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27.キッチョムとリディア-4-


「あなたはふらふらよそ見しながら歩を進めていたわ、わたしはあなたを見失わないように必死だった。市場の入口に立ったときあなたの足が止まったの。吸い込まれるようにたくさんの人が市場に入っていくかと思えばたくさんの荷物を持った人が吐き出されてくる。あなたは不思議そうにその様子を眺めていた。市場にはたくさん物が売っているわ。わたしはあなたが市場の通りに入るつもりでいるのがすぐにわかった。そして思いついたの。あなたになにか贈り物をしようって。ちょうどあなたは店の入り口にある果物屋の前に向かったところだった。青い果実に目を向けて、その甘い匂いにうっとりしているみたいにぼんやりと山積みの果実を眺めていた……。不思議よね、あんなに山積みにしてるのに下の方の果実はつぶれないの。どうしてかしら……?」

 かすかにリディアは笑い声をあげた。

「きっとあなたも同じことを思ったはずよ。これでわたしたちが話す話題は決まったわ。あとはあなたへの贈り物を買うだけ、すぐに決めたわ、目の前の二つの青いリンゴを買って、それをかじりながら二人で首をひねって考えるの。どうして果実はつぶれないんだろうって……。わたしはわくわくしながらポケットの小銭を握りしめてあなたに近づいて行った。そしたら果物屋のおばさんがあなたに不思議そうに眼を向けたの。あなたは恥ずかしそうにはにかんで慌てて駆けて行ってしまったわ。わたしは急いでリンゴを二つ買うとあなたを追いかけた。あなたは野菜を売っている店先にくくりつけられている犬の前に立って、その犬をただ眺めていた。わたしがほっとしてどう声かけようか、迷っているとき、お腹を見せて眠り込む犬が大きな欠伸をしたの。あなたが楽しそうに笑ったのを覚えてるわ、その時思い切って声をかけたの。『大きな欠伸あくびね!!』って……。

あなたは驚いたように私をみつめたわ。わたし急に恥ずかしくなって、まくしたてるように話したの、犬の名前なんて知らないのに、勝手に名前を付けて、この犬がどんなに怠け者かとか、適当なこと言って……、わたしは町のことならなんでも知ってるのよ、どうすごいでしょうって……。必死であなたの興味を引いたわ。そしたら、あなた不思議な顔していうのよ。

『この犬は、夜働いているのさ。レギオンも昼間あくびをして、寝てばかりいるもの』

 私あなたが何をいってるのかわからなかった。でも、納得したわ、そして不思議に思った。この犬は夜にいったい何をしてるんだろうって。うれしかったわ。あなたの瞳を通してこの町をみればもっと不思議なことが見つかるんじゃないかって。わたし気づいたらリンゴを一つあなたに差し出していたの『あげる』っていったら、あなたの目はリンゴにくぎ付けになったけど、けっして受取ろうとしなかった。

 わたしは急に恥ずかしくなって、あなたをにらみながらもう一つのリンゴも差し出しちゃったの。あなたの胸にリンゴを押し付けたわ。二人で食べるつもりだったんだけどね……。あなたは困ったふうにしていたけど、わたしの眼を見つめてこう言ったわ。

『じつは……、僕はハカモリなんだ……』って……。

 わたしはすぐさま言い返した。自慢げにね。

『知ってるわよ!!それくらい!!』って。

 そしたらあなたは急に瞳を輝かせてリンゴを握ったわ。なんだかとてもうれしそうだった。「モリスに見せてくる!!」そういって駆け出したわ……。わたし、驚いてあなたを引き止めようとした。お礼も言わずに走って行っちゃって、まだたくさん話したいことがあったのに……。あなたの姿は人ごみに消えて行ったの。わたしあなたを追いかけようとしたわ、友達になろうって、その一言もいえないまま……。あなたを走って追いかけるべきだった、でも……足がすくんで動けなったの……」

 リディアは机上の書物をきつく握りしめ、瞳を閉じた。低く力を失ったかのような声がハカモリの小屋に微かに響いた。


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