20.アンデッドvs悪魔
アンデッド『スタンリー・ベルフォード』
と(vs) 悪魔『スプリング・ヒールド・ジャック』
家族団欒の時間だ。いつもならばこの時間、ヤナックの家は暖かいランプと食事を家族で取り囲んでいた。しかし、この日簡素な食事がテーブルに放り出されたように並べられていた。
ヤナックの五つになる息子が眠らずにテーブルに肘をあてて、不安そうに小さくパンをちぎっては口に入れていた。母親のケティはその子に寄り添うように椅子を引き寄せそばに座っていた。
ヤナックは立ち上がると息子、レイトを見つめながらいった。
「そろそろいかないと……。戸締りもしたから……はやくレイトを寝かせたほうがいい」
そういうとヤナックは席を立ち、開け放されていたシャツのボタンをしめた。
「心配だわ……。さっき外をのぞいたら霧が出ていましたもの、ここ最近ずっと……。ハカモリのこともあるし、とても怖いわ。みんながいうのよ、あのままハカモリを帰してただで済むはずがないって……」
ヤナックはかぶりを振った。
「何言ってるんだ、ハカモリをそうとう痛い目に合わせたんだ。おいそれと動けるはずないだろう。それに、今回起こったことはハカモリの仕業じゃないかもしれないんだ。もっとべつの恐ろしいものがいるのかもしれない……」
「ちょっと……、レイトもいるのよ。あまり怖がらせないでちょうだい」
「ああ、わかってるさ、すまないな……ハハ」ヤナックはレイトに笑顔を見せると安心させるように笑い声を上げた。しかし、その笑い声は家族団欒とはほど遠い乾いた声だった。
「じゃあ、いってくるよ。あまり遅れるとみんなに悪いし、どうやら悪魔を捕まえたものには報奨金もでるって話しだ。出遅れるわけにはいかないだろ?」
そういうとヤナックは扉に向かいドアノブに手をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!」
ヤナックが振り向き、ケティをみるとレイトを強く抱きしめ震えている。
「なんだ?どうした……?」
「ねえ、窓を見てちょうだい。いま何かが覗き込んでいたわ……」
ヤナックは窓に目をやったがそこには暗い闇があるだけだった。
「おいおい……よしてくれよ。レイトが怖がるだろ」
「ほんとよ、ほんとに何かいたのよ……」
あきれたようにため息を吐きながら、ヤナックは窓へと近づいていく。
「裏手はトムじいさんの家だろ、塀があるだけさ」そういうと窓を掴み押し開いた。そこには薄汚れた塀があるだけだった。ヤナックは四方を見わたしたがなにもない。ただそこにはゆらゆらと漂う霧があるだけだった。その霧が流れるように室内に流れ込んでいた。
「あなた!!あなた!!」
「おいおい、つぎはなんだよ」ヤナックが振り向くと隣の部屋に通じるドアを妻は指さしている。
「あれ、あれは……?」
ヤナックが目をそこに向けると霧が隣に通じるドアの隙間から部屋に流れ込んでいる。焦げ臭いにおいがあたりに漂いはじめた。霧ではない、となりの部屋の中で何かが燃えているのがヤナックにもわかった。
慌てて玄関に立てかけてあった。農耕用の鎌を手に取り、ドアに駆け寄った。一息つくと勢いよく扉を開く。
火の海だった。恐ろしい音をたて炎が渦巻いていた。
「ああ!!なんてことだ!!」ヤナックがそう叫ぶやいなや、二階で何かが爆発するような音が響いた。二階の階段に足をかけヤナックは振り向き、息子を見た。
息子は怯え、妻にしがみついている。二人とも恐ろしさに震え声を上げることさえ忘れているようだった。ヤナックは部屋を見わたした。部屋のいたるところ、壁の隙間から床の節目から白い煙が立ち上り始めていた。
「にげるんだ……。なにしてるんだ、家が火に包まれるぞ!!」
妻は息子を抱き上げるとヤナックの手に促されるようにドアへと向かった。
扉をあけ、外に飛び出した。
ヤナックは振り向き家を見上げた。炎は家の壁を焼き、吹き飛ばれた屋根が勢いよく燃え上がっている。ヤナックが声をあげようとした時だった。ケティの背中がヤナックの背中を押した。
「おい、はやく自警団の詰所へ……」そういいながら振り向いたとき、通りに人影がうずくまっているのを見た。
「あなた……あれは……?」
「おい!!……な、なにをしてるんだ!?」その影に声をかけるヤナックの声は震えていた。そして鎌を握る腕も震えていた。すでに、そこに立っていられないほどの恐怖が彼らを支配していたのだった。