そして動き出す物語 2
その頃、学園の正門でも昨日に引き続き三人の生徒が人目を集めていた。
「つか、俺らの役目ってもう終わりじゃなかったっけか」
「にゃー。それはキジ先生に聞いてほしいにゃー」
「キジ先生って城島先生のことですか……?」
三者三様、それぞれが個性的な台詞を口にするのはもちろん灰城学園風紀委員会の三人。今日も昨日の流れで城島に呼び出された三人なのだが、当の城島の姿はなかった。
「せめて正門前に集合はやめてくれって話だぜ。普段バラバラに動いてる俺らが二日連続で集合してるとか、よっぽどの大事件でもあったみたいじゃねぇか」
寝起きで機嫌の悪そうな契の言動から分かるように、ここにはいない氷を含む風紀委員会四人は常に行動を共にしているわけではない。彼らは学年やクラスが違うし、例えそれらが同じだったとしても行動は別々だろう。四人の個性的すぎる性格では常日頃仲良く、というのはまず無理だし、委員会の仕事だってよっぽどの大事件でも起きなければ一人で十分片づけられるほどの実力があるからだ。
もちろんそれも生徒たちの間では有名な話で、だからこそ、例え三人だとしても風紀委員会が集合しているというそれだけのことでかなり目立つわけだが。
「お、みんな時間通りに集まってるな。偉いぞ」
背中からかけられた声に三人が緩慢な動作で振り向くと――
「いやあ、ちょっと長電話をしちゃってな。悪かったぞ」
そこにはちっとも悪びれた様子なくこちらに向かってくる城島の姿。偉いぞ、などとほざく前に集合をかけた彼自身にさっさと来てほしかったと思う三人だが、口には出さなかった。
代わりに、不機嫌な契が一歩前に進み出る。
「おい、てめぇ人を呼びつけといて堂々と笑顔で遅れてくんじゃねぇよ。なんだか最近、人をほったらかしにして電話することが多いじゃねぇか」
「ははは、確かにそうだな。今後は気をつけるから許してくれよ。最近は業務連絡が多くてな」
学生なら例外なく震えあがってしまうほど凶悪な両目に睨みつけられても笑顔を崩さない城島に、契は舌打ちをする。何と言うべきか、城島に対しては脅そうが何をしようが手ごたえというものがまるでないのだ。
「こっちは目立つのを我慢してやってるっつぅのによ」
悪態をついてみるが、そもそも集合場所に生徒の通りが多い正門が使われているのは、学園内で三人が共通して知っている場所がここだけだからだったりする。校舎がデカすぎると二、三年通った程度ではすべてを把握することはできないのだ。
そういうわけもあって、目立つことに関してはあまり文句も吐けないのだが、
「いいじゃないか、目立ちまくり。アイドルみたいだぞ。ひゅーひゅー」
「ぶっ飛ばすぞ!!」
そもそも、契は城島と相性が悪すぎるのであった。
♪♪♪
彩花と氷は、他の生徒の姿が遠ざかるのを待ってから最後にバスを降りた。他の生徒が全員降りるまで彩花がじっと固まったままだったことが大きな要因だ。
「彩花くん……?」
バスを降りてもどこか暗い表情で何も言わない彼に、氷が不安そうに声をかける。彼女も彼女で、もしかしてさっきのバスの中での自分の発言が原因なのではとちょっと落ち込んでいる様子だ。
二人とも会話のないままとりあえず学園の方に歩いて行くが、足取りは重い。さっきまで連絡先を好感して喜んだりしていたのが嘘のような空気だ。
そうして二人の間に気まずい空気が流れ続け、
「……ごめんな」
彩花が、ポツリと言った。
「俺、目立つのが本当にダメでさ」
「……氷と同じ?」
慎重に言葉を選ぶようにして、氷が訊く。その口調がどこか臆病になっているのは、やっぱりさっき怒らせてしまったと思っているからだろう。もっとも、今の彩花にもう一度声を張り上げるような元気もなさそうだが。
「いや、お前と同じっていうのは違うと思う。お前は元から性格的にそういうの苦手そうだけど……俺は、何て言うか……怖いんだよ」
「怖い?」
「うん。さっきお前も言ってたけど、その、俺って……お、女の子っぽい要素が多いだろ? あんまり認めたくはないけど、外見とか、やっぱり女の子みたいで……今はそれほどじゃないけど、昔は性別を間違われることもよくあって……」
「……」
「それで、そういうのって目立つだろ? だから学校とかでからかわれることもよくあって……それが原因、なのかな。人前で目立つっていうのが、どうしてもダメになっちゃって……」
だんだんと涙声で語る彩花の口調は、今までと比べてどこか柔らかい――彼の嫌う表現で言えば女の子っぽい雰囲気がした。もしかして彼は口調まで意識して、努めて男らしく振舞っていたのだろうか。
「お前はそういうの馬鹿にしないだろうから話すんだけど、昨日の学ランのこととか今の大声あげて目立ったこととか……ちょっと泣きそうなくらい、怖かったんだ……」
うる。
涙目で真摯に訴えかけてくる彩花は、氷の目から見ても確かにかなり女の子っぽい。さすがにそろそろ高校生と言う年代の男子なのだから完全に見間違えてしまうようなことはないと思うが……それこそ服装をそれっぽくすれば間違えてしまいそうだ。
そういえば昨日、制服のせいで目立った時の恥ずかしがり方も過剰だったし、学校でからかわれることが多かったというのも納得できる。
「急にこんなこと言ってごめん。ただ、別に怒ってるわけじゃないっていうのを伝えておこうと思って……」
力なくとぼとぼと歩きながら謝る彩花に、氷はどう返せばいいのか分からなかった。
♪♪♪
城島率いる風紀委員たちと合流してからも、彩花の様子はあまり良くならなかった。目立つことが極端に苦手な彼としては、昨日今日とやってしまったことがあまりにもショックだったのかもしれない。
一応、氷が城島にだけはそのことを話しておくと、
「……それは本当か?」
少しだけ何かを考え込むような素振りを見せて、そう尋ね返してくる。
「はい」
「そうか……」
返事をしてしまった後で、氷は迂闊なその行動を後悔することになる。
どう表現するのが最も適切なのか彼女自身にも分からないが……城島の視線が、口調が、態度が、全てが一気に温かみを失ったように思えたのだ。
「……そうか」
もう一度頷いて、城島は彩花に歩み寄っていく。止めるべきだ、と氷は直感的に思ったが、もう遅い。城島はさっさと彩花の側まで行ってしまった。
「おい、彩花」
ポケットに両手を突っ込んだまま、普段の彼とは全く異なる乱暴な口調で城島は呼びかけた。
「警備隊は目立つぞ」
落ち込んだままの彩花が自分に視線を向けたことを確認して、さらに続ける。
「未現体を扱う犯罪者に対抗するために設立された、未現体を使う警察組織。ヒーローみたいなもんだぞ。英雄扱いされて、さぞかし注目の的だろうよ」
「それは……それは構わないんです」
「なんでだ?」
間髪置かず、城島が訊く。
「だから、それは……」
強引さを感じさせる城島の態度に、やや怪訝そうにしながらも答えようとした彩花だが、
「……なんでだ?」
出てきた言葉は、それだった。
自分が警備隊を志していた理由が分からない――そういう意味の言葉だった。
「やっぱりな……。その記憶も失っているのか」
それを受けて、抑揚のない言葉で城島が言う。試験の際に彩花が記憶を失ってしまったことを知っている彼にしては冷たい台詞に、その場の全員が内心で首を捻っていた。
そのことが分かっているのかいないのか、城島は彩花に背を向けた。
「彩花、帰れ。お前はもう要らない」
とても彼のものとは思えない言葉を吐いて。
「……え?」
彩花が呆けたような声を出してしまったのも、仕方のないことだろう。
「おい、てめぇ――!」
状況は理解できずとも、一方的な言い分を聞いていて腹がたったのだろう。契が立ち去ろうとしていた城島の胸座を掴み上げる。
「ああ、お前たちも悪かったぞ。もう集合する必要はない。それぞれのクラスに戻ってくれ」
しかし、城島は契をどうするわけでもなく、その手をただ振り払ってそう告げる。その行動がよほど予想外のものだったのか、契は絶句してしまった。
その脇を通り過ぎて、城島は進んでいく。
「その記憶は未現体で失われた物じゃない。取り戻せるはずだ。取り戻したならまた来い。その記憶を持ってない彩花には価値がない」
その場にいる誰にも理解できないことを彩花に伝えて、城島はいなくなった。




