19.スタンリー・ベルフォードの復活-4-
墓守の小屋にやさしい雨音がいつのころからかその激しさを増し始めていた。キッチョムの微かな寝息はそれに呼応するかのようにうめき声へと変わっていく。布団の隙間からキッチョムの震える手が寝台の上のコップへとのびる。コップは寝台の上から地面に落ち、水が床に広がった。
キッチョムはうめき声をあげ腕を引き戻すと上半身を起こした。まるで夢遊病者のようにあらぬ方向に目を向けながら、雨音に誘われるように足をベッドの外に出した。
―――熱い……喉が焼けるようだ……、体が灰になってしまいそうだ……―――
耳に雨音を聞きながらキッチョムはふらふらと扉に向かい、その扉を開いた。暗い闇の中に雨のカーテンが広がる。
キッチョムは無意識に歩み始めていた。暗い墓場が彼を呼んでいた。
ぬかるみと雑草が裸足の足元に広がっている。その雨の中を、墓場を、彼はさまようようにあるいた。墓標が揺れ、雨水が体を濡らした。遠くにメシアの木の影が見えた。
やがて大粒のカーテンはその影さえも彼の眼前から消し去り始めた。
雨の厳しさが増し始めたとき、キッチョムの体から白い湯気がもうもうと立ち昇り始めた。激しい落雷が辺りを明るくする。墓標が、メシアの木が、遠くの森が、暗い空までも一瞬の明るさの中に姿を現した。キッチョムは口をあけ空を見上げた。冷たい雨水が喉の奥までながれ、乾いたのど元を流れていく。
激しい雷鳴が墓場に轟音を立てると、キッチョムは膝をつき空を仰ぎ見た。落雷が明るく墓場を照らし出す中、意識が遠くなり、キッチョムは体をその墓場の短い草の上に投げ出すように倒れ込んだ。
「……プライス神父!!こちらです!!」
墓場の奥からランプを持ったモリスが声をあげながら駆けてきた。プライス神父は墓場の小屋の入口に立ちいぶかしげにその影を見ると走り出した。モリスの不格好な影が大きな影をつれて墓場の雨の中をかけていく。
二人は足を止めた。
「な、なんてことだ……また、同じことが……」プライス神父はかぶりを振った。
「ええ……、エギオンは二度とこんなことが起こらないと、そう断言していたのに……」
そういうとモリスはキッチョムの首を支え、上半身を抱き上げた「なんてひどいことを……どうしてこんなことに……」
プライス神父は膝を曲げ、腰を落とすとキッチョムの倒れていた地面を見た。彼の体の形に草が黒く焦げつき、土が黒く変色している。まるで彼の影がそこに張り付いているかのようだった。
キッチョムのシャツを広げ肩の傷に目をやり、血の塊に手を振れる、雨水がその傷口の血を流していく。傷口は恐ろしく熱を持っていたが、半ばあたらしい皮膚がその傷口を埋めていた。
「ああ……」モリスはそれを見るとため息交じりに声を出した。胸に達していた傷は恐ろしいほどの速さで回復していた。雨に濡れた髪に触れその額をあらわにする。顔の腫れも引き二重の瞼がいつものようにその瞳を覆っていた。
「町の人間には気づかれなかったろうな……」
「ええ、それはありません……、ただウィリアム・ブロディーが彼の傷の手当てを……しかし、彼も疑いを持つようなそぶりは……」
「なら……、ならいいんだ。だが、これいじょうキッチョムを町にやるわけにはいかない……」
「ええ、わかっていますとも、寄進品は酒樽と一緒にわたしが集めてきますから……」
「そうだな、頼んだぞ、モリス……さあ、ベットに帰してやろう、わたしが連れて行こう」
プライス神父は腕をキッチョムの首にあて、彼を抱き上げた。歩みゆく、体の大きなプライスの背中をモリスは眺めた。歳をとってはいるが、がっちりとした大きな体をしている。
「プライス神父……キッチョムは……」モリスは小屋へと歩みを進めるその背中に問うように語りかけた「彼は……。以前にもまして、傷のいえるのがはやいような気がするのですが……」
「そんな気がするだけだ……もう何年も前の昔の話ではないか……それに、このようなことは二度と起こらない……」そういうとプライス神父は墓守の小屋へと足早に歩んでいく。
モリスはただその背中を追って歩いた。