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18.裸足のリディアーヌ・グレスフォード

 山肌から太陽が刻一刻と離れていく。巨大だった太陽はその姿をあらわにし天に昇っていくのと同時に遠く小さくなっていた。しかしその太陽の光はますます地上に強く降り注ぎ、グレスデンの町を照らしている。

 寝室の小窓にはカーテンがありその隙間から太陽の光が強く差し込んでいた。光はまるで室内を明るく輝かせるように、床に、壁に乱反射する。その光の一端が夢にうなされるリディアーヌ・グレスフォードの固く閉じられた瞼に強く差し込んだ。


 リディアーヌ・グレスフォードの瞼の内側には、仰向けに抱きかかえられる少年の姿が映し出されていた。頭がこちらを向いており、ぐったりと落ちた顔が逆さになり白目が彼女を見つめていた。血が額を通り流れ落ち、地面に滴るのを凝視しながら彼女はとめどなく涙を流し震えていた。意識が途絶えようとするほどの恐怖と悲しみに襲われながら、彼女は少年を見つめていた。

 その時、闇の中に恐ろしい仮面をかぶり焼けただれた口元を見せつける化け物の顔が眼前に現れる。リディアーヌ・グレスフォードが叫び声をあげようとしたそのとき。

「リディアァァァァァ!!」彼女の耳に少年の声が響いた。彼女の眠る意識が突然、現実に引き戻されようとするのを感じた。その声は目の前にいる少年の声ではなかった。それはルッベ少年の叫び声だ。意識はルッベ少年の声をつたって現実へと引き戻されていく。


 光に照らされるリディアーヌ・グレスフォードの瞼が震え弾けるように瞳をみせた。

「ルッベ……!!」

 リディアの上半身が飛び起きた。掛布団をきつく握りしめ辺りを見わたした。いつもと変わらぬ自分の寝室がそこにはあった。身を起こし足を床に向ける。室内用の布製の部屋履きが珍しく足元に並べて置かれている。彼女はその靴に足をいれると額に撒かれている包帯に手をあてた。

「あたし……、どうしたのかしら……」胸にこみ上げてくる不安と恐怖、彼女はそれがどこから来るのか考えるように、明るい日差しを招き入れる窓を見た。たちあがり窓に歩み寄るとカーテンを開き外の景色に目を向ける。時を確認するように顔をあげ太陽を見上げると、すでに太陽は高く頭の上に登らんとしていた。

 ルッベの自分を呼ぶ声が頭に響いた。外の見慣れたのどかな風景とは違い彼女の心は不安に支配されていた「ルッベ……!!ルッベは……?」

 彼女はその眼を扉に向けるとぼんやりとした足取りで部屋を出る。階段の手すりに触れ階下に顔をのぞかせた。

 いそいそと歩いているメイドの頭がちらりと見えた。

「ちょっと!ねえ、ルッベは……!?」

 メイドがその声に気付かず歩き去ったのを見ると、リディアは軽く舌打ちをした。リディアが階下に降りる階段に向かおうとしたとき、メイドが慌てて戻ってきた。顔を上げリディアを見つめ、驚きの声を上げた。

「リ、リディア様!!」

「ねえ、ルッベ……」

「リ、リディア様が!!……リディア様が!!」そういうとメイドは慌ててどこかへかけて行ってしまった。リディアはまだぼんやりする頭に手を置きながら慌てて玄関へとつながる階段を下りていく。階下は慌ただしいメイドたちの足音が鳴り響いていた。4、5人のメイド達がリディアの顔をみるといちおうに笑顔を向けた。

「ああ、お目覚めになられたんですね、よかったですわ!!」そういうとメイド長のヘシーが前に歩み出てきた。太った体からは暖かくやさしい声を発していたがリディアはその声に耳を傾けてはいなかった。

「ルッベは!?ルッベはどうしたの?」

「ええ、ルッベは大丈夫ですわ!!ああ……ですが、その……先ほど慌てて出ていってしまって……」ヘシーは周りのメイドたちに困ったように顔を向けた。メイドたちも眉根を寄せだまりこんだ。

「そう……」リディアは包帯が巻かれた額に手をあて眉根を寄せた。メイドたちに背を向けると玄関への扉へと歩を進めた。

「あの……リディア様、どちらへ?」

「厩よ……決まっているじゃないの?あたし昨日のなにがあったのか覚えてないのよ……ルッベと話を……」そういうとリディアは大きな扉に手をかけた。

「ルッベは厩にいませんわ、その慌てて走って行ってしまいましたの。その……バルバドスの広場でハカモリの処刑が行われると聞いて……」

 リディアの肩が震えた。冷たい悪寒が背中を走る。彼女の瞳が石のように固まり動かなくなった。

「な……なんですって……?」リディアの固まった瞳の奥にまざまざと昨日の出来事が蘇る。恐ろしく醜い仮面をかぶった化け物。そして光る鉤棒を輝かせ馬車を追ってくる墓守の姿、墓守が口元に血を浮かべ苦しそうに眉根を寄せ自分を見つめる姿……。『彼は私たちを救ってくれた……』

「なんで……なんでそうなるの……?」締め付けられる喉から微かに声が漏れはじめた。リディアの瞳が震える、動機が激しく胸を打った。「……どうして、どうして止めないの!!」リディアは振り返りメイドたちを睨み付けた。

 驚いたメイドたちはしどろもどろに目を動かした。

「とめましたわ……止めましたとも、そんな火あぶりだなんて、私たち恐ろしくて……でもルッベは突然、駆け出して……」

「な、なにをいっているの!!処刑をとめるのよ!!」リディアはそういうと重い扉を力いっぱい開いた。陽の光はあたりに降り注いでいる。

「……その、正午には、太陽が登ったら処刑を始めるといっていました……」ヘシーの大きな体の影から若いメイドがおそるおそる顔をだし、震える声を上げた。

 リディアは睨み付けるように天を仰ぎ見た。まさに太陽は天高く頭の上に登ろうとしていた。リディアはきつく唇を結ぶと走り出した。厩に向かう彼女の心臓は激しく高鳴り、その音は耳にまで響いていた。膝から力が抜け落ちるのを気持ちで支えていた。彼女にはすでに涙を流す時間さえも残されてはいなかった。


 メイドたちは走り去ったリディアの後を追うようにドアへと駆け出した。

「なにを慌てているのです?」

 その声を聴くとメイドたちは肩をすくめ凍りついた。扉のそばで足を止めたメイドたちは恐る恐る振り向いた。階段の踊り場、そこには冷たい視線をメイドたちに向けるアレーネ・グレスフォードが立っていた。

「なにやらリディアが声を上げていたようですが……、ヘシー、リディアが目を覚ましたらわたしにすぐ声をかけるようにいわなかったかしら?」

 メイドたちはまるでヘシーの影に隠れるように小さくなって固まっていた。

「ええ……、ええ、そのようにしようと思いましたが、その、お嬢様がルッベのことをお聞きになられたもので……」

「ルッベがどうかしたのですか?」アレーネの眉がいぶかしげに動いた。

「……ルッベがハカモリの処刑を見に出て行ってしまって……そのことでお嬢様が……」

「ハカモリの……?」

 アレーネは眉根にしわを寄せながら階段を下りた。

「正午には処刑が行われると知らせがまいりまして、それを聞いてお嬢様は慌てて出て行かれてしまったのです」

 それを聞くとアレーネは扉に歩み寄る。メイドたちは彼女に道をあけ困ったように顔を見合わせている。開け放たれた扉の外に出るとアレーネは天を見上げ太陽を見つめた。

 その耳に馬の嘶きが聞こえた。


 リディアは厩につくと壁に掛けられていた頭絡を掴みとる。それを馬の頭にかけ強く締め付けハミを馬の口に突っ込んだ。鞍を馬の背に一度は乗せたものの彼女はそれを投げ捨てると、ムチを手に厩から馬を半ば引きずり出した。手綱を引き馬に飛び乗る。鞭を持つ手でたてがみを握りしめ、カカトを馬の腹に激しく打ち据えた。

「急いで!!時間がないのよ!!」そうリディアが叫ぶと同時に馬は悲鳴をあげ駆け出した。

 振り落とされそうになりながらリディアは馬の首に必死にしがみついた。体制を立て直し「振り落とされるもんですか!!」そういい放つとさらにカカトで馬の横腹を蹴り上げる。

 薄手の布製の部屋履きがカカトからずれ落ち地面に転がった。

 馬は首を揺らし速度を上げなら屋敷の庭を駆け抜け、開かれた門を恐ろしい速さで駆け抜ける。


「な……なんですか、あれは!?」アレーネ・グレスフォードは馬で駆け抜けるリディアの姿をみると声を上げた。

 ちょうど前庭を横切り玄関に向かっていた執事長のコールリッジは呆けたように駆け抜ける馬を眺めていたが、リディアの部屋履きを拾い上げるとあわててアレーネのもとへ駆け寄ってきた。

「リ、リディア様が……く、鞍もつけずに!!ああ、いったいどこへ!?」コールリッジは目を見開きメイドやアレーネの顔を見つめた。

「墓守の処刑をとめるつもりなのでしょう……」

「な、なんですと!!は、墓守の!?」そういうとコールリッジはアレーネの反応を見るようにまじまじと彼女を見つめた。

「あなたたちはいったいなにをしているの!?」アレーネの厳しい檄が飛んだ「あなたたちはコートをお持ちなさい、それと靴……!!コールリッジ!あなたは急いで馬車の用意を!!」

 それを聞くとメイドたちは慌てふためき屋敷の中へ駆け戻っていく。

「奥様、昨日の一件で四頭引きはもう……」

「ならば六頭引きの馬車があるでしょう」

「六頭引きは……その、準備に時間がかかってしまいますが……」

「なにをいっているの、コールリッジ……もう、どんなに急いでも間に合うことはないでしょう……」

 眉ひとつ動かさず、首をあげ冷たい視線を太陽に向けるとアレーネ・グレスフォードはそうつぶやいた。

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