そして動き出す物語 3
協力者にあてがわれたマンションはカーテンが締め切られ、早朝だというのにまだ夜なのかと思うほど暗かった。
その中に立つ高椋は、携帯電話を操作して共に島内に侵入した仲間に電話をかける。
「俺だ。首尾はどうだと問いたいのだが」
『順調です。他の奴らも問題なく隠れているようです』
「そうか。ならば俺も安心できるというものだが」
仲間の報告に一つ頷き、安堵の表情を浮かべる高椋。冷酷な雰囲気を纏っているものの、やはり万が一の心配はしていたらしい。
「ならば引き続き潜伏だ。問題が発生した場合は速やかな連絡を求めるが」
『了解です』
相手の返事を聞き届け、高椋は通話を切った。さらに他の仲間たちにも念のため連絡をしようとして、メールが届いていることに気がつく。
わざわざメールが送られてきたことを訝しみながらも、彼は携帯を操作して受信画面を開く。受信時間は今、電話をしていた最中だ。
本文は短く、
『せめてこれ以上、誰も傷つけないでほしい』
これだけだった。
「今さら俺に臆したか。俺としても契約を破るつもりはそうないが」
ふん、と鼻を鳴らしてここにはいないメールの送り主に侮蔑の情を高椋は向けておく。
昔からの知り合いである送り主の名前は、今になって見間違えようもない。
自分とは正反対なその人物のことが、高椋は大嫌いだった。それこそ未現島の協力者として利用することすら、最初は渋っていたのだ。最終的には利用することにしたものの、未だに納得できていない部分も多い。
どうせ相手も自分のことは嫌っているだろうし、お互いに契約で結ばれているだけの仲なのだからそれでも構わない。
送り主を呪い殺そうとでもしているかのように、高椋は画面に表示されているメールの送り主の名前を睨みつける。
城島優。
いつになっても気に入ることのない、その名前を。
♪♪♪
何かあるな、と最初に呟いたのは契だった。
「ここ最近のあの野郎の行動は妙なもんが多いし、今の態度だっておかしいだろ。何かあるぞ、あれは」
意外にも冷静に状況を分析し、彼は背中を向けていた風紀委員たちに向き直った。
「赤星」
「分かってます。城島先生の周りには蝶の幻を飛ばしていますから、気づかれるまでは監視できますよ」
呼ばれた灯は、微かに輝く右耳にイヤリングを契に見せた。能力を抑えているのか微弱なその輝きは、彼女の髪で覆ってしまえば外目には分からない。
「ならいい。……おい、シーク」
次に契が声をかけたのは、視線を下げているせいかサングラス越しで表情が分かりにくくなっているシークだ。
「にゃー。ミーは通話記録の調査にゃ?」
「察しが良くて助かるぜ。例の業務連絡とやらが増えたのは、あの野郎の態度がおかしくなり始めたのと同時期だからな。そこに何かがあるかもしれねぇ。確か島の通信記録は秘密保持とか言って審査団が管理してんだろ。委員会権限で調べてこい」
「基本的には学生集団の委員会よりも審査団の方が権限上にゃーよ」
「多少の越権行為か職権乱用は後から俺がごまかしてやる」
「それにゃら安心にゃー」
にい、と口が裂けんばかりの笑顔を浮かべ、シークは頭の後ろで腕を組んだ。
「ミーとしても、こんなぎすぎすした暗い空気は大っ嫌いだからにゃー。仕事は面倒だけど働いてあげるにゃー」
「理由は何でもいい。俺はあの野郎の態度が気に入らねぇだけだ」
委員たちに迅速で正確な指示を出した割には、行動理由がかなり適当な契だが誰も文句は漏らさなかった。気に入らない、という思いはもしかしたら全員に共通することなのかもしれない。
「委員全員で事に当たるっつぅのはかなり久しぶりだが、まぁ構わねぇ」
がしがしと金髪を掻いて、契は委員たちを見回すように視線を回す。
「これより、てめぇらには風紀委員会として働いてもらう。各々全力で業務に挑め」
雑だが圧力のある契によって号令がかけられ。
灰城学園風紀委員会は動き始めた。
♪♪♪
審査団の元に向かったシーク、能力使用中はできるだけ外部からの刺激を避けたいという灯とは行動を別にして、一団は校内に入った。
始業時間を過ぎたせいか人気のない廊下を進むのは契、彩花、氷の三人だ。
「春神先輩、これってやっぱりまずくないですか……?」
「んだよ、それ何度目だ。しつけぇぞ」
恐る恐るといった様子で先頭を歩く契に尋ねてみる彩花だが、舌打ち交じりに一蹴されてしまう。
現在、三人が向かっているのは昨日も使った第二演習所。目的は彩花の訓練なのだが、城島が抜けているので完全に契の独断専行である。
「あの先公が何考えてるのか分かんねぇけど、妙なんだよ」
「妙?」
「ああ。ここ最近の城島の動向や言動を思い返してみれば、何かを隠してやがるのは間違いねぇ。さっきの台詞を考慮すると、その何かにてめぇも入ってる可能性が高い」
―その記憶は未現体で失われた物じゃない。
―取り戻せるはずだ。
―その記憶を持ってない彩花には価値がない。
立ち去る直前の城島の台詞は、確かに冷静に考えてみるとおかしなものだ。まるで、入学試験で事故を起こした際に失われた彩花の記憶について、詳しく知っているようでもある。それこそ、彼の記憶喪失は事故が原因ではないと言っていたかのような。
「だが、それ以上の繋がりが見えねぇ。例えば城島が何らかの犯罪計画に関わってるとして、何でそこにてめぇが入る? それにもし犯罪の片棒でも担いでんなら、てめぇを鍛えるメリットもねぇ。Aランクを使える奴なんか脅威なだけだろ。どう考えても邪魔にしかならねぇんだ」
「考えすぎ……とか」
饒舌に語る契に意見したのは、なんと氷だった。
「犯罪とかじゃなくて……ただ、個人的な事情みたいなのがあるかも……」
「それならそれでいい。ただ、そう考えるには不自然が多すぎんだ。だから調査はする。その結果が俺たちの考えすぎなら、その時は城島に頭でも下げてやる」
「そう……ですか」
元来の性格か、氷はあまり乗り気ではないものの一応は納得したようだ。前から委員会を通しての付き合いはあったようだし、契がただ突っ走って暴走しているわけではないことも理解できているのだろう。
「でも、それなら俺が未現体の訓練をするとまずいんじゃないんですか? 仮に春神先輩の考え通りなら、俺が〝黒栄式〟を扱えるようになるのも、城島先生の計画なんでしょう?」
「そうかもしれねぇな」
続く彩花の反論を、契は思いの外あっさりと受け入れた。
「けど城島はてめぇを鍛えることを今日やめた。てめぇが目立つことが苦手だっつって、同時に警備隊を志す理由を忘れていることを知ったからだ」
つまり、と契は続ける。
「城島にとっては能力と志を持ったてめぇが重要なんだ。てめぇにとってこの上なく苦手な、目立つことを気にしなくてもいいと思えるほどの志。それがなくなったから城島はてめぇに利用価値がないと判断した」
それがどういうことなのか分からない彩花と氷が黙っていると、契は締めくくるように結論を述べた。
「要するに、能力が使えても志がねぇなら城島に利用されることもないってことだ。もし記憶と志が戻っても忘れたふりでもしとけよ。そうすりゃ、最悪あの野郎が犯罪計画を企んでても、てめぇがAランクの能力で止めてやれるだろ」
結局、最後は適当な契だった。
灰城学園の未現体保管庫に存在する最強の称号を冠するAランク――〝黒栄式〟
ランクに相応しく強力な能力と共に、Aランク随一とも称される扱いづらさを誇っている未現体。
その能力は、未知数。
「あの、彩花くん……これ使えないかな?」
昨日も訪れた第二演習所で黒い正八面体を目前に掲げて悩む彩花に、氷が手渡したのは何やら古めかしい文章をコピーしたような用紙だった。
「保管庫にあった〝黒栄式〟についての文献だよ。能力とかについても書いてあったから、コピーしてきたの」
「へぇ、やるじゃねぇか季蜜。未現体に関する文献の類は、コピーするにしても厳しい誓約書を書かされたりするだろ」
「……」
ぷい。
感心したような表情の契から、氷は素早く顔を背けた。
「……てめぇ、無許可で持ち出したな?」
「……そんなことないですよ」
氷は驚くほど無表情で無感情になっていた。
外見だけ見れば無口なクールキャラのような印象なのだから不自然さはないが……正直、ちょっと怖い。
「ちっ、まあ構わねぇ。あった方が便利なのは確かなんだ」
氷の違法行為を黙認することにしたらしい契は二人に背を向けてちょっと距離を取る。どうやら『俺が知らない間に二人で違法文献を勝手に見ていた』という図式を作りたいらしい。見かけによらず真面目な性格だ。
彩花と氷は、遠慮なくコピーされた文献に目を通していった。
〝黒栄式〟―Aランク。罪を司る未現体。
数多の悪人の手に渡り、強力さゆえにその身を滅ぼしてきた伝説そのものの物質。
元々は特筆すべき能力を有さないDランク相当であったが、多くの人間の間を巡り続ける内に、その負の要素だけを蓄積し続けAランク相当の力を得たと考えられている。そのためか、能力も人間の心に作用する部分が大きい。
しかしその能力は未だ解明されておらず、推測の域を出ない。
また、この未現体は所有者の心にも大きく影響を及ぼすと考えられており、実際に使用者が精神を病む事例がいくつか確認されている。
存在が認められているAランクの中でもトップクラスの使用難度を誇り、未現島においては過去に二人しか適合者が現れていない。
現在は灰城学園の保管庫に厳重に保管されている。
「こ……これだけか?」
コピー用紙の半分にも満たない簡素な文章に、彩花は思わずそう呟いていた。
だってこれは……ぶっちゃけ、昨日の城島の説明をちょっと堅苦しい感じにしたようなものだ。内容としては大差ない。
保管庫の文献のコピーだと聞いて期待していた分、激しく落胆してしまう彩花だが、
「あ……ごめん、なさい……」
「い、いやいやいや! すごく役に立ったから大丈夫だ!」
しゅん、と肩を落とす氷に慌てて両手をぶんぶんと振りまくる。気弱な性格を知ってしまっているせいか、彼女を落ち込ませてしまったりすると罪悪感が半端じゃないのだ。
ちょっと涙目になっている友達に対しても臆病すぎる氷と、尋常じゃない罪悪感に蝕まれている彩花の間にはなんとも気まずい空気が流れてしまう。このままじゃ駄目だ、早く謝るなりなんなりしないと……
「昨日みたいに煩悩全開にしてごまかすか?」
「マジで勘弁してください!」
欠片の悪意も感じられない契の言葉で彩花は即座に我に返った。
「んだよ、あんだけ喜んでたくせに」
「いや、そんなことは―ありますけど! でもアレだってあの後かなり恥ずかしかったんですよ!」
「おいおい、季蜜は見てくれだけはいいから学園でも人気なんだぜ? それといちゃいちゃできるんだから文句言ってんじゃねぇよ」
「見てくれだけとか言うな! ていうか、何でいきなり恋愛相談みたいなこと始めてるんですか!?」
「別にそんなつもりはねぇよ。ほら、くだらねぇこと話したら空気はまぎれただろ」
くい、と顎で氷の方を指し示す契。おお、とんでもないこと言い出したと思ったら、相変わらず見かけに似合わない気遣いだったみたいだ。先輩の思いやりをありがたがりつつ氷の方に顔を向けると、
「……季蜜?」
なぜか、彼女は頬を赤く染めていた。
「さ、彩花くんが……その……昨日みたいにしたいなら、氷は……」
「とんでもない勘違いが生まれちゃったんですけど!?」
彩花は絶叫することしかできなかった。




