いつの間にか始まっていた物語
目を開くと蛍光灯の眩しい光が突き刺すように飛び込んできた。
光を遮るために手を持ち上げようとするけれど、両腕に感触がない。目を閉じればそれで済むことなのに、光に目が慣れるまでその程度のことも考えつかなかった。
頭痛が酷くて、少しだけど吐き気もする。どうやら寝ていたらしいが、いつからそうしていたのか。そもそもの疑問として、ここはどこで自分はどうしてここにいるのか――
――あれ?
「真藤……彩花……?」
ちらっと、点滅信号のように頭の奥の方に出現した名前。それは自分の名前のはずだ。顔立ち共々、女の子っぽくてからかわれることも多いそれにはしっかりと馴染みがある。
疑問形なのは、そう確信が持てなかったからだ。
真藤彩花という名前が一体誰のものなのか。それをわざわざ考えなければならないくらい、思考回路が鈍っていた。
そのせいなのか、この場所のことも、ここにいる理由についても一切思い出せない。起き上がろうと思っても上手く体に力が入らなかった。
現状を把握できない彩花が途方に暮れていると、
「お、もう起きたのか? さっきはナイスだったぞ、受験生」
シャー、とベッドの周りを囲むように引かれていたカーテン(彩花はカーテンがあったことにも今気づいた)を開いて、奥から一人の男性が姿を現した。
スーツを着ていて明らかに学生ではない様子だが、社会人というには若い気がする。人懐っこい笑顔や童顔がさらにそう感じさせるのだろうか? 第一印象は社会人一年生、といった感じだ。
「気分はどうだ? 未現体の方は何とか無事だったぞ」
この人語尾の「ぞ」にイントネーション置くから口調まで子どもっぽく聞こえるんだよなあ、とかいう余計なことを鈍い思考回路でぼんやりと考えながら黙っていると、社会人一年生はきょとんとした顔で首を傾げた。
「あれ、具合が悪いのか? だったら寝てた方がいいぞ? なにせ試験の時はすごかったからな!」
ちくっ。
頭の中に妙な気配。社会人一年生の『受験生』とか『未現体』とか『試験』という言葉を聞く度に、ぼやけた意識が少しずつ晴れていく。
俺は『受験生』で、『未現体』を使った『試験』を受けてて、それで――
「――ぐぁッ!!」
瞬間、襲ってきた激痛に思わず声を上げていた。
「おいおい、無理しちゃダメだぞ」
ぽん。社会人一年生は彩花の頭に手を置いて優しく諭すように言う。なんだか、今の彩花のような状態の人間を見慣れているような態度だ。
「とりあえず先に教えておいてあげるぞ。それを聞いたらちゃんと寝ろよ」
痛みのあまり意識が朦朧としている彩花に、社会人一年生はにかっと少年のような笑顔を見せた。
「真藤彩花。灰城学園、合格だぞ」
そうして、彼の記憶にない所で彼の物語は始まった。