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26.プライド

≪プライド≫


 ソルマント教会の講堂には湿気が充満すると同時に、夕刻近くだというのに松明が幾本も煌々とたかれていた。湿気と熱、そして硫黄と腐敗臭が入れ混じり、不快なことこの上なかった。そして、太陽の光をさえぎるためにありとあらゆる布が集められ窓を覆っている。

 そんな講堂の大きなテーブルの上にそのむくろは横たわっていた。

 スタンリー・ベルフォードの死体だ。

 キッチョムがそのそばに立ちじっと彼を見つめていた。なにも語らない唇とうつろな瞳。キッチョムはその瞳を、テーブルに置かれた空っぽの大瓶に向けた。

 デスダストは底をついていた。

 スタンの体の傷口に塗られたデスダストは青黒い煙をあげながら異臭を放っていた。死んだ細胞が微かに活動を始めていた。陽が沈めば、彼の細胞は活動を再開し、傷を癒し、死んだ意識が戻るはずだ。

 一糸まとわぬその躯にキッチョムはシャツを被せた。

 スタンの顔に目を向ける。瞳孔の開いた目玉があらわになり、頬は溶け落ち奥歯を見て取ることができた。キッチョムの脳裏にスタンの笑顔が横切る。

 焼けただれたスタンの手に触れ、歯を食いしばる。

 キッチョムはただ瞳を閉じた。空虚な胸には暗い闇があるような気がした。その空虚な胸の内さえもを押しつぶしてしまうような、激情……、いらだち……、世界が音を立てて崩れていくような危うさ……。

 自らの心の中に逃げ場所を探した。

 空虚な胸の内は、絶望的な闇を提供する。彼はその闇に逃げ込んだ。救われるような心持で瞳をひらいた。

 そして空のビンを手に取り講堂の扉へと歩を進める。


 扉の外にモリスがいた。

 夕闇に沈んでいくかのようなしずかな墓場をじっと見つめている。

 キッチョムが講堂から出きたことに気付くと、彼に体を向け、口を開いた。

「スタンリー・ベルフォードは……?」

「大丈夫……、陽が沈めばデスダストが効いてくるから傷もすぐよくなる」

 モリスは深いため息をついただけだった。よかったとも、安心したとも……ざんねんだともいわなかった。

「……あの男は免罪符を持たない。わかっているな?」モリスはそういうとキッチョムのうつろな瞳を見つめた「もしも、町の人間にスタンリー・ベルフォードの存在が知れわたれば、あの男だけじゃない……、お前もただじゃすまないんだ……。わかっているだろう?」

 キッチョムは何も言わずただうつむいていた。モリスはその顔にできた痛々しい傷を見つめると声を和らげた。

「……さあ、体に無理をさせちゃいかんな」そういうとモリスはキッチョムに歩み寄り笑みを見せた「いまはあの男のことは考えるな、なんなら縄で縛りつけておけばいいことだ……」モリスは笑いながらキッチョムの背中を押し、ハカモリの小屋へといざなう。

キッチョムは力なく歩を進めた。

「そうだ、お前もこれからは町に行く必要はない。寄進品はわしが酒樽を取りに行くときに引き取ることになった。プライス神父も了承済みだ」

 キッチョムの歩みが止まった。驚いたように顔をあげるとうつろな瞳をモリスに向ける。なにか言いたげな瞳をみるとモリスは声をあげて笑った。

「なに、ついでだ。どうしていままでこうしなかったのか不思議なくらいだ。いいな、お前はゆっくり休んでいればいいんだ」

 モリスはキッチョムの背中を押した。まるで湖に浮かび頼りなげに揺れる小舟をおしだすような気分だった。キッチョムの体は頼りなげに歩を進める。

 その背中をモリスは見つめ、ため息をついた。

 


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