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19.スタンリー・ベルフォードの復活-3-

 雨音が響いていた。そんな暗い夜の道をスタンはロシュの手綱を引きながら音をたてずに歩いていた。ソルマント教会を見やるとその影は遠く夜の闇に色濃く浮き上っていた。

「そろそろ、いいだろう……」スタンはロシュの眼を見やると「……その前に行きたいところがあるんだ……」

 ロシュはその言葉が理解できるのか、疑いの目を向けた。その目をみるとスタンは笑った。

「すべて失った死人がどこへ行くんだと言いたげだな……、まあ、いいさ。行けばわかる」そういうとスタンはロシュの背に飛び乗り、手綱を引きロシュの頭を暗い森の中へ向け、アブミを蹴った。

 ロシュは道なき暗い道を、まるで野生馬のように駆け抜ける。スタンの操るがままに方向を見定め、木の根をとび越え、枝葉をかわした。どれくらい走っただろうか、ロシュはふと足を止めた。辺りを見わたし前足を軽く踏み鳴らした。

「……いい勘してるな。このあたりか……」

 スタンが足を地面につけると土が湿り、ぬかるみがところどころおおきく広がっている。

そこは湿地の入り口だった。

「お前はここで待ってろ」そういうとスタンは暗闇に向かって歩き出す。

 生い茂っていた木々が断ち切れ、目の前に湿地が広がっている。高い葦がところどころ群生し、湿地と知らずに足を踏み出すと泥に足を取られていることだろう。それ以上にこのあたり一帯の湿地は深く、馬や獣、人までも飲み込んでしまう。そのことをスタンはしっていた。

 スタンは辺りを見わたし、湿地の表にあたりをつけると軽く飛び、足をつけた。トンッと軽快な音をたてては飛び上がる。スタンはにやりと笑みを見せると、湿地の岩を軽々と蹴りながら進んでいく。その影をロシュはじっと見ていた。影は湿地の闇へと姿を消していく。

 スタンは湿地の中で足を止めた。そこは半ば小さな島のような形で湿地に浮いている。彼が目印としていた岩があった。

「ここだ……」そういうとスタンは草むらに手を入れる。ロープを引っ張り上げる。ロープは張りつめ、湿地の水面を揺らす。スタンは歯を食いしばりロープを引き上げていく、やがて水面が音をたてて盛り上がると、大きな木箱が姿を現した。水に浸食されないよう、黒いタールで塗り固められている。

 スタンは留め金を引き、箱を開けた。そして中から二本のベルトを取り出すと腰に巻きつけた。まるで少年のように目を輝かせながら、箱に手を突っ込んでいる。

 目的のものを見つけたのかスタンの眼が冷たく光った。赤い布にくるまれたそれを取り出すと、なかから鉄の鱗を持つ蛇のようなムチを取り出した。トグロを巻いているそのムチは二本あった。一本は先が槍のようになっており革製の鞘がはめられている。もう一本は扇子のように鉄の細長い平板が折りたたまれている。そしてそれらのムチは取っ手の部分に引き金がついていた。

 そのムチを腰のベルトにかけると、スタンは背筋を伸ばしておさまり具合を確かめた。満足そうにスタンは笑うと、また腰をかがめ箱の中から取っ手のない簡素な鉄のナイフを何本か取り出し、残りのベルトに納めていく。

 スタンは準備ができたのかその場に立ち尽くした。大きく息を吸うと意を決したように身をかがめた。その黒い木箱の奥底に眠る鉄の枠組みに黒い革で装飾された鞘。銀色の美しい装飾の施された柄が見えた。彼はそれを両手で取り上げた。


 遠く湿地の果てに落雷が落ちるのが見えた。雨音が激しさを増した。落雷はスタンのもとへやってくる。すぐそばに轟音とともに落雷が落ちる。しかし彼はその音にも、光に怯えことなく一心にその剣を見つめていた。

 光に照らし出される彼のその顔に、瞳に、恍惚としたそれでいて歓喜に満ちた色がうかがえた。黒革の鞘をきつく握りしめ柄に手を掛ける。勢いよく鞘から剣を引き抜くと同時に空が悲鳴を上げるように雷鳴が響き渡る。

 白銀の柄から伸びる剣の芯、その芯にそって伸びる漆黒の刃……彼はその美しさに目を奪われる。半ば溶けたかのような半分の剣だったが彼には長く完成された美しい剣に見えていた。その漆黒の剣をかざし、顔をあげるその額には雨水とも、汗ともつかない水滴が幾本も流れ落ちていく。


―――俺の人生は終わっちゃいないんだ……。

  命を犠牲にして、すべてを犠牲にしてまでここまできた……。

まさに死に体だ、この体にしがみつきずっと……。

まだ、終わっちゃいない……終わっちゃいないんだ……。

これがスタンリー・ベルフォードだ……、これこそ俺なんだ……。

おれにまたツキがめぐってきた。天性のツキだ……。

この時が来ると信じていた……。

キッチョム……あいつも帰ってきた。

そして、俺は……俺は……。

  待っていろ、スプリング・ヒールド・ジャック……、

カスパー・ハウザーの魂とやらはこのスタンリー・ベルフォードのものだ―――


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