21. 『アイアン・ライン』と『鉄の爪』
『アイアン・ライン』と『鉄の爪』
ムチがしなり、その反動でジャックの体は激しく回転し、塀に激しくたたきつけれた。鉄のムチが足首から離れるとトグロを巻くように宙を舞い。ハカモリの手元に収まった。
石畳に体を落とし首をあげ彼はハカモリを睨み付けた。
まるで怯えた獣を見下すようにスタンリー・ベルフォードはジャックを見つめる。
「どうした?もう、終わりか?恐ろしい、恐ろしいとは聞いてはいたが、噂ほどじゃなかったわけだ……」
そうスタンが言い終わる前にジャックは石畳を蹴り上げていた。鉄の爪を光らせてスタンに襲い掛かる。
手元に戻る鉄のムチを腰に納めると、足元に放り出していた鉤棒をつま先にのせ蹴りあげる。宙に舞う鉤棒を握りしめると、スタンはジャックの爪をはじき返した。
「どうした?噂の炎は燃料切れか?こっちは体がなまっちまってるんだ、俺に恐怖を味あわせてくれよ。楽しませてくれ……」
そういうとスタンは背中に鉤棒を収め、腰に納めた鞭に手を伸ばした。
『……図に乗るな、ハカモリ風情が……、……?そうか……?昨日のハカモリとはまた、違うわけだ……。どおりで……、どおりで……あの光がないわけだ……』
ジャックの口元に笑みが浮かぶ、口角を上げスタンをあざ笑うかのようだ。
『すこしはお互い楽しめそうじゃないか!!さて、今日は折よく雨が降っている!!屋根の上で足を滑らせないように気を付けろ!!』
ジャックはバネを床に叩きつけると後方高く飛び、回転し屋根の向こうへと姿を消した。
「……なっ!!逃がすか!!」スタンは軽く舌打ちし塀に駆け寄った。
『ハ――――――ハハッ!!所詮ハカモリはハカモリ!!飛び上がってこい!!今度はお前の心臓を抉りだしてやる!!』
ジャックは屋根の上で身を低くし身構えた。鉄の爪を腰にあて今か今かとスタンの飛び上がるのを待つ。
『さあ来い!!さあ……さあ……っ!!……?』
雨音がむなしく響き始めた。ジャックは首をひねった。この前のハカモリはすぐにでも追いかけてきたはずだ。確かに今戦っているのが別のハカモリだとして、はたして屋根に上がってこないことなどあるだろうか?
おそるおそる屋根の下を覗き見る。
ハカモリの姿は消えていた。ただ石畳に雨が白く弾きあげられているのみだった。
呆けたようにあたりに目を向ける。むなしく雨音が響いている。
ジャックの胸に虚無感が訪れた。それとともに恐ろしく恥ずかしいという感情。
『……ハカモリが逃げた!!お、おれ様を出し抜いて……逃げやがった!!戦うふりをして、俺をその気にさせて……なんて狡猾なんだ、なんて悪質なんだ!!』
ハカモリがどこか遠くで、くすくすと笑って見ているような気がした。
『……恥ずかし……!!その気になっていた俺様が、恥ずかしすぎる!!亡者どもになんといえばいいんだ……、なんか、なんか言い訳を考えなくてワァァァァァァァァッ!!』
ジャックは頭を抱え、悲痛な咆哮を天高く響かせた。
その横っ面に炎の板がぶち当たり、ジャックは屋根に倒れ込んだ。なにが起こったのかわからないまま上半身をあげ、炎を立ち上らせいまにも崩れ落ちていこうとするヤナックの家を見た。
立ち昇る炎の中に影が見えた。火の粉が舞いあがると同時に炎をまとったハカモリが姿を現した。
『ああ……、もどってきてくれたのね……』
ジャックは頬の熱く激しい痛みを忘れるほど、安堵した。悪魔の仕業を越える、悪質な行為などこの世に存在してはならないのだ。悪魔を越える狡猾さなどこの世に存在しないのだ。
スタンは屋根に足をつけるとマントについた炎を薙ぎ払う。そしてマントをじっと見つめる。
「墓守のマントか……。たしかに重宝するな……」そしてジャックを睨み付けた「さて、第2ラウンドといこうか……いっとくが、つぎはないぜ……」