丈夫です。もう、不法入島者もこの人以外はほとんど残ってませんから』

 電話越しのような響きの声は彼女の姿がただの幻想であることを示しているが、それがなければ本物の彼女だと勘違いしてしまうほどに、それは明確な存在感を放っていた。それだけ今の灯は強い感情を抱いて能力を発動させているということだろう。その気持ちは氷にも理解できた。

 風紀委員会本部の四人は、校庭で交わされる城島と彩花の会話を盗み聞いていた。正確には聞いていたのは灯の創った幻で、さらに他の三人は自分の近くにいた彼女の幻覚に伝え聞いた感じだ。

 そして抱いた感情は四人とも同じ―嫌悪の一言。

 ただ金を手に入れたいがために未現体を狙い、そのために島を訪れ、審査団を傷つけ、このような凶行に及んだ彼らを、どうして好むことができるのだろうか。

「てめぇら、悪かったな。各々言いたい事や思うところはあるだろうが―」

 そんな他の三人の分まで代弁するように、瀕死の状態から立ち上がった契が拳を握りしめた。敵の非人道的な目的に対する怒りや、一度は為す術もなく倒されてしまった自分に対する悔恨の意思で造られた不良の瞳は―完全にキレていた。

「―まずは、この外道をブッ飛ばすぞ」

 そして、島で最強のチームが動き出す。



 契が手の平に拳を打ちつけた音を合図に、まず動いたのは氷だった。

 ちりん、と冷ややかな鈴の音を鳴らし、抑揚のない声で彼女は命じる。

「行こう。〝気紛れ野良〟ちゃん」

 呪文のように唱え、氷の姿が掻き消える。〝気紛れ野良〟の誇る三つの能力の内の一つによって彼女の体は瞬間的に別の座標に移動したのだ。

 移動先は高椋の背後。右手を背中に突きつけた氷に気づき振り向こうとする高椋だが、灯がそれを引き留める。

 青い後ろ髪の幻覚灯は、ふと瞼を閉じてそのまま後ろに倒れ込んだ。真っ直ぐに直立した体勢のままの彼女の体は重力に導かれて地面に向かい―地上と衝突するのと同時に、爆発した。

 爆風や火炎の飛び散る普通の爆発ではない。虹を象る鮮やかな七色が弾け、入り乱れ、空まで染め上げてしまいそうなほどに激しく爆ぜる爆発だ。爆炎のように揺らめく七色の火炎は即座に収縮し、その中から現れたのは『猛獣』とでも評するに相応しい獣の姿。

 イメージとしては虎に近いが、既に絶滅しているサーベルタイガーを連想させる巨大な牙やコンクリートを削り取ってしまいそうな太い爪、さらに全長が五メートルを超えるほどの巨大な体は、虎のそれではありえない。牙や爪などなくとも、その足で踏み潰されただけで人間如きは圧死してしまうだろう。

 獰猛に唸るその獣に、高椋の動きが一瞬、硬直した。前方の獣と背後の氷、どちらに対処するかの判断に迷いが生じる。

 そしてそのわずかな間で、氷の能力は発動する。

 瞬間移動に続く能力は斥力操作。高椋には振り向く暇も、能力を発動させる余裕も与えず、彼女を中心とした強力な斥力が発生し、容赦なく敵を吹き飛ばす。

「―ッ!!」

 体の前で両腕を交差させ踏み止まろうとした高椋だが、Bという高ランクを誇る能力の前に生身の人間が立ち向かえるはずがない。

 高椋の判断は素早く、空中に投げ出されながらも風の力を利用して体勢を立て直し、着地直後に次の行動に移れるよう備える。

 だが、風紀委員会もそれを許すほど甘くはない。

「Let’s Go.〝殺神犯〟!」

 高椋の着地地点を予想したシークは懐からカッターナイフを取り出し、躊躇うことなくぎらつく刃を首筋に突き立てた。止まることなく吸い込まれるようにナイフが突き刺さった首から真っ赤な血液が噴き出し、その流れに押し戻されるように刃を抜く。首から刃が抜けたその時には、既にそこに傷など痕すら残っていなかった。

 シークが負った傷は衝撃に変わり、高椋が着地するのと同時、彼の足元の地面が見えない力によって打ち砕かれる。結果、高椋は大きくバランスを崩すこととなり、

「〝破王〟オオォッ!!」

 その隙を逃さずに、契が猛然と特攻を仕掛ける。手の平に血が滲むほどの力で握りしめた拳を、高椋の顔面をめがけて、渾身の力で振り下ろす!

 反射的に回避行動に移る高椋だが、崩れてしまった体勢からではそれも叶わず―

 大地を震わせるような破壊音が、辺り一帯を駆け抜けた。


          ♪♪♪


 思い返してみると、彩花が注目される―つまりは人の前に立つことに極端な苦手意識を持っているのは、幼い頃から容姿についてからかわれ続けてきたことが原因だ。自他共に認める女顔だったのだから仕方ないとも思う一方で、やはりそれは耐え難い苦痛でもあった。

 せめて成長していくにしたがって容姿も少しは男らしくなっていくかと思いきや、物事そう簡単にはいかないもので、中学校卒業間近の今でさえ妹と二人で歩いていると姉妹に間違われることがしょっちゅうある。ていうか、ジーンズとシャツという服装で街を歩いていたら、知らない男にナンパされたことすらある。自分はちゃんと男物と分かる服装をしていないと女に見えるんだと自覚させられたこの出来事は、彩花のトラウマを一気に増幅させた。

 しかし、それによって生まれたものはトラウマだけだったかと問われれば、あながちそうではない。ついさっきまで未現体の暴走の影響で忘れていたことだが、救われたことだって確かにあったのだ。

 例えば、彩花が容姿を原因にからかわれていた時。その時には、必ずと言ってもいいほど庇ってくれる人がいた。それは決まった誰かではなく、時に学校の教師だったり、時に同級生だったりしたが、庇ってもらう度に優しさに触れた彩花の心は温かくなったものだ。

 思えば、警備隊に入りたいという彩花の夢もその辺りが出発点だろう。自分のことを助けてくれた人に感謝して、そういう誰かのことを助けられる存在になりたくて、それで警備隊に憧れたのだ。記憶と一緒に失くしてしまっていたその思いは、まさしく彩花の原点とも言うべきものである。そういう記憶や経験によって、真藤彩花という一人の少年の人格は形作られたのだから。

 だから、彩花は城島の問いに確固たる意志を持って答えることができる。



「俺は―だれかを救える存在になりたいから。だから、英雄になりたい」



 それが、城島の期待していた言葉であり、彼が彩花の協力を望んだ理由であることは言うまでもない。

 救われた過去を持っている彼だからこそ、苦しんでいる誰かを見捨てる選択肢などありえない。入学試験直前で時間がなくても失くし物で困っている女の子がいれば手を貸すし、自分が超努力することによって助けられる人がいるなら超努力する。

 善という、少年漫画にでもありがちな脆くて安っぽい言葉を、そのまま人の姿に整えたら真藤彩花という人間になる。本気でそう錯覚させてしまうほどに、彩花は純粋で、まっすぐだ。そしてそれこそが、彼の本来の姿であり、城島が一目で見抜いた彼の本質。

「それでこそ、僕の見込んだ彩花だぞ」

 本来の心を取り戻した彩花に、城島はいつものような、子どものように明るく無邪気な笑顔を向けた。ていうか、この人もそういう―自分より他人のこと優先させる性格だよなあ、とちょっと苦笑い。

 それを受けてさらに笑顔を深める城島だが、ほんの少し笑ったらまたすぐに真面目な表情に戻る。

「彩花、こんなことに巻き込んで悪いと思っているが……できるなら、高椋を救ってやってくれないか」

 高椋を救う――今の状況を履き違えているのではないかと疑いたくなるような、とてつもなく的外れに聞こえる台詞だが、城島の真意も、記憶を取り戻した彩花は知っている。

 答えに迷うことはなかった。

「当然です」

 なぜなら、それが真藤彩花という人間だからだ。

 少年は学園の外に向けて歩き出しながら、胸元で揺れている黒い正八面体の、その名を呼ぶ。

「―〝黒栄式〟」

 今までの暴走とは違う、そのAランクが司る黒い罪が爆ぜた。

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