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19.スタンリー・ベルフォードの復活-2-

 キッチョムの体は恐ろしく熱を持っていた。それと同時に彼の意識は目を開いたときから恐ろしく鋭敏になっていた。記憶が鮮明になり、本のページをめくるようにそれらが思い出された。スタンの声に耳を傾けると、その声は脳に響くように聞こえ始める、そうかと思えば、蝋燭に目を向けただけで蝋燭の立ち昇る音でさえも、まるでそれを選び取り凝縮したかのように耳に響くのだ。

 そしていま、キッチョムは炎を吐き、鉄の音を響かせて宙に舞い上がるあの化け物を思い出していた。

「……その……、君は信じないかもしれない……でも僕は見たんだ。鉄の音を響かせて宙を舞う化け物を、そいつは口から火を噴いたんだ……。鉄の爪で僕の胸をえぐって……、僕はあの化け物の炎に包まれた……。エギオンのマントがなかったら、僕は今頃……」

「鉄の音を……?」スタンはいぶかしげに眉をひそめキッチョムを見つめた。

「そうさ……、本当のことなんだ。そいつのけりを喰らったとき、恐ろしいほどの勢いで吹き飛ばされたのを覚えてる……。君や、エギオンの蹴りよりももっと、重く……、体がしびれて動かなくなるような……」

「信じるよ……」その話をさえぎるようにスタンが言葉を発した。あらぬ方向を見つめ、そして笑った「そいつは、スプリング・ヒールド・ジャック……まちがいない……」

 キッチョムが怪訝な顔で、スタンを見つめていた。その顔を安心させるようにスタンは続ける。

「……カカトにバネを持つ男、それがスプリング・ヒールド・ジャック。町から町へ鉄をあさり、人の顔を焼く化け物さ。海の向こうグレートブリテンでは有名な悪魔なんだ」

 キッチョムはうつむき布団をじっと見つめていた。

「そいつが……」

「そうだな、町に現れたってことは……、いいきみじゃないか、いまごろ町のやつら慌てふためいてる」そういうとスタンは笑った。

 キッチョムは額に汗を浮かべ両手で強く布団を握りしめた。体がまた熱を持ち始めた。額に脂汗が流れる。キッチョムの体の熱が空気に伝わり、まるで部屋全体が蒸し風呂のように感じる。

 スタンはキッチョムの体に触れた。

「おい、どうした?大丈夫か?」

 キッチョムは黙ってうなずき、コップの水を一気に飲み干した。

「熱い……、体が……」

「傷が痛んでるのさ……。すまなかったな、話させて……」

 キッチョムは首を振った。

「いいから、眠れよ。大丈夫、傷はすぐに癒える……」

 キッチョムは枕に頭を落とした。歯を食いしばり体の熱に耐えていた。

 黙って立ち上がるとスタンはコップに水を入れ、キッチョムの枕元の台に置いた。そして蝋燭に向かうと、それを吹き消した。

「スタン……」暗闇の中、キッチョムの声が微かに聞こえた、まるでうわごとのように言葉をつづける「僕は、君や、このソルマントが大好きなんだ……、デスダストのみんなが……僕は……、でも…僕は……」

「わかってるさ、もう何もいうなよ、眠れ……」暗い闇の中、スタンはキッチョムの眠るベットに一瞥くれると扉に手をかけ開いた。

 そして壁に掛けてあったマントと鉤棒を握りしめると、小雨降る夜の闇にその足を踏み出し扉を閉めた。


 水たまりにかすかに波紋がいくつも広がっている。雨にうたれながらスタンリーはその手に鉤棒とマントを握りしめた、血が流れていない血管がまるで生きているようにその腕に蠢いている。その顔には、蝋燭に照らし出されていた笑みを浮かべる表情とはうって変わり、怒りをあらわにしていた。闇の中、瞳は冷たくひかり、恐ろしくかみしめられた口元にまでどす黒い血管が脈うつかのように這い上がってきていた。


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