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18.裸足のリディアーヌ・グレスフォード-3-

 目下、町の人々の関心は人柱にあった。ぐったりとうなだれうめき声ひとつ上げないその姿はすでに死んでいるようにも見えた。柱を挟み、後ろ手に腕を縛られている。膝が折れないように足と柱がきつくロープで縛られていた。台に乗せられてはいたが明らかに自分の力で立っているのではなかった。落ちた頭を引き留めるように首には荒縄が食い込んでいるのがそれとわかる。

 人柱となり、人々の関心を引くその若者こそ、マントを羽織り、鉤棒を掲げていたあの恐ろしい化け物だったはずだ。

 その証拠に近くの台座にマントと鉤棒が放り出されていた。

 ガードナーはその人柱と人々の間に立ち、まるで特権であるかのようにハカモリの姿をまじまじと見つめていた。頭を落としうなだれるその顔を眺める。血が固まり黒くその反面を隠している、顔がはれ上がりどのような顔立ちなのかよくわからなかった。

『……みたところ、まだガキではないか……』ガードナーは自分の見たエギオンという墓守を思い出していた。目の前の若者はエギオンに比べれば赤子同然とさえ思えてくる。肩から胸にかけて深くえぐられたような傷も気になった。彼はそれに目を向けた。その目を細めまるで吸い寄せられるようにハカモリに歩み寄る。

 しかし、彼の思考は停止していた。考えることを拒否しなければならなかった。

『……なんになる?この傷に疑問を持ってなんになる……?わたしは舞台にあげられた身だ……。観客はなにを見たがってる……?やつらは何を見たがってるんだ……?考えるな……、このガキは、ハカモリは悪戯が……過ぎたんだ……』

 バレル・ガードナーはそう考えながら、どうしてもその傷から目を離すことができなかった。

「……お願いだ!!……間違えかもしれないだろ!!」

 ふとガードナーは目を上げ振り返った。そこにはローガンを見上げながら嘆願する少年の姿があった。

「あれは……、ルッベか……」ハンティング帽を手に握りしめ、涙目でローガンに訴える少年をガードナーは我に返ったように見つめた。


「お願いだ、ローガンさん!せめて……せめてリディアが目を覚ますまで待ってくれてもいいだろ!!僕は……、僕は一晩中考えてたんだ!なんかおかしいって、ハカモリが……ハカモリが僕たちを襲うなんて……!!」

「おいおい、襲われたのさ。見ていたやつがいるんだから……。俺は君の元気な姿をみれてほっとしているんだ。ただ、すこし打ち所が悪かったようだな……、もう誰にも止められない。……わかるだろ?ハカモリに怯え、死人に怯え、グレスデンは暗い歴史を歩んできたんだ。見ろ、太陽を!!天高く上り我々を照らしているじゃないか!!もう怯える必要はないんだ、あの太陽がハカモリの魂を消し去ってくれるんだから……」

「ちがう……ぼくは怯えてなんて……ちがうんだ……」

ロウガンの腕がルッベの少年の両肩を強く握った。指がルッベ少年の肩に食い込むと、ルッベは見開かれたロウガンの眼を見つめた。冷たく、恐ろしい眼をしていた。「まだわからないのか……?グレスデンは新しい道を歩むんだ!!」ルッベの眼から涙が流れ頬をつたった「いいか、ソルマントが!!ハカモリが……邪魔なんだよ!!」

 ロウガンは掴んでいたルッベを突き飛ばし地面に転がした。冷たく怒りにも似た目つきでルッベを見下す。

「これは町の総意だ。いいか、これは俺の言葉じゃない……。親父の決断だ。この町の町長が下した決断だ。大人しくそこに座って見てるんだな」

 ルッベは首を町の講堂の方へ向けた。講堂から椅子を持ち出し、そこに座る町の町長モンスリー・ハン・オスカーを見た。顎髭をはやし、処刑には興味がないといったふうに片手を椅子の肘宛にのせ爪をやすりで削っている。

 ルッベは腰を上げロウガンから逃げ出すように走りだすとモンスリーの前に駆け寄る。

「オスカーさん!お願いだ、とめてくれよ!!間違いかもしれないんだ、僕が間違ってしまったかもしれないんだ……僕のせいで……」

「ルッベ……気にすることはない。君のせいなんかじゃないだろう……」モンスリーは笑い爪から目を離しルッベを見つめた。「遅かれ早かれ、こうなっただろう。古いものはすたれ新しいものが生まれる……なにをためらうことがある?それに……こんなものはただの茶番だ……」そういうとモンスリーはやすりを爪に当てた。

「お願いだ……リディアが……リディアが目を覚ますまででいいんだ……リディアなら、リディアならきっと……」とめどなく涙を流し、ルッベは訴えた。彼は怖くて怖くてしかたがなかった。モンスリーの膝に手をおき彼のズボンを強く握りしめた「お願いだ……オスカーさん……僕は……僕は……」

「何度もいわせるな……やめてなんになる?おまえに何ができる?リディアーヌ・グレスフォードになにができるんだ?いいか、これは町の人間が望んでいることだ、町の総意なんだよ。わたしは長として、それに従う義務がある。お前は見るべきものを誤っているんだ。ルッベ、お前が見るべきものはわたしやロウガンじゃない、嘆願するべきは……」そういうとモンスリーは顎で集まる人々を指示した。

 ルッベは顔を上げ恐る恐る集まる人々を見た。

「どうだ、なにが見える。町の人間の顔がみえるだろう、誰一人として涙を流すものなどいない、おまえと同じように前に出てハカモリを救おうというやつもでてこない……ああ、あれを見ろ、楽しそうに笑っている奴もいるな。これから何が行われるかみんな知っている。そして、みながそれを心待ちにしているんだよ」

 膝をつき地面にひれ伏すルッベの目が震え大粒の涙が頬をつたった。

「お願いだ……誰か、誰か……前にでて彼を救って……、僕を助けて……僕は、どうしたら、どうしたらいいの?!リディア……リディア……君なら……君ならどうするの……!?」

「どうした!ロウガン!!怖気づいたのか!!」

「そうだ!!とっくに太陽は頭の上にあるぞっ!!」

 町の広場に罵声と歓声が飛び交い始めた。

 ルッベはその声を聴き顔を上げた。その身を抱きしめ恐ろしさで震えた。

「僕のせいだ……僕があのとき、彼の話をちゃんと聞いていたら……。こんなことに……こんなことにならなかったのに!!」彼の瞳は空を仰いだ。涙を通してみる空は揺れていた。彼の耳にロウガンの声が響いた。

「わかっているさ!!俺はこのときをどれほど待ち望んでいたことか!いまこそ新時代の幕開けとなる!古いおとぎ話の世界はこれでさよならだ!呪われた町グレスデン!!この汚名をいまこそ我々の自らの手で拭い去ろうではないか!」

 ロウガンがそう声をあげると男たちが油を満たした桶を人柱の足元の枯れ木にぶちまけた。ハカモリの体が油に濡れる。

「松明に火をつけろ!!これからこのグレスデンに歓喜と歌声に満ちた夜が訪れる!我々の勇気と正義は神にとってよき教訓となるんだ!!」

 町の男は油につけておいた松明に火をつけた。炎が勢いよく上がり、黒い煙がもうもうと勢いよく立ち昇った。

 ルッベは赤く燃え上がる炎を見つめ、黒く立ち上る煙を見つめた。

「……お願いだ……僕はどうしたら……リディア……リディアァァァァァ!!」

 ルッベの叫び声を打ち消すように人々の声は広場にこだましていた。

「やれぇ!!ロウガン!!お前はこの町の英雄だ!!」

「ロウガン!!ハカモリを焼き殺してしまえ!!」

 その時だ。ロウガンの眉を震わせる女の悲鳴と男たちの罵り声が人ごみから上がった。

「危ないぞ!!道をあけろ!!」

 ロウガンがいぶかしげに人ごみに目を向けると、まるで道を作るように人々が逃げ惑っていく。最前列で叫んでいた男たちが後ろを振り向き逃げ出し、あるものは頭を抱え地面に転がった。

 ルッベは涙を流しながらその様子を見ていた。馬の激しい蹄の音が耳に響いていたが、なにが起こっているのかわからなかった。ただ、地面に倒れ込む男たちを飛び越える黒い影、大きな馬の腹が見えた。

 そして馬上にはリディアーヌ・グレスフォード。

 頭の包帯がまるで風にほどかれたように頭から離れ、はらはらと宙を舞って落ちていく。その瞳は怒りを帯び、まっすぐ揺れる赤い炎を睨み付けていた。



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