27.焔翼の王と蒼天の聖女(みこ)
≪焔翼の王と蒼天の聖女≫
地獄に激しく低いうなり声が響き渡る。
キッチョムがまさに一歩踏み出そうとするのを今か今かと固唾を飲んで見守っていた地獄が、まるで我慢ならないというように猛り狂い、恐ろしいほどの憎悪と怒りをあらわにした。強欲、嫉妬、悲哀、そして貧欲と傲慢、耐えることのない絶望の闇、地獄を形作るすべての感情が天に向かって湧き上がっていく。噴き出した血が天を突き、小さな焔の渦に飲み込まれていった。その渦は風邪を喰らい、落雷を喰らいながら恐ろしい勢いで回転し、地上と天を融合するかのように大きくなっていく。
血に枯渇するかのような唸り声はその渦の奥深くから地獄を揺るがすように響き渡っていた。
やがてその渦に血に飢えたかのような鋭く獰猛な牙が現れた。まるで巨大な竜がその頭をもたげるように、暗い渦の中で炎に包まれた赤い舌が蠢いている。
地獄を喰らう王……。炎降り注ぐ嵐を連れて、天空にその巨大なその姿を現す。強大な力がキッチョムに六枚の焔翼を広げて見せた。
太陽が地に落ちてくるような威圧感。地上のすべてがそれに吸い上げられていく。血の滲む黒い土は舞い上がり、悲鳴とともに幾千、幾万もの亡者の黒い小さな影が灼熱の暴風によって空中に舞い上がっていく。地獄は声を失い、むなしい亡者の悲鳴だけが響き渡る。
焔翼の王の真紅の瞳がキッチョムを見つめていた。
腕を振るい上げ、焔に包まれた強靭な肉体がゆっくりと蠢きながら舞い降りてくる。大きく黒光りする二本の角が焔と黒煙を上げ天を突き破り現れた。焔翼の王は醜悪な笑みを見せ手を広げる。指先の長く鋭い爪が黒く光った。
キッチョムは足を持ち上げながら、その焔翼の王を見つめていた。とても長い時だった。
恐ろしいばかりだった地獄の天空を覆い隠すように、巨大な肉体が焔に包まれ舞い降りてくる。六枚の焔翼が焔をあげて地平線を震わせていた。
キッチョムは眼を奪われた。そして魂までも奪われようとしていた。
焔翼の王は醜悪で、憎悪にまみれ、強欲さをあらわにしていた。しかしそれ以上に―――キッチョムの頬に涙がつたい落ちた……―――それ以上に、焔翼の王は美しかった。強靭で、何者をも恐れず、すべてを灰に帰す力を持っている。
見たこともない光景、想像もしなかった力がそこにはあった。
彼は悟らずにはいられない、その美しさの前に、その力の前に、自らの魂にどんな意味があるだろう?自らのなすべき偉業にどんな意味があるだろう?すべてがちっぽけだ。
いずれ来ることは明白だ……。僕たちは、この美しさに心奪われ、この力の前にひれ伏し、死とともにこの世界の一部となる。僕たちの魂は醜悪さをさらけ出し、憎悪に満ち、隣人を妬み、恨み続ける。僕たちの魂は死とともに焔を立ち昇らせるあの焔翼の欠片となり、すべてを灰に帰するんだ。
それでいい……、それでいいんだ。僕の生きた証がこの世界に刻まれるのだから……。
キッチョムの足が力なく落ちようとしていた。焔翼を見つめていた黒い瞳から生きる力が奪われていた。キッチョムの足が地につこうとし、体が力なく揺れた。