18.裸足のリディアーヌ・グレスフォード-2-
町の通りに陽の光がいつものように降り注いでいる。しかし、その通りはいつもより人通りが少なくまるでゴーストタウンを思わせる、そこここに見られる人々の表情には微かに不安と恐れが見て取れた。
激しく石畳を叩く馬の蹄の音を聞くと呆けたように顔をあげ駆け抜ける馬を見つめる。
「あら!!リディアさんよ!?」驚いたように二人連れの若い女性が一人、声を上げた。
「ええ……」唖然としながらバスケットを小脇に抱えたもう一人の女性が駆けてゆく馬を見つめる。
「見た!?あのかっこ!」
「ええ……、見たわ。ひどく慌てていたようだけど……」
「決まってるじゃないの!ハカモリの処刑を見にいったのよ!それよりもあのかっこうよ。寝間着に裸足、鞍もつけづに馬の体にしがみついていたわ!!さ、さすがグレスフォード家のジャジャウマといわれるだけのことはあるわね!」
「そ、そうね……」女は困ったように眉根をよせると遠く走り去る馬を軽蔑に似た目でみつめた「野蛮だわ……、わたしリディアさんって好きになれないわ。仕事もせず毎日ふらふらして…お金があるからって……。いきましょう、私たちはこのパンを届けてる途中よ」
「な、なにをいってるの!?彼女のいかれ具合をこの目で見るチャンスよ。おもしろいじゃないの」そういうと女は駆けだそうとする。
バスケットを持つ女性はその腕をつかみ引きとめた。
「まって!!処刑なんてわたし怖いわ……」
女はその手を振り払いバスケットを持つ女に言い放った。
「ちがうわ、私がみたいのは、リディアーヌ・グレスフォードの顛末よ!!」そういうと女は駆け出し、馬の後を追いかける。
「ちょっと、まってよ!!」そういうと女は後を追って駆け出した。
通りに残されていた人々は馬の蹄に顔をあげ、しばらくするとかけていく二人の女に目を向ける。眉根をよせふと考え込む。そして誰もが腰をあげバルバドスの広場に向かい駆け出していくのだった。
バルバドスの塔が遠く揺れている。馬の背で激しく揺られながらリディアはちらりと目を上げた。広場はすぐそこだった。黒い人だかりができているのが見える。
彼女はそこに煙が立ち昇っていないことに気づいた。胸のつかえが取れたかのように微かに体が軽くなる。馬の体にしがみついてたリディアの腕にはもう力が残されていなかった。それどころか激しく痛んでいた。その激痛ともいえる痛みは体中を駆け巡っていた。
「間に合った……」彼女が胸の内でそうつぶやこうとしたとき、黒い煙が勢いよく立ち昇るのが彼女の眼にうつる。
「うそでしょ……!?そんな……!!」
体中を走っていた激痛が吹き飛び、瞳は涙に濡れはじめ微かに揺れた。彼女は上半身を振るいたたせ、ムチをきつく握りしめた。手綱を放し馬の首にしがみつくようにたてがみを握りしめ、あらんかぎりの声を振り絞り馬にげきを飛ばした。
「いいこと!!もし彼が炎に包まれているようなことがあれば私たちもその炎に身を投じるのよ!!わたしたちしかいないのよ、いま声を上げなければ!いまわたしたちがこの行いをやめさせなければ!この町は……、わたしは……!!永遠に暗い悲しみに満ちた闇をさまようことになるわ!!いいこと……全力を出しなさい、わたしは振り落とされない!振り落とされるもんですか!!とっとと全力を出すのよ!!この駄馬ァ!!」
リディアの恐ろしく力のこもった鞭が振り抜かれ、馬の背に激痛が駆け抜ける。目の血管が弾け飛ぶほどの痛みに馬の体が悲鳴をあげた。力がみなぎり恐ろしいほどにスピードがあがった。
リディアは馬の首にしがみつき、立ち上る黒い煙をその怒りに満ちた燃える瞳で、ただひたすらに睨みつけていた。