19.スタンリー・ベルフォードの復活
19.スタンリー・ベルフォードの復活
墓場の墓標が雨に打たている。微かに波打つようにその墓標の表面を雨水が流れ落ちていく。暗い闇に包まれ、夜の静けさの中、ただ微かな雨音が草木を揺らしていた。ソルマントに夜が訪れていた。
墓守の小屋にもその雨音が微かに響いている。蝋燭の炎が微かに揺れ、心地よいとも思えるような優しい雨音が小屋を包んでいるかのようだ。
キッチョムは激しい喉の渇きを感じながら、自分の意識が瞼とつながるような感覚を覚えた。微かに開いた瞼の隙間からぼんやりと見慣れた小屋の屋根、壁が見えた。
―――帰ってきたんだ………―――。
キッチョムはそのほの暗い小屋の風景にいままでに感じたことのないような暖かさを感じた。
ふと、そばに誰かの存在を感じ取ると瞼の奥の瞳が微かに動いた。ため息にもにた吐息が微かに開いたくちびるから洩れる。
そばにいたその人物の腕が布団に触れるのがわかった。首を持ち上げその人物に瞳を向ける。やけに重い瞼の隙間から垣間見る風景はいまだ膜がかかったようにはっきりと見えてこない。
ただ、蝋燭の柔らかい橙色の光がその顔をぼんやり浮き上がらせている。
その顔に白い歯が浮き上がるのが見えた。その表情が無理に笑みを見せているのが、キッチョムにもわかった。
「どうした?……ひどい顔してるな……」
その声を聴くとキッチョムは枕に頭を落とした。息を吸い胸が大きく膨らむ、スタンの声を聴くと彼の胸に熱いものがこみ上げてくる、それは彼の喉元までも駆け上がり喉元をしめつけた。
キッチョムの脳裏にさまざまなソルマントの情景が浮かび上がっていた。太陽の光降り注ぐ墓場の風景、古びた講堂のほこりくさいにおい、厩の馬たちの優しい瞳とほのかな干し草の香り、そしてデスブーツの喧騒と死人たちのバカみたいな笑い顔、キッチョムはまるでその場に立ち、それらを目の当たりにしているかのように思い出していた。
「……帰ってきたんだ……」キッチョムの声はよわよわしく、口元からはきだされる吐息に交じり、消え入りそうな響きをたてた。
―――僕は、ソルマントに、帰ってきたんだ……――――
彼の閉じられた瞼の隙間から一筋の涙がこめかみをつたい、枕に落ちた。
「そうだ、お前はソルマントに帰ってきたんだ……」
スタンの声がキッチョムの耳に響いた。キッチョムは何かを口にしようとしたが喉が渇いているのかかすれた声を出しただけだった。
スタンは立ち上がりコップに水を入れて戻ってきた。キッチョムは枕を腰に当て、いたみに耐えながら上半身を起こしていた。スタンからコップを受け取るとそれを一気に飲み干す。キッチョムの喉が激しく上下し、いっときの間にコップが空になるのをスタンは目を丸くしてみていた。彼はすぐに立ち上がり空のコップをキッチョムの手から受け取ると、水桶へと向かう。
「そうがっつくなよ、水桶を持ってきた方がはやそうだな」あきれたように笑い声をあげスタンはすぐに戻ってきた。
「喉が……、乾いてるんだ……喉が、体もすごく熱い……」キッチョムは渇いたのどから絞り出すようにかすれた声を出した。「僕は……いったいどれくらい眠っていたんだろう……?」
「さあ……?俺が目を覚まして、ここに来たときにはお前は眠ってたからな」
「き、君はどうしてここにいるんだ……!?」キッチョムは驚いたように目を上げる。ぼんやりとしていた視界がようやくいつものように開けてきた。
「ハハ、やっと気がついたか!?」
「君はデスブーツから出ちゃいけないんだ……」
「わかってるさ、それくらいのこと。でも今日は、特別だ……そうだろ?」スタンは笑みを見せると水の入ったコップをキッチョムに差し出した。
キッチョムはそれを受け取ると、一口飲み、ため息交じりにコップを両手で握った。
「なにがあったんだ……?みんな心配してる、お前が初めてデスブーツに顔をださなかったんだから。俺じゃなくてもなんかあったと思うだろ?やつらに嘘をつくことは簡単だ、でも俺には嘘は通用しないぜ……。それにその傷だ。いってみろよ、なにがあった?」
キッチョムは額に手をあてると、うつむきしばらく無言だった。スタンはキッチョムを見つめ黙っていた。目を伏せたキッチョムの口元がようやく開いた。
「町の人たちに……捕まったんだ……」
「おい……捕まったって……?おまえが簡単に町の奴につかまるかよ……、エギオンはお前に、その……戦いかったってやつを教えてたろ?なんのために毎日青あざつくってしごきに耐えてきたんだ?」
「エギオンは僕に身の守り方を教えたんだよ……むかしにもにたようなことがあって……」
「ああ、かりにそうだとして……なんでこんなことになってるんだ?町のやつが2、3人絡んできたって……」
「そうじゃない、2,3人どころじゃ……」
「10人だろうと20人だろうと同じことだ、俺はお前と、本気じゃないにしても、なんども手を合わせてる。お前の動きや、勘は本物だ。それに2、3人ぶっ飛ばせば町の奴らは尻尾を巻いて逃げ出すに……」
キッチョムの手が微かに震えた。スタンは気まずそうに声を落とした。
「わかってるんだ、彼らは墓守を恐れてる……そうだろ?」
「……そうだ、わかってるじゃないか」
「それだけじゃないんだ……」そういうとキッチョムはため息をついた。