雨のち虹のち晴れ
トタトタと騒がしい足音をたてながら三、四才くらいの女の子が駆けてくる。
手には、アイスクリームが上にのったコーンを危なげに持っている。
何を急いでいるのかは分からないが、とにかく必死だ。
右足と左足を器用に、交互に出すことができずに、ゆらゆらと歩くのが愛らしい。
せっかくのアイスには手をつけず。半ば溶けかけているソレは今にも崩れ落ちそうだ。
ビーダマみたいにキラキラとした瞳には何が写っているんだろう。
やがて、アイスは本格的に溶けて液体になって彼女の手を汚した。
彼女は、それでも歩みを止めずにコチラに向かっていた。
届かない距離がもどかしく。何もできない自分がいた。
昔は、私もいろいろなものを見聞きし、感じていたはずなのに、今では歩くのもままならない年寄りになってしまった。
朝霧には虹が浮かび上がり、どうやってアレに触るのか考えたりしていた。
ちょうど彼女のように一歩一歩を躊躇わずに歩けた。
アイスはもう、見る影もなく、コーンですらグチャグチャになっていた。
彼女はもう、すぐ傍まで来ていた。
「にゃんにゃん、可愛い。」
私は愕然とした、彼女の目指していたのは老衰した猫だったのだ。
半分以上は開かない目蓋で彼女を見上げて声にならない擦れた音で泣いた。
虹のように、美しくて汚れのないもの。
私も彼女にとってそうゆう存在になれたのだろうか。
汚れた体に触れるのに躊躇いなどはない、ただひたすら私の体は彼女の手の中にあった。
ベトベトしたアイスクリームと彼女の体温は何年も感じたことなかった優しさが溢れていた。
汚い汚いと、箒で追い払われて、時にはホースで水をかけられて、若い猫には欝陶しがられた。
そうゆう人生しかないのだと思っていた。現実には虹なんか触れやしない。
夢は夢でしかないと思っていた。
彼女の体温とバニラの淡い香りをいっぱいに受けて、これこそが私が求めたものだったんだと気が付いた。
幼い彼女もいつか気付くだろうか、理想の向こうの現実とさらにその向こうにある至福に…