20.アンデッドvs悪魔-3-
レイトの何度もつぶやくふるえる声を聞きながら、ヤナックは顔を化け物へと向ける。化け物の背後に大きな影があった。落雷の光に浮かび上がる影はマントを羽織り、恐ろしい鉤爪を手にしていた。
その鉤爪が化け物の肩をとらえた。化け物の肩が震えるやいなや、鉤爪はその喉を掴み、化け物を家から引きづりだし、放り投げた。
ヤナックはきつくケティとレイトを抱きしめる。
彼は自分の愚かしさと弱さを呪わずにいられなかった。化け物に焼き殺されるも、ハカモリの鉤爪で喉を引き裂かれるも、どのみち自分たちのたどる道は死以外にはないからだ。
遠くにハカモリの声が響いている。彼はその手をあげ、耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。ただ恐ろしいばかりだった。
「おい……、なにしてる?ささっと出ていくんだな。いまにこの家は焼き崩れるぞ」
ヤナックはふと顔を持ち上げた。ハカモリがなにをいっているのかよくわからなかった。ぼんやりとする頭でケティとレイトを見つめる。
「それともなにかそうやって炎に包まれるのをまっているのか?おまえは息子にそんな苦しい死に方をさせて平気なのか?妻の体が炭のように無残な姿になってもお前は平気なのか?」
ヤナックの瞳が涙で揺れた。落とした鎌に手を伸ばす。
「どうしようとお前のかってだ……。なんなら俺がお前らの喉を掻き切ってやってもいいんだぞ!!苦しまずにすむ!!さあ、選ぶんだな!!どうするんだ!!」
鎌を握りしめると顔をあげ、ハカモリの影を睨み付けた。
「いけ!!走れ!!雷鳴に怯えるんじゃないぞ!!走り続けろ!!」
その声を聞くとヤナックは何かにはじかれるように立ち上がりケティの肩を引き上げた。鎌を片手にレイトをなかば奪い取るようにして胸に抱きしめる。四角く燃え上がる炎を睨み付け意を決した。ケティの背中を押しながら、ヤナックは叫んだ。
「走れ!!」
「そうだ!走れ!振り向くんじゃないぞ!走れ!!」
ヤナックはまるでその声に背中を押されるように駆け出していた。
ハカモリは通りに歩み出ていく。その背中に隠れるようにしてヤナックたちは通りへ駆け出していく。
スプリング・ヒールド・ジャックはそれを決して見逃しはしなかった。
すぐさまカカトのバネに力を込めるとヤナックに照準を合わせ飛び上がる。鉄の爪を光らせジャックの影が動いた。
待っていたかのように空を引き裂く音が響く、ジャックの眼に行く手を遮る直線が見えた。その線はきらりと光る鱗を持っている。まるで蛇のような鱗と頭。ジャックの視線は毒蛇のような頭を追いかけた。それは恐ろしいほど研ぎ澄まされた刃だ。それがジャックの目前を通り過ぎたかと思うと天に向かい跳ね上がり、曲線を描いた。まるで生きて獲物を捕らえるかのようにジャックの顔面めがけて落ちてくる。
ジャックは体をお越し、カカトで地面を蹴る。鉄の音が響き、火花が飛んだ。
走り去るヤナックの背中を睨み付けながら、ジャックは後方高く飛んだ。
しかし、ジャックの体はあろうことか空中でバランスを崩す。いままでに味わったことのない浮遊感。空中で時がとまり、首が悲鳴を上げるように痛んだ。
ジャックの足首にもう一匹の蛇が絡まりついていた。四角の頭を持った蛇。いままでみたことがない鉄製のムチ、それは奇妙な鋼の頭を持っていた。それがジャックの動きを読むように地面を這い進み、飛び上がり、その足に食らいついたのだ。
見下ろした先ににハカモリの姿があった。マントをひるがえし、腰をかがめていた。その影から恐ろしいほど長い鉄の鞭が、まるで触手のように伸び、ジャックに襲い掛かっていた。
ヤナックは走り続けていた。決して振り向きはしなかった。手にしていた鎌を放り投げるとケティの背中を押し、支え続けた。
「詰所まで走るんだ!!止まっちゃいけない!!」
ヤナックの激しく揺れる体に必死にしがみつきながらレイトは後ろをそっと覗き見た。
小さな瞳には落雷に照らし出される二つの影が見えた。そして二匹の蛇が宙を舞い踊り、恐ろしい化け物の影を追いかけていた。
「……墓守が来たよ……」
レイトは墓守の影を見つめた。蛇を操る恐ろしい影だ。しかし、レイトはその影をずっと雨に掻き消えてしまうまで見つめ続けていた。恐怖は感じていなかった。お父さんとお母さんがいるから、そしてきっと墓守があの化け物をやっつけてくるから……。レイトは父の体にしがみつきながら、遠く雨の降る闇をいつまでも見つめ続けた。