18.裸足のリディアーヌ・グレスフォード--
馬が地に足をつけるとリディアは背筋を伸ばしムチを持つ手に力を込める。瞳には松明の炎が写っていた。
松明を持つ男に向かい馬は突っ込んでいく、男は声を上げることもできずに石のように固まり、眼をつぶった。馬の恐ろしい蹄の音と体を飲み込んでしまうかのような激しい風に包まれた瞬間、彼の腕に激痛が走った。
男のそばを駆け抜ける瞬間、リディアはすくいあげるようにムチを薙ぎ払った。鞭は激しく男の手首を打ち抜く。松明は宙に舞うと、黒い煙を上げながら回転し地面に落ちた。
馬は速度を落とし広場を駆けるときびすを返し戻ってくる。
馬の首にしがみつくようにしていたリディアは背筋を伸ばして馬の背中から飛び降りた。足の力が抜け地面に膝をついた。息荒く肩を揺らしながら立ち上がり、怒りに満ちた瞳をそこにあるものすべてに向け睨み付ける。そして人だかりに向かい歩み始めた。
ガードナーはその眼を受けると背筋を伸ばし目をハカモリに向けた。
リディアの瞳は、ガードナーから離れ、ロウガンへと向けられる。
ロウガンは驚いたように見開いていた目をリディアに向けていたが、眉を微かに動かすと口元を緩め笑みをリディアに向けた。
「……よかった!!君が無事だと聞いてほっとしてはいたが、その……元気そうな姿をみれて安心したよ。それになんだ……そのかっこうは……?」ロウガンはにやにや笑いながらリディアの体をなめあげるように見つめる。白い麻のドレスは一目で寝具であることは見て取れた。そして裸足だった。髪が空気を含みいつも以上にあらぬ方向に跳ね上がっている。
ロウガンの笑みが人々の緊張をほどいたのか、人ごみから微かに笑い声が上がった。
リディアはその笑い声に目もくれず、ロウガンのもとへ歩み寄ってきた。
あきれたように笑みをみせるロウガンはまるでリディアを招き入れるように歩を進める。
「そう……そうだ、君なしではこの儀式は成立しない!!」ちらりと人ごみに目を向けるとロウガンはそう言い放った「僕は君を歓迎しようじゃないか、僕だけじゃない、ここにいるだれもが君を歓迎している!間に合ってよか……」その瞬間、空を裂くような音がロウガンの耳に届いた。顎が上がり言葉を発することができないでいた。冷たい鞭の感触が喉元に触れている。
リディアは鞭を振るうとロウガンの喉元にそれを突き立てていた。
「二度とその減らず口を叩けないようにしてやる!!」
ロウガンの目に、腕をムチで撃たれ血を流し、周りにいたものに助けられながらうめき声をあげている男の姿が見えた。そして怒りの眼を自分に向けるリディアーヌ・グレスフォード。ロウガンの喉元が激しく揺れ、唾液が音をたてて流れ落ちた。もし、自分が続けて言葉を発しようものならリディアーヌ・グレスフォードは喉元をそのムチで掻き切っていたに違いなかった。ロウガンの背中に汗が流れ、冷たい悪寒が走っていた。
「いますぐ……この悪ふざけをやめさせなさい……」