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18.裸足のリディアーヌ・グレスフォード-5-

 キッチョムの微かな息遣いにリディアは聞き入っていた。その赤黒く固まった血に隠された瞼は開く様子はなかった。六頭引きの馬車のソファーに寝かされマントをかぶっているキッチョムの頬に触れるとリディアの眼がしらは熱くなった。

「おまえはウィリアム・ブロディ―医師を呼んできなさい」

 コールリッジが馬の鞍をルッベに手渡しながら命じているのが聞こえた。リディアは馬車の外に顔をだした。

「ルッベ!いそいで!!」

 ルッベはすでにリディアが乗ってきた馬に向かって走りだしていた。足を止め振り返ると力強く首を縦に振る。鞍を馬の背に放り投げるようにしてのせると、腹に革のベルトを手際よくきつく締めつけた。鞍を掴み軽々と小さな体を馬の背にのせると同時に声を上げる。馬は勢いよく石畳を蹴り上げ、コールリッジとリディアの前を通り過ぎていく。

「わたしたちも急いで屋敷へ」

 慌てて馬車の運転台へと駆けてゆくとコールリッジはその手に鞭を握った。

 リディアが馬車の中へ体をいれ扉を閉めると同時に馬車は進みだした。胸が少し軽くなるような感覚を感じながらソファーに腰を落とすとその手をキッチョムの体へ伸ばした。マントを通して感じる体はまるで燃えるように熱くなっていた。

 アレーネグレスフォードはリディアの正面のソファーに腰をおろしその眼をじっと窓の外へと向けていた。

「なんてひどいことを……彼は無実よ……わたしたちを救ってくれたのに……」リディアは瞳に涙をため、まじまじとキッチョムの顔を見つめた。

「彼は墓守なのですよ」

 その冷ややかな、静かな声を聴くと驚いたようにリディアは目を上げた。

「それが……それがどうしたっていうの……?」涙が頬をつたい落ちてはいたが、リディアの眼はじっとアレーネを睨み付けていた。怒りをあらわにするその眼は疑いに満ちている。

「墓守は墓守だということです。あなたがそのような格好で屋敷を飛び出し、鞍もつけづに駆けつける必要はないということ……、わかりましたね。あのような馬の乗り方をいままでに一度でも教わったことがあって?もし、馬の背から放り出されたらあなたがただでは済まないことぐらいわかっているでしょう」

「それぐらいのことわかっているわ!!でも、見捨てることはできなかった!!絶対によ!!」

 アレーネはリディアの顔に目を向けた、怒りを帯びたその瞳を冷たい眼で見つめる。そしてそのアレーネの目には微かに疑いの色がうかがえた。

「あなたは墓守がなんであるのかわかっていないようね……彼が墓守であるかぎり、ハカモリと呼ばれて当然でしょう」

「わかっていないのは、おばあさまよ!町の連中だわ!!彼を見て!!わたしたちとどうちがうの?なにが違うの?どうして彼のことを誰もちゃんと見てくれないの?彼を知ろうとしないの!?どうして……どうして……」

強く怒りに満ちた声、そして心震わすその叫び声を聞きながら、アレーネは涙で頬を濡らすリディアのまっすぐな瞳を見つめた。

「彼は……」そういうとアレーネは目を逸らし流れゆく景色に目を向けた。ため息交じりに声を押し出す「彼の名は……オーハン・キッチョム……エギオン……」

 眉根から力が抜けた。怒りに震えていたリディアの体はふと軽くなった。アレーネ・グレスフォードの口からまるでささやくように出てきたその名を聞きリディアは、まじまじとアレーネの横顔を見つめる。まさかアレーネが彼の名を知っているとは思ってもみなかった。

「オーハン……キッチョム………エギオン……」リディアはその名の主を見つめた。


―――生きている……。彼は生きてる。

      オーハン・キッチョム・エギオン……それがあなたの名前なのね―――


 


 怒りに体が震えていた。恐ろしく心臓は高鳴り、こめかみが破裂するように脈をうつ。ロウガン・ハン・オスカーは奥歯をかみしめじっと走りゆく六頭引きの馬車を見つめている。額から汗を流し、その汗は首筋の青く濁った血管を十字に切り裂くように流れ落ちていく。


 ―――アレーネ・グレスフォード……俺をコケにしやがって……、

    俺が見えていないのか……、俺が見ていないのか……俺が見えて……

  だったら……お前のその眼に教えてやろう……俺はいずれお前の眼玉をえぐり……

   ロウガン・ハン・オスカーという人間をその眼玉に焼き付けてやるからな……

    アレーネ・グレスフォード……、グレスフォード……

   お前たちの築き上げたものすべて……、いにしえの軌跡までも灰にしてやる―――


 いまにも叫び声をあげ怒りをぶちまけるのを頑なにこらえながら、ローガン・ハン・オスカーはただそこに立ちすくみ、まるで馬車を呪い、地獄に引きづり混むような冷たく凍るような瞳で見つめ続けていた。


 バレル・ガードナーはロウガンに声をかけることができなかった。その目で見返されることが恐ろしかったのだ。ガードナーは自分の心臓が凍りついてしまうかのような悪寒を感じていた。怒りの矛先が自分に向けられことはなんとしても避けたかった。

 ガードナーは石のように固まるロウガンから逃げ去るように広場を歩くと自警団の一人に向かって、片付けておくようにと指示した。モンスリーに歩み寄り軽く会釈をすると、ふと視線をロウガンへと移した。

「どうした気にすることはない」そういうとモンスリーはなにがおかしいのかニヤニヤと笑みをみせた「おまえもひどい顔をしているぞ、さっさと眠ったらどうだ?」

「ええ……、ええ、そうしますとも……」

 そういうとガードナーは雲行きの怪しくなってきた空に目を向けた。広場は明るく日に包まれていたさきほどの風景とはうって変り、黒い雨雲によってつくられた薄暗い影に包まれていた。石畳に音をたてながら、漆黒の絨毯を紡ぐように雨粒が黒い斑点をつくり始めていた……。



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