27.キッチョムとリディア-6-
ハカモリの小屋を残し、馬の蹄が遠く離れていく。キッチョムはその音が小さくなるにつれきつく歯を食いしばった。
「あいつになにがわかるっていうんだ……。あんな話聞きたくもないのに!!思い出したくもない!!」キッチョムは頭を抱えうずくまった。頭の中にいままで忘れていた光景がまざまざと浮かび上がってくる。輝く青い瞳を自分に向け、まくしたてるように話しかけてくる少女がいた。髪が飛び跳ねていて、反応を見るように興味深げに笑顔を向けてくる。
キッチョムはベットから飛び降りると頭をかきむしり小屋の中を歩き回る。
「あっちへ行け!!おまえなんか嫌いだ!!友達なんているもんか!!」
固く閉じられた扉に両腕を打ち付けると額をドアにぶつける。
「聞きたくもない!!思い出したくもない!!思い出すもんか!!」
扉を殴りつけていた拳が止まると、キッチョムは力なく膝を落とした。震える声が微かに響き、嗚咽がキッチョムの喉をしめつけ始めていた。
「……うれしかったんだ……。君にはわからないだろう……どんなにうれしかったか……」
青い瞳の少女は満面の笑みを見せ、胸を張っていた『知っているわよ!!それくらい!!』その声がまるで真新しく耳に響いてくる。
「やめてくれ!!僕はハカモリなんだぞ!!……なのに、……僕はうれしくて……たまらなくうれしくて、このことをモリスに、レギオンに、みんなに伝えたかったんだ……。ハカモリは恐れられてなんていない、リンゴをもらったんだ……。きっと、あの子とは友達になれるんだ……。ああ、僕は馬鹿だ、気づいたら走り出してた。お礼も言わずに……。君を探して振り返ったんだ。その時、あの声が聞こえた!!」
『ハカモリのガキが盗みをはたらいたぞ!!』
キッチョムは固く拳を握りしめ、自らの耳を殴りつけた。頭を抱え床にうずくまる。
「あの時だけじゃない……今回だってそうだ!!僕がどんな希望を抱こうと、それは一瞬に打ち砕かれ、灰になってしまうんだ!!未来なんてあるものか!未来を変える力が当然に備わっているだって!?ハカモリだってまともにすることができないんだぞ!!僕にどんな力があるっていうんだ!……なにもかも遅すぎるんだ……。どんな希望もありはしない……過去は僕を追い抜き、先回りして僕を待ち構えてる。過去は変えられない……ならば僕の未来も変わりはしないんだ……。僕は死人だ……。ハカモリもできやしない、生きながらこのソルマントの死人なんだ……。もう聞きたくもない、思い出したくもない……知りたくもない……、過去も未来も……永久にだ!!」