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マテリアル  作者: ラギ
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もう止まらない物語 2

暗闇に包まれていようが朝日に照らされていようが、大して気にもしない風紀委員。つまり、暗かろうが明るかろうがじゃらじゃらと全身のぎらぎら光るアクセサリーを鳴らして目立って仕方のないシークは、だから純粋に周囲の明るさに驚いていた。

「まったく、こんにゃに明るくできるにゃら、普段あれだけ暗いのはやめてほしいにゃー」

 周りでは風紀委員会支部の生徒たちも突如として変貌した風景に呆然としているようで、完全に動きが止まっていた。

 まあ、こんにゃことは滅多ににゃいし……とシークは気軽に構えていたのだが、

「おいおい、なんだなんだ? 高椋さんの話じゃあ、ここには誰もいないんじゃなかったか?」

 いかにも悪人ですといった感じの低い声が届くのと同時に、近くにいた風紀委員の体が吹き飛んだ。

 激しく粉塵をまき散らしながら響く轟音に反射的に振り返ると、反応の遅れを嘲笑うかのようにまた別の委員が宙を舞う。

「はは、何だこいつら、楽勝だぜ!」

「……あんたら誰にゃ」

 強敵出現、という緊迫した空気が一瞬にして作り上げられた直後、しかしシークは呆れたような脱力したような呟きを漏らした。

 目の前に立っているのは、不法入島者と思われる三人の男。それぞれ体格が良くて実に迫力はある……のだが、どうも恐怖心を掻き立てられない。原因は外見だろう。全員が目と口以外を隠す黒い覆面を被っているのだが、それがどうも古典的な銀行強盗にでも見えて、どちらかといえばおかしさが先に立つのだ。

「おい! テメー、なめてんじゃねえぞ!」

「いや、にゃんかもういいにゃ。うん、さっさと終わらせるべきにゃ」

 覆面の男たちは相当凄んでいるつもりだろうが、シークからすれば面白いだけだ。こんなことをやらかすくらいだからそれなりの凶悪犯なのは間違いないが、緊張感もあったものではない。

 口の端が持ち上がりそうになるのを必死に堪え、シークは唱えた。

「Let’s Go.〝殺神犯〟」

 瞬間、彼の右腕が本来ありえない方向に折れ曲がった。

 遅れて発生した鈍く不愉快な破砕音に続き左腕も、さらに頬にあざが浮かび上がって、肋骨の辺りからも、べこり、と耳を塞ぎたくなるような音が生み出される。

 いきなり眼前で展開されるその異様な光景によほど驚いたのか、目を見開いて硬直する覆面たちの前で、

「Help Me.Eランク」

 呪文のようにシークは囁き、その体が色とりどりの光に包まれた。彼が全身に身につけるアクセサリーが発光しているのだ。光に触れたシークの体はたちまち癒され、突然ぼろぼろに傷ついた全身は、ほんの数秒で元に戻ってしまった。

 今度こそ呆然と口を半開きにしている男たちを、シークは口の端を持ち上げて見下すように笑ってやった。

「ミーが大量に身につけてるアクセは、全部Eランクの回復能力を持つ未現体にゃー。〝殺神犯〟で傷をミーに移動させ、Eランクで全て癒す。それがミーの戦い方にゃー。アカにゃんと同じ援護系にゃーね」

 いかにも不敵な態度で自身の戦闘スタイルを明かすのは、自信ゆえだろうか。ポケットに両手を突っ込んで、それ以上の動きを見せようとはしない。

 が――

 そもそもシークが動く必要などないのだ。彼があれだけの傷を負ったということは、近くにいる誰かがそれだけの傷を治されたということなのだから。

 そしてこの場合の誰かとは、直前に攻撃を受けた二人の風紀委員に他ならない。

 直後、舞い上がる粉塵の奥から二つの影が飛び出した。轟音を伴って吹き飛ばされた風紀委員だ。流星のごとく疾走する彼らに、覆面の男たちは完全に不意を突かれる形となり――

「五十分の三確保にゃー」

 数分後、低ランクの未現体を取り上げられた上に手錠で近くにあった標識と繋がれた覆面たちの姿があった。



 どう考えても多すぎる敵を前に、氷は当たり前に善戦を繰り広げていた。

 というか、普通に圧倒していた。

 そもそも、敵が相手にすらなっていなかった。

「えっと……狭いかもだけど、我慢してください。能力はできるだけ節約したいんで……」

 氷の持つ〝気紛れ野良〟の三つの能力の内の一つ、結界制御。通常は防御壁として利用する能力だが、ありとあらゆるものを遮る特性を利用すれば、四方を囲んで牢獄のように使用することもできる。

 そういうわけで、今は十人近くの覆面たちが氷の作り出した結界牢獄に押し込められていた。

「あの、暴れても結界は壊れないんで……」

 見えない箱に押し込まれて、苛立っている敵にまで敬語を使う気弱すぎる氷に、共闘した風紀委員は苦笑いを返すばかりである。一人で不法入島者の五分の一をあっという間に捕えてしまうほどの実力者なのに、驕らないどころか謙虚すぎるその姿勢は、尊敬するところでもあるが、呆れてしまう。

「赤星先輩。春神先輩とか小鳥遊先輩はどうですか?」

『順調みたいですよ。今の時点で、二人で十三人の不法入島者を確保しています』

 氷は灯の報告を聞きながら、結界牢獄に収容している覆面たちに視線をやった。改めて数えてみると、その人数は九人だ。二人と合わせて二十二人。他の風紀委員のことも考えると、既に半分近くを確保した計算になる。

 成果としてはこの上なく喜ばしいものだが―

「なんだか……順調すぎる気がします……」

 不安を口にする氷に、そうですね、と灯は同意した。

『春神先輩の罠の効果もあるんでしょうけど、それを考慮しても楽すぎます。審査団を下したっていうのも疑わしくなってくるくらいですよ』

「もしかして、もっと人数がいるとか……」

『それはありません。島全体をずっと見てますけど、覆面を被ってる人なんてそういませんよ』

 多分、と空中からの声は続ける。

『この人たちは主戦力じゃないんですよ。人数稼ぎのようなもので……審査団に勝てるほど強い人は数人しかいないんだと思います』

 灯の推論は十分に納得できるものだった。現実に戦力とも思えない覆面たちと戦った後では、そう考えるのが自然だ。

『むしろ、分からないのはこの人たちの目的ですよ。こんな大人数で何をするつもりなんでしょう?』

「あ、聞いてみましょうか?」

『教えてくれるとは思えないですけど……』

 あまりにも単純な提案に困惑する灯だが、氷はとことこ自分で捕まえた覆面たちの方に近寄っていく。

「あの、良かったら教えてほしいんですけど……」

『いや、その訊き方で教えてくれる相手じゃないですよね。天然なんてレベルじゃないですよ? 最早』



 次々と連絡が取れなくなる仲間たちに、高椋は不審を抱き始めていた。

 別に仲間のことを疑っているわけではない。高椋と彼らは強力な利害関係で結ばれているし、この局面で裏切られる理由はない。不審なのは連絡が取れなくなるペースだ。

 高椋と一緒に島を訪れた無法者は五十四人。これだけの人数がいれば無傷では済まないことも承知の上で、彼は半数の二十七人までが捕えられることを最悪の事態として想定していた。それくらいの人数ならば島を占拠した後で解放してやることもできるし、別に切り捨てても構わない。

 ただし、それはあくまで最悪の場合であって、予定ではそこまで悲惨なことにはならないはずなのだ。確かに覆面を被らせた仲間たちは日本でも手に入る程度の低ランク未現体しか持っていないが、高椋は風紀委員会の通信を傍受してできる限り目的地まで敵と鉢合わせない経路を指示した。それが、ものの三十分かそこらで、確認できるだけでも二十人との連絡が途絶えている。

 あまりにもペースが早すぎる。まるで、こちらから風紀委員たちに向かって突っ込んで行っているかのような―

 そこまで思考が及んだところで、高椋の足が止まった。

「そうか……。ずいぶんとふざけた真似をしてくれたようだが」

 空を仰ぎ、苛立った息を吐いて、彼は振り返った。

「貴様が主犯か。今の内に謝罪するのであれば半殺しで済ませてやるが」

 その視線の先にいたのは、春神契。

「ずいぶんと物騒なんだな。つか、ふざけたことをやらかしたのはてめぇの方だ。てめぇこそ今謝るっつぅなら拳骨千発で許してやるぜ」

 もしもこの場にシークや灯や氷がいたなら、三人とも顔を真っ青にしていたことだろう。未現体を使った契の本気の拳骨など一発でも殺人級の威力を誇るのに、千発も殴り続ければ人としての原形が残るかどうかも疑わしい。

 例えどれだけ優しかろうと暴君は暴君。契は、自らと敵対する者には一切の容赦をしない。

「所詮は俺と自分の実力差も理解できん子どもか。俺を騙したことは褒めてやるが」

「無様にハメられといてほざいてんじゃねぇよ。あの程度の罠を回避できねぇで俺に勝てるわけねぇだろ」

 挑発的な口調で言いながら、契は耳に挿していたイヤホンを引き抜いた。さらにコードの先の通信機をポケットから取り出し、高椋の足元に放り投げる。

「それ、旧式でな。性能が低くて盗聴されやすいのを理由に廃棄されたんだ」

 今回、不法入島者の規模から予測された未現島での大規模な暴動。その予測を元に契が仕掛けた罠は、盗聴だった。

 城島が零時ちょうどの時間のことを風紀委員会に漏らした時点で、彼らが警備態勢を敷くことは高椋も予想しただろう。ならば、その警備態勢を知って避けて通ろうと考えるのが当たり前だ。いかに手練れ揃いの集団とはいえ、余計な消耗はできる限り減らしたいだろう。

 では、風紀委員会の動向を知るためにはどうすれば良いのか。

 予定時間を零時から遅らせるような真似はまずできない。自分たちの存在は知られているし、そういつまでも潜伏できる保証もないのだ。逆に早めることも、五十人もいるとかなり難しいだろう。時間の変更以外で最も手っ取り早いのは風紀委員会顧問の城島を問い詰める方法だが、そもそも時間をばらした彼を信用しきれるとは言い難い。

「ま、盗聴っつぅのは少しばかり安易な手法だからな。簡単に予想できたぜ」

 初心に戻って考え直してみれば、高椋たちは初っ端に審査団を制圧している。ならば、審査団の権限を使って風紀委員同士の通信を盗み聞くのがやはりセオリーではないだろうか。

 と、いうわけで。

 契は先ほどの通信で堂々と嘘を言った。一人一人の担当地区を確認するふりをして、実はその内容は現実と全く違う配置だったのだ。もちろん、事前に盗聴の余地がない灯の幻覚を使って、各員に本当の配置と作戦はとっくに伝えられていた。

 そんなことは知らない不法入島者たちは、当然、通信の内容を鵜呑みにして風紀委員会のいない場所を選んで行動するだろう。しかし現実には、そこにこそ風紀委員会は配備されていたのだ。結果として、不法入島者たちは自ら警備の輪の中に突っ込んでいくことになる。

「てめぇらが中央区に現れるっつぅ確信もなかったから、半分は賭けだったけどな。成功してホッとしてるぜ」

 明るい中では非常に目立つ金色の前髪を揺らし、顔の前まで拳を持ち上げる契。その瞳は、シーク風に表現するならば―完全にイっていた。

「てめぇだけが覆面も被ってねェし、他の奴とも雰囲気が違う。てめぇが主犯なんだろ?」

 今度こそは絶対の確信を持った口調で、契は言う。

「この島を荒らした罪は重ぇぞ。覚悟しな」


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