26.プライド-2-
壁の隙間や窓枠から漏れ入る光の筋が部屋に置かれた家具や書物を浮かび上がらせていた。キッチョムは扉を閉め、小屋の棚にガラスのビンを置いた。手をそのビンに添えたままじっとうつむいている。
奥歯をかみしめ、眼を見開いていた。その表情は悔しさ、まるで辱めを受け、屈辱にまみれた表情だ。
「町に……町に行かなくていい……。当たり前だ……あんなところ、誰が行くもんか……!!あんな町……!!」
キッチョムは目を上げた。空になったデスダストの大瓶が目の前に三つならんでいた。そこにはほんの一握りのデスダストも残されていなかった。
怒りにも似た瞳をガラスのビンに向け睨みつける。いまだかつて、デスダストを切らした墓守がいただろうか……。
苦しみの中で、怒りの中で、彼らはデスダストを作り続けた。彼らはその身に背負う罪の重さゆえに、デスダストを作り続けたのだろうか……。キッチョムにはわからなかったどうして彼らがデスダストを作り続けたのか。
ただキッチョムにもわかることがある。それは単純で、口にだすことが憚れるほど恥ずかしいことだった。ソルマントの墓守の歴史の中で、一人だけだ……。デスダストをすべて使い果たし、切らしてしまったのは、この僕、たった一人だ……。
何百年と続いたグレスデンとの契約『寄進品集め』いまやそれもなくなってしまった。いまさらのようにその仕事の意味を問う、なんのために『寄進品集め』なんてしなくちゃいけなかったんだ?いまさらのようにその歴史の長さが重く感じられる。どうしてこんなことを何百年と続けてきたんだ……。
「わからない……わかってたまるもんか……」
キッチョムの心はその問いに反発せずにいられなかった。しかし、それも長くはつづかない。
彼が心の中に求めた逃げ場所。その逃げ場所の闇が奪われていく。まるで足元が崩れ落ち断崖絶壁に立たされている気分。彼の心の逃げ場所は奪われ、彼の姿が赤裸々に浮かび上がる。彼は自分がなすべきだった仕事に反発することで自分自身を顧みなければならなくなる。空になったビン。奪われた仕事。それで十分だった。
「僕のような人間にどんな偉業が成し遂げられるだろう……。僕が特別な存在だなんて……、僕の存在が特別だったとしたら、それは墓守の歴史の中でもっとも役立たずな墓守だ。
エギオン、僕はあなたたち墓守の残したすべてを台無しにしてしまった……。アレーネ・グレスフォードは知っていたのかもしれない。僕は墓守に向いていない。いまさらその言葉の意味を知ったところで、僕にできることなどありはしない。
ねえ、エギオン……どうして僕を一緒に連れて行ってくれなかったんだ……。どうして僕を残して行ってしまったんだ……」キッチョムの口元に冷笑とも言える笑みが浮かぶ、まるで自分自身をあざ笑うような冷たい笑み「そうか……あなたは知っていたんだ。僕が役立たずだってこと……。僕はあなたを失望させ、呆れさせたんだ……、僕は掟を破ったんだから!!そうだろ、エギオン……僕は掟を破り、免罪符を持たない死人を甦らせたんだ!!」