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マテリアル  作者: ラギ
13/23

そして動き出す物語 4

基本的にやることは昨日と同じ、というのが契の提案したやっぱり適当なスケジュールだった。

「つまり、〝黒栄式〟を制御できるようになるってことですよね、それ」

「当然だ。てめぇ、昨日はずっと暴走寸前みたいな状態だっただろ」

 ぶっきらぼうな口調の契の言う通り、昨日の彩花はまともに未現体を扱えていない。そもそも昨晩、泥のように疲れ切って意識を失うように眠ってしまったのも、そのせいで体力を削られてしまったからだ。

「そうは言っても、城島先生もいないのにできるんですか?」

「するんだよ。いつまでもぐだぐだ言ってねぇで、覚悟決めろ」

 ぽん、と契は彩花の肩に手を乗せ、

「優柔不断は、男らしくないぜ?」

 途端に彩花がやる気になったのは、言うまでもないことだ。


          ♪♪♪


「正直、超怪しいにゃー」

『何かあったんですか?』

 携帯電話を通して聞こえる灯の声に、シークは首を振った。

「逆にゃ。何もにゃさすぎる。特に何があったわけでもにゃいのに、みんなが『何もにゃかった』っていう事実を意識して作り出している感じにゃー。それにゃのに、ミーの捜査は頑にゃに拒否られたのにゃー。普段だったら普通に協力してくれるのに、今日はお引き取りくださいとまで言われたにゃー」

『確かにおかしいですね。審査団が私たちへの協力を拒んだことって今までないですし……』

「こりゃちょっと苦労しそうにゃー。あんまし時間かけたくにゃいんだけどにゃー」

『私も同じですよ。ずっと城島先生を監視してますけど、怪しい動きとかないんです』

「でもこれだけの不自然があると、やっぱり何ともにゃいとは言えにゃいよにゃー」

『そうですね……城島先生も審査団長ですし、何かは分からないけどきっと何かあるはずですよね』

 ていうかさすがに何て言ってるか分かりにくいです、と灯は付け足したが、シークはそれを無視。そもそも本人もかなり喋りにくいはずなのだが、彼は今まで何度指摘されても口調を変えたことがないのだ。

「で、お願いにゃんだけどにゃー。〝虹幻〟使って審査団の陣営に乗り込む裏道を探してほしいのにゃー」

『……本気で言ってるんですか? 結構な規模の犯罪ですよ、それ』

「バレなきゃいーのにゃ」

『せめて春神先輩に相談してからでも……』

「ハルハルを巻き込むと審査団に殴り込む羽目ににゃりかねにゃいにゃ。確信を得てからじゃにゃいとマジ危ねぇって、あの暴君」

 審査団の陣営に素手で殴り込んでいく契をリアルに想像してしまったのか、シークの声音が本気の恐怖に覆われていた。

「本当は何でもにゃい可能性もあるし、ハルハルにはまだ内緒にゃー」

『……それならやってみても構いませんけど、絶対見つからないでくださいよ?』

「ミーはどんにゃ校則違反を侵そうとも教師に捕まるようにゃ真似だけは絶対にしにゃい、超問題児のレッテルを得た生徒にゃ」

『……シークくん、風紀って単語の意味知ってますか?』


          ♪♪♪


 細く長い息を吐き、全身から余計な力を抜くようにリラックスする。

 未現体を上手く扱うコツなんて、誰に訊いても大体その程度のものだろう。というか、実際のコツや感覚なんて、言葉で表現できるようなものではないのだ。今までにない新物質を、今までの語彙で表すことができるわけがない。

 だから、結局は未現体の扱いなんて体感で覚えていくしかないわけで。

 彩花は、それがめちゃくちゃ苦手だった。

「〝黒栄式〟……!」

 歯を食いしばって絞り出すように首から下げた未現体の名前を呼ぶ。

 変化は即座に現れた。

 彩花を中心に波打つような黒い円が出現して彼を取り囲み、燃え広がる炎のように広がっていく。円の形を保ったまま一気に外側に走り抜ける黒い何かは、ほんの数メートルほど進んだだけで消火されてしまったかのように消え失せた。

 一見すれば、苦戦しながらもなんとかAランクを制御できているかのような光景。

 だが、

「ぐっ……うわっ!」

 ばちぃ! と火花が散りそうな音と共に黒い何かが爆ぜた。

 彩花の顔の目の前で小規模な黒い爆発が起こり、衝撃によろめく。彼が一瞬の目眩から回復する頃には、広がっていた黒い何かは完全に消え失せていた。

「七回目の失敗……か」

 離れた場所に立っている契が、ため息をつく。

 力ないそのため息に吹かれてバランスを失ったかのように、彩花も脱力して床の上に寝転がる。

「絶対、無理です……。なんかもう、あり得ないくらい体力削られてるんですよ、既に」

「てめぇがしくじるからだ。びしっと決めてみやがれ」

 ぜえぜえと肩で息をする彩花に、無情にも契は言い放つ。隣で氷がおろおろしているが、どうも彼女は契に意見できないようだ。二人の性格を考えれば当たり前の気はするが、まったく意見できない気弱さもどうなのかという気もする。

「〝黒栄式〟は操るもんが抽象的みてぇだから苦戦は強いられるだろうがな。気合で何とかしろ」

「き、気合……?」

 さすがに、あまりにも大雑把な精神論には首を傾げていたが。

「未現体なんざ最後は気合いだ。超がんばれ」

「そんな適当な……」

 どうやら契は見かけに反して優しい面があるものの、見かけどおりの適当さと他人への厳しさも持ち合わせているようだ。全体的に大雑把だから性質が悪い。しかも本人は本当に気合で色々がんばってそうだからなお悪い。へたに反論できない。

 結局、契のスパルタ特訓は夜中まで続けられた。


          ♪♪♪


 未現島の夜はかなり暗い。

 純粋な科学力の進歩や未現体のおかげで、真夜中でも島中を昼間のように照らすことはできるのだが、特に学業施設密集地帯では学生の夜遊びを防ぐ意味でもあえて照明が減らされたりしているからだ。

 代わりというわけではないが研究施設が密集している地域は、夜中でもそれこそ昼間のように明るい。例え研究成果を盗み出そうとする不審者がいた所で、夜中の闇に潜むことすらできないわけだ。

 で、審査団が拠点とするビルもその地域にあって。

 当然、今夜もその一帯は時間の感覚がなくなりそうなほどに明るいのだが。

「見つかったああぁぁぁぁぁあああ!!」

 その中で、全力疾走で逃げながら絶叫するカラフル馬鹿が一人。

 もちろん、シークだ。

 必死の形相で脇目もふらずに駆ける彼は、十人ほどの大人たちに追われている最中。場所と絶叫の台詞を考えれば、シークが審査団に追跡されているのは明らかだろう。

『なんで!? なんで私に偵察させておいて正面から行ったんですか!?』

 走るシークの頭の横では、薄紅色の羽をした蝶が同じだけの速度で真っ直ぐに飛んでいた。どう考えても蝶の飛行速度や動きではないし、その蝶が発した叫び声が灯のものだったので、これが彼女の能力で生み出された幻覚だということが分かる。

『私、やっぱり忍び込むなら裏口が定番かつベターみたいですって言いましたよね!?』

「いやー、アカにゃんが裏口って言うにゃら正面が正解かにゃって思ってにゃ?」

『怒りますよ!?』

「学園に帰ってからにしてにゃ!」

 説教は勘弁とばかりに耳を塞ぎながらも、シークは加速する。これが連日学園の教師たちから逃げ続けている不良生徒の実力かと思うと、灯としても驚愕せざるを得なかった。間違っても口には出さないが。

「……けど」

 と、シークが耳を塞ぐ手を降ろしてぽつりと漏らした。

「けど、追手が少にゃいにゃー。審査団に不法侵入にゃんかしたら、どう考えてもこの追っ手じゃ足りてにゃい。これだけ人数が少にゃいってことは、もはやワケありにゃのは明白にゃー」

『……そうですね。確かに普段ならシークくんはとっくに包囲されてるはずです。捜査協力の拒否といい、シークくんの言う通り、何かあるみたいですね』

「まったく、ハルハルの指示で来てみたら、こっちの方がよっぽど核心に迫っちゃってるっぽいにゃー」

 審査団長である城島の妙な態度と審査団の異変。

 この二つを切り離すことはできないだろう。

「ミーはこのまま審査団の内情捜査と行くかにゃー。上手くやればキジ先生の問題にも繋がりそうだしにゃ」

『とりあえずちゃんと逃げきってくださいよ』

「ふはははは、大丈夫、奴らはミーの正体に未だ気づいてにゃいにゃ」

『……なんでその目立つ髪の色でその自信なんですか?』



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