26.プライド-3-
キッチョムは床に膝を落とした。床に腕をつけると拳を固く握りしめる。
「掟を破った時から、いや、もっと前からだ……あなたは気づいていたはずだ、僕に墓守なんてできっこないってこと……。僕にあなたの代わりなんてできやしないんだ。どうして僕はソルマントにいるんだろう?僕はどうしてここに帰ってきてしまったんだろう……きっと、僕の居場所はこの世のどこにも存在しないんだ」
キッチョムはうつむき床にできた黒いしみを見つめた。首元から細い鎖が音を立てて流れ落ちてきた。鎖の先に黒く輝く鍵がぶら下がっている。それは微かに揺れていた。
「そうだ……簡単なことじゃないか。僕の居場所はこの世のどこにも存在しない。どのような美しい光景が広がっていようと、どのような輝かしい未来がこの世に訪れようと、僕を迎え入れる光景はなく、僕を待つ未来は存在しないんだ」
キッチョムは揺れる黒い鍵を手に握りしめた。
「簡単なことだ、僕を迎え入れてくれる唯一の世界が……。僕のような役立たずが迎え入れられる世界が……、すぐそこに……」
キッチョムは立ち上がると、黒く大きな鉄の高炉の前に立った。鍵穴に鍵を差し込む。
手首をねじり鍵をまわすと、重く軋む音が響き二本の鉄の杭が姿を現した。鉄の杭を動かし、高炉の扉を開いた。
赤い閃光が扉から漏れた。
キッチョムは力を入れ、重い扉を左右に開いた。
部屋は赤い光に満たされた。炎をそのうちにとどめている赤い水晶玉がいつになく光り輝いている。
キッチョムはその水晶に映し出される炎を見つめた。
恐ろしい怒号がと悲鳴が響き渡ると同時に、爆音が響き渡たり地面に幾重もの裂け目が走った。その裂け目から火柱のような真紅の血が吹き上がっている。
地獄の様相は一変していた。
焔は地上を破壊するかのように、大きな漆黒の塊となり降り注いでいる。
赤い落雷がとめどなく、空に渦を巻く炎を引き裂くように地面に降り注いでいた。
灼熱の暴風がキッチョムを押しつぶすように吹き荒れている。
キッチョムは苦痛に顔を歪めた。歯を食いしばりその地獄を見つめた。
その世界に耐えることなく生み出される苦痛と狂気、広がり続ける恐怖と底知れぬ闇の世界を作り出す絶望、けっして冷めることなく燃え続ける憎悪、それらすべてががキッチョムを迎え入れるために悲鳴と怒号となり響き渡っていた。
―――― 一歩踏み出すんだ……。たった一歩でいい……。
僕を迎え入れてくれる唯一の世界が、ここにあるんだ
これは僕の新しい一歩、そして最後の一歩だ―――――――
キッチョムは石のように重く、鋼のように固い足を、その悲痛で絶望的な意思の力で持ち上げた。
それが彼に残された唯一無比の最後の力だった。