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マテリアル  作者: ラギ
10/23

そして動き出す物語 1

ピン、ポーン――

 控えめに響くチャイムの音で、彩花は目を覚ました。

(ここは……?)

 起き上がり、辺りを見回す。ちょっと分からなくなりかけたけど……俺の部屋だ。昨晩帰ってきた時に部屋の外に山積みになっていた、日本から届いた家具や私物たちがそのまま部屋の隅で積み重なっている。ただ、どうしてか昨晩の記憶は曖昧だ。もしかしてまた未現体を暴走させて記憶が消えたのか?

 急に不安になってきた彩花は、とりあえず昨日の出来事を思い返してみる。

 きのうは確か……学園で風紀委員たちの能力見学会があって、それから〝黒栄式〟を貰ったはずだ。で、テンションの上がった城島の特訓が始まって……

「……うぇ」

 思わず、彩花は吐き気を催していた。

 だって、あれは……思い返すだけで体が重たくなる。何て言うか、未現体ってうまく扱えないと本当に体力削られるんだよな。〝黒栄式〟は高ランクだけあってめちゃくちゃ扱いづらいから、尋常じゃない速さで体力なくなっていって……。しかも城島はスパルタすぎて休憩すらまともになかったからなあ。

 放課後しばらくしてからいよいよ倒れそうになって解放されたけど……帰り道が一緒の氷に散々支えられながらの帰宅だった気がするし。

 記憶を取り戻した彩花が遠い目をしていると、

 ピン、ポーン――

 再び、起床のきっかけとなったチャイムの音。

 そういえば昨晩、氷が尋常じゃないくらい心配してくれたな、と彩花は思い出す。倒れるように眠ってしまった自分を起こしに来てくれたのかもしれないし、早く出よう。

 筋肉痛のせいで立ち上がることにも苦労しつつ、彩花は玄関に向かう。しかしドアの外の氷(推定)は彼がまだ眠っていると思っているのか、

 ピン、ポーン――

「ぴん、ぽーん」

(口で言った!?)

 今の声は間違えようもない、氷の声だ。まさかの朝一番でとんでもない天然をかましてきやがった……。

 ちょっとだけドアを開けることに迷いを感じつつも、これ以上氷の天然を暴走させないために彩花は覚悟を決めて一息にドアを開けた。

「あ、彩花くん。おはよう」

「……おう、おはよう」

 外に立ってにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべていたのは、予想通り制服の上から黒いカーディガンを羽織った氷の姿。良かった、どうやらこれ以上のボケはなさそうだ……。

 普通に接していても分かりづらいが確実に変わり者の氷の落ち着いた様子に、彩花はとりあえず安堵する。なんだか不思議そうな視線をこっちに向けているが……この際は無視させて頂こう。

「あの、登校時間になっても寝てるみたいだったから……」

 疑問に答えてもらえない空気を察したのか、おずおずとした口調で切り出す氷。いや、不機嫌だから無視してるわけじゃないんだし、そんなに怯えた風にするなよ。

 しかしまあ、昨日二人で決めた登校時間を破ったことに関しては彩花が悪い。携帯で時間を確認してみると、確かに十分ほどオーバーしていた。

「あー、悪い。着替えだけすぐ済ませるから待っててくれないか?」

「うん、いいよ。でものんびりしてるとバスが行っちゃうから、ちょっとだけ急いでね」

「おう、了解」

 さすがに着替えの間に中に入っていてもらうわけにもいかないし、氷には玄関で待っていてもらって彩花は部屋の奥に戻ろうとする。疲れ切って帰ってきたからだろうか、制服のまま寝てしまっていたからシャツだけ変えれば済むことだ。

 すると、

「あ、あの……」

 急いでくれと言った氷に引き留められた。

「その……そ、それ……」

 しどろもどろな口調で氷が指差したのは彩花の手の中の携帯電話。時間を確認するために取り出したのだが、何かおかしかっただろうか?

 ちょっと不安になる彩花だが、どうやらそういうわけでもないらしく氷の顔は真っ赤になっていた。なんか、知り合ったばかりだけどこういう表情を頻繁に見てる気がするな。

「もしよかったら……ば、番号とか……メールアドレス、とか……」

 つっかえつっかえの台詞だが、言いたいことは分かる。

「要するに、連絡先の交換か?」

 彩花がそう訊くと、氷は恥ずかしそうに小さくこっくりと頷いた。どうやら彼女的にはこの申し出もかなり勇気のいるものだったらしい。気弱だしな。多分だけど、誰かと連絡先の交換とかしたこともないんじゃないか? ……それはさすがに馬鹿にしすぎか。

 ともあれ、彩花としては断る理由もないので、

「今は時間がまずいからバスでってことでいいか?」

 胸の前できゅっと小さく手を握り嬉しそうにこくこく何度も頷く氷を確認し、彩花は今度こそ部屋の奥に消えた。


          ♪♪♪


『一日経って昨日までの三日後は、今日からの二日後になった。今からでも考え直せないのか』

「愚問だ。説得など無駄だと伝えているはずだが」

 電話越しの声に、高椋は冷たく言い捨てた。

 相手の声は島に侵入した時に港で電話越しに『予定通り』を指示したものと同じだが、彼に遠慮する様子などは見受けられない。

「そもそも手遅れだ。審査団の惨状は既に耳に入っているはずだが」

『……審査団全員がぎりぎりで致命傷にならない程度の傷を負ったと聞いた。誰一人死んではいなくても、これは契約違反だ』

「誤解だ。俺が傷つけたのは大人たちであって生徒たちではないが」

『むやみに能力を乱発されると、僕は君たちを信用できなくなる』

「妙なことだ。そもそも俺とお前の間に信頼関係など存在しないが。それに繰り返しだが手遅れだ。お前が俺への信用を失おうと、俺は既に島へ入ってしまっているが」

 高椋の現実的な言葉に、電話の相手は沈黙した、電話越しだから分かりにくいが、唇を噛んで悔しがっている雰囲気だけは伝わってくる。

 もっとも、高椋にとっては電話の相手の心情など知ったことではない。

「それだけか。終わりならば通話を切るが」

 無情にそう吐き捨てる高椋に通話の相手はしばし沈黙を守ったが、

『……僕は僕の思惑で行動している。何もかもが君の思い通りになると思うなよ』

 最後にそう言い残して、通話は切れた。


          ♪♪♪


 ……何がそんなに嬉しいのかねぇ?

 彩花が最初に抱いた感想は、そんなものだった。

 横目でちらっと隣の座席を見ると、自分の携帯の画面を見ながら喜色満面で鼻歌まで歌っている氷の姿。ついさっき連絡先の交換をしてからずっと電話帳画面を眺め続けてこの調子なわけだが……こんな表情もするんだな、こいつ。

 今日は登校時間を昨日よりも早めたので(彩花が学ランのせいで異常に目立ったトラウマを抱えてしまったから)幸いにも乗り合わせた生徒は少なく目立たないが、これ普段だったらもれなく全員から注目されるぞ、と思うほど崩れ切った表情である。

 別に悪い気分はしないが……言っとくけどその連絡先は俺のだよ? と念を押しておきたくなるな。

 ちなみに赤外線通信で氷の方から送られてきたプロフィールは……普通だった。電話番号とメールアドレス、後は名前や誕生日程度の情報だ。俺が氷に送ったのもその程度の情報なんだが、この交換後の温度差はなんだろうな。

 いや、もちろん俺も嬉しいんだけどさ。

「ねえ、彩花くん」

 彩花が氷の過剰とも言える喜び方に戸惑っていると、当の本人が急に携帯の画面から目を離してこっちを向いた。

「お、おう。なんだ?」

 彼女のいきなりの行動にちょっと動揺しつつも、彩花は平静を保って答える。

 しかし、氷の次の言葉はそんな彼の努力を一瞬で無に帰すものだった。

「『彩花』って、ちょっと女の子っぽい名前だね」

 ぴしっ。

 彩花の表情が、凍った。

「き、季蜜……?」

「性格もあんまり男の子みたいな荒々しい感じがしないし」

「あ、あの……?」

「背もあんまり高くなくて体も細いし」

「いや、それは……」

「それに、顔立ちもちょっと女の子みたいだもんね、彩花くん」

「ちょっと待ったァ!!」

 ついに、彩花が声を張り上げた。

「それは……! それだけは本気の禁句だぞ! それ中学でもさんざん言われて気にしてるんだからな!」

 立ち上がって、びしぃ! と氷に指先を突きつけ、声高らかにコンプレックスを暴露する彩花。なんだか情けない姿を晒しているだけのような気もするが、氷は驚いているのか目を真ん丸にしてしまっていた。

「まあ確かに俺の顔はそう見えないこともないし、お前にはそう言われるのが嫌だとか伝えてなかったけど? できればそういう評価は勘弁してください!」

 最終的には腰を九十度折り曲げて深々と懇願。気にしていることを言われて怒っているのか、それとも傷ついているのかも分からない。

 どっちにしろ、氷が返す言葉は決まっているのだが。

「彩花くん……ここ、バスの中だから……」

「……あっ」

 昨日よりは少ないと言っても周囲には登校中の生徒たち。当然、彼らの視線を大声を出した彩花に集中している。

「……ッッッ!!」

 現状に絶句し、表情を歪めた彩花は慌てて座席に座って俯いてしまった。

「……?」

 過剰とも言えるほどのその反応を不思議に思いつつ、じっと固まってしまった彩花に氷は何も言えなかった。



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