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16 .キッチョムのいない夜-8-

 デスブーツの喧騒はいまや緩やかに落ち着きを見せ始めていた。死人の中には朝の気配を感じ取り、自ら墓場へ足を運び始めるものもいた。ディヴィは力なくテーブルに顎をのせ両手をだらりとぶら下げている。スタンが何か言葉を発するのを待つようにただ上目づかいに彼を眺めていた。ディヴィの視線に気づいているのかいないのかスタンはじっと視線を死人たちに向け黙っていた。

「ねえ、いい加減やせ我慢やめたら…?」

 ディヴィの力のない視線がニネル・クラギナに向けられた。パンとチーズが乗せられた皿をテーブルに置くとクラギナは傍にあった椅子を引き寄せ腰を下ろした。

「キッチョム……帰ってこないわね……どうしたのかしら……?」

 ディヴィはちらりと皿のチーズを見やると視線をテーブルに落としため息をついた。

「約束なんて……、約束なんてしなきゃよかったんだ……」

「そうね…。食べなさいよ。きっとデスダストを作るのに忙しいのよ……そうに決まってるわ。寄進品集めの日だってこともすっかり忘れてるのかも……」クラギナは無理に笑みを見せ皿をディヴィに押しやった。

「今まで、一度だってこんなことがあったか……?」スタンは目を死人たちに向けたままつぶやいた。スタンの低く怒りを込めたような声を聴くとディヴィは視線をあげスタンを見つめた。

 クラギナは息を飲みスタンの横顔を見つめた「……ないわ」クラギナは不安に目を泳がせながら膝に置いた手を強く握りしめた「ねえ、ディヴィはこれ食べなさいよ。スタンは少し様子を見に行ったら?いつもは見に行くじゃないの?今日はどうして見にいかないのよ?まだ日が登るまで時間あるでしょ、ほんのちょっと小屋の中を覗くだけのことよ」

 ディヴィは背筋を伸ばし、ちらりと皿にのせられたチーズとパンに目を向けた。

 肘を背もたれに乗せ、まるで睨み付けるように死人たちを見つめスタンは押し黙っていた。背もたれに乗せていた腕に力が入り、手のひらをきつく握りしめる。

「信じて、待つっていったろ……」

 その声を聴くとディブィの視線はスタンの拳と皿を見比べた。

「ハハハハハ、なんだまさかやせ我慢でもしてるのか!?」カウンターに持たれジョッキを手にゲイルがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。

「え、そうなんだろ?お前らは本当にキッチョムがまともな食い物を手に入れてここに戻ってくると思ってるのか?」

「うるさいわね!ゲイル、あなたには関係ないことよ!!」クラギナは振り返りカウンターにもたれかかるゲイルに目を向けるときつく言い放った。

「関係ないだって!?俺たちの召使いが姿を見せないんだぞ!?」

「召使いですって!?」クラギナは声を上げ、ディヴィはゲイルを睨み付けた。

「おいおい…、おまえらなんか勘違いしてやしないか?あいつは墓守なんだぞ!?」そう言うとゲイルはカウンターから離れ三人のテーブルへとやってくる「墓守の仕事はなんだ?俺たちのお世話をし、俺たちのためにデスダストを作る……そして…そうだな、俺たちの墓の草むしりをして掃除をすることさ、ハハハ。いいか、俺たちは免罪符を得てここにいるんだ。生涯の財産を町や教会に寄付したやつもいるだろう、特別な功績を認められここにいるやつもいる。俺たちは特別な存在なんだよ……。転じて!…墓守はなんだ……?キッチョムはなんだ……?あいつは墓守だ、やつこそが俺たちの召使いにほかならない、そしてやつはただの臆病者だ!町のやつらを恐れてこそこそ逃げ回ってるのが目に見えるだろ?……ディヴィ、俺がお前がどうするべきだったか教えてやろうか?うまい飯がくいたければキッチョムに命令するのさ。町へ行って奴らから飯を奪って来いってな、2、3人の首を掻き切ってやるって言わせるのさ。そうすりゃ、簡単にお前はうまい飯が食えたんだ。町の奴らは墓守を心底恐れているんだからな、まあ……臆病者の腰抜けには無理か!!ハハハハ……」ゲイルは笑い声を響かせ立ち去ろうとする。

 「キッチョムは召使いなんかじゃ、腰抜けなんかじゃ……!」ディヴィは握り閉めていた拳を激しくテーブルに打ち付けた。テーブルの皿が跳ね上がり床に落ち、音をたて粉々に割れる。

「……スタン!!」それと同時にクラギナは声を上げた。

 ゲイルは肩を掴まれ振り向いた。目の前に自分を睨み付けるスタンの怒りに満ちた瞳があった。歯を食いしばり、肩を握る腕が怒りで震えていた。ゲイルの体に恐怖が走り、背筋が震え体がいうことをきかない。肩が悲鳴を上げるほどにスタンの腕には力がこもっていた。

 ゲイルは慌ててそばにいたリサーチに視線を向けた。リサーチはその視線を受けると巨体をねじり腕を振り上げた。その腕はまっすぐスタンの横顔に向け振り抜かれる。

 ゲイルを睨み付けながらリサーチの太く固い拳をスタンは片腕で受け止めねじり上げた。ゲイルの肩から腕を離しその首を掴みなおす。それと同時に足を振り上げリサーチの腹を蹴り上げた。

腕をねじ上げられ声をあげていたリサーチの足は宙に浮き、巨体が吹き飛ばされた。壁に叩きつけられたリサーチはうめき声をあげ床に崩れ落ちる。

 スタンの瞳はいまだ怒りに満ち、ゲイルを睨み付けている。

「おい…、いまなんていった……?墓守がなんだって!?キッチョムがどうしたって!?」

「……な、なんどだって……。……!!」

 その瞬間、スタンの拳がゲイルの顔面を打ち抜いていた。今度はゲイルの体が吹き飛ばされていた。スタンは床を蹴り上げ、そばにいたフォックスの体を踏み台に飛び上がると吹き飛ぶゲイルの体に追いついた。ゲイルは壁に打ち付けられると同時にスタンに捕まった。首筋にスタンの肘が食い込み締め上げられる。壁を背に持ち上げられ足は宙に浮いていた。

「なんども言わせると思ったか……?」スタンの低く恐ろしい声がゲイルの耳に響いていた。

「ぐ……、いいか…スタン……。もし、墓守が腰抜けだと町の奴らが知ったら……、今度は俺たちが……」ゲイルはそこまでいうときつく瞳を閉じた。スタンの拳が振り上げられたのだ。耳に壁の砕ける音が響いた。震えながら目を開くとスタンの拳が壁に叩きつけらていた。

「俺が町のやつらを恐れるような腰抜けに見えるか……?いいか、あいつがいなきゃ、とっくにおまえらの体はバラバラにされて床に転がってるんだ……そのこと忘れるな……」

「スタン!!あんた!!あんた……なにやってるのよ!!」

 クラギナの叫び声を聞くとスタンはちらりと目を動かしあたりを見た。デスブーツの空気は凍りつき視線は一心にスタンへと向けられていた。

 スタンは視線をゲイルに向けなおし、さらに腕に力を入れゲイルを締め上げた。

「もし、今度あいつのことを召使いだとか…、腰抜けだとかぬかすやつがいたら……、こいつと同じ目にあわせてやるからな……」

 そういうとスタンは腕の力を抜いた。ゲイルの体は地面に崩れ落ちた。締め付けられていた首を抑え黒い異物を吐き出しながら咳をしていた。

「俺たち死人の体はこんなことくらいでどうにかなるようなヤワな体じゃないだろ……」そういい放つとスタンはデスブーツの奥へと向かう。

「スタン……!!」ディヴィの声を聴くとスタンは振り向いた。スタンは死人たちの視線を感じていた。クラギナと何人かの死人はあわててゲイルやリサーチに駆け寄っている。ディヴィは歯を食いしばりスタンを心配そうに見つめている。

「……もうすぐ、日が登る……俺はさきに眠らせてもらう……」そういうとスタンは、立ち尽くし自分を見つめる死人たちの人ごみをかき分けて姿を消した。




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