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16 .キッチョムのいない夜-1-

 デスブーツは今宵も騒々しいことこの上なかった。バイオリンとアイリッシュフルートがバトルを繰り広げる中、ブランコの軋む音が響いている。ダンスを踊るステップがまるでドラムのように床を踏み鳴らし、床板が音をたてて飛び跳ねている。子供たちの発狂寸前の叫び声と笑い声、その中で響き渡るアレグロの歌……。

それを満足げに見つめるディヴィの横で、スタンは横目でデスブーツの荒れようを眺めながらジョッキを傾けていた。

「やけにご機嫌じゃないか……?」スタンは膝でリズムをとるディヴィに語りかける。

「そらそうさ、今日はごちそうの日だからね、はは」

「ごちそうって…、おまえは本当にキッチョムが……」

「きまってるだろう、キッチョムは僕と約束したんだから、きっとおいしいワインに肉汁たっぷりのローストビーフなんかがこのテーブルにならぶのさ」

「ばかだな、お前は……」

「なんだって!!スタン、一度だってキッチョムが僕との約束を破ったことがあったか?」

「さあな、どんな約束をしたことがあるんだよ」

「……ない。約束をしたことはない」

「だったら…」

「だったらなんだっていうんだ!!友達だろ?キッチョムは約束を守るさ、僕を裏切ったりしない」

「世の中にはやりたくてもできないことがくさるほどあるんだ……いくら友達の頼みでもな」

「僕はうまいワインとおいしいものが食べたいんだ!ただそれだけじゃないか!!裏切者は地獄の一番深いところ、嘆きの川で氷漬けにされてしまうんだからな」

「キッチョムがそうなってもいいのか?」

「よくない!!よくない……」そういうとディブィは困ったように声を落とした。

「いいか、友達だったら無理な約束はさせるな。それが情ってもんだろ?」

「……まだだ!!まだ、キッチョムは帰ってきてないだろう?」ディブィは顔を上げスタンをまっすぐに見つめ立ち上がった。「キッチョムがデスブーツに姿をあらわすまで信じてたっていいだろ!?僕はこうしてワインも飲まず、何も食べずにキッチョムを待っているんだから…!!」ディブィは両手でテーブルをさし示した。確かにテーブルにはスタンのジョッキ以外はなにも置かれていなかった。「ねえ、スタン。キッチョムが姿をあらわすまでの間だけでいいんだ、信じてまっていようよ!キッチョムがどうやっておいしいものを手に入れてくるのか僕はしらない、でもキッチョムが帰ってきたとき腹いっぱいだったら彼はどう思うだろう……、もし腹いっぱいでもう食べられないなんていったら、キッチョムは寂しく思うだろ…?悲しくならないか?もしそんな思いをキッチョムにさせたら嘆きの川で氷漬けにされるのは僕たちのほうだ!!」

「な、俺は約束なんてしてないだろ!巻き込むなよ」

「いや、君はキッチョムを信じてないんだ!ああ!スタンリー・ベルフォードが嘆きの川で氷漬けにされてしまう!!」

「……なんで俺が!!」

「ねえ、いいだろ?キッチョムが帰ってくるまででいいんだ…。もし…、もしもキッチョムがおいしいものを持って帰ってこなかったら……忘れる!きっぱりと!!僕は笑顔で彼を迎え入れるよ、彼が肩を落としていたら、その肩を思いっきりひっぱたいて、え?なんのこと?っていうから……約束するよ。そうすればだれも嘆きの川に落とされずに済むだろ?」

 スタンはディヴィから目を逸らすとジョッキを持ち上げ口に近づけようとする、突き刺さる視線を感じディヴィに視線を戻す。ディヴィの眼がじっと見つめている。喉が上下し唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。スタンはため息交じりにジョッキをテーブルに置いた。

 それと同時に皿がテーブルに置かれた。

 スタンが見上げるとそこには浅黒い肌の女性が立っていた。ニネル・クラギナ。赤い宝石のついた指輪をつけている品のないウェイトレス気取りの女だ。

 さらには干からびたチーズと固いパンが置かれていた。ディヴィは膝を強く握りしめそれをじっと見つめた。

「あなたたちの分よ、めずらしいわね、ディヴィがとりに来ないなんて。体の調子でも悪いのかしら?アハハハ…ハハ…あら?なにこの空気……」スタンが睨み付けているのを感じ取りクラギナは腰に手をあて胸をはった「なによ、気を使って持ってきてあげたのに!!」

「キッチョムがおいしいものを持ってくるんだ!それを待ってるんだよ」ディブィはそういいながらも皿から目を離さない。

「なにそれ?…おいしいものなんてどっから持ってくるのよ?いい、いまはこれが最後なのよ?みんな俺によこせってしつこいんだから…」

「持って行ってくれ!!」ディヴィは皿を見つめたまま叫んだ。

「ああ…ああ!そうですか!じゃ、いらないのね?あたし辛気臭い男って大嫌い!!死人が断食なんて笑っちゃう!!ハハハハ!!今日は生唾でも飲んでらっしゃいなっ!!」そういうとニネル・クラギナは皿を置いたままカウンターへ戻っていった。

「うう……」ディヴィは皿を睨み付け生唾を飲み込んだ。

 スタンはため息交じりに皿に手を伸ばした。

「おまえひとりじゃ、断食なんて無理だな……、俺もつきあってやるよ」

 そういうと皿とジョッキを持ちカウンターへ向かっていく。

「……スタン!!」膝を握りしめ、なにも置かれていないテーブルを睨み付けディヴィが叫んだ。

「なっ……、おいおい、やっぱり……」そういいながら皿を持ち引き返そうとする。

「……僕たちは、キッチョムを信じてるんだ!!だから腹をすかせておくんだ!!」

 スタンは少しあきれた。でもなんだかディヴィの姿を見ているとキッチョムがおいしいものをデスブーツに持って帰ってくるような気がした。

「あら!?ほんとにいらないの?」

スタンがカウンターに皿とジョッキを置くとクラギナが驚いたように声をかけた。

「ああ……、キッチョムを待つよ」

「ねえ、おいしいものってなに?」

「……おいしいものは、ごちそうに決まってるだろ。おまえも腹をすかせとくんだな」そういうとスタンは笑った。

「……そんなものどこにあんのよ、ばかじゃないの?」

「……いってろよ、ははは」

 満足げにテーブルに戻っていくスタンの後姿をいぶかしげに見つめながら、ニネル・クラギナはあきれたように肩を持ち上げるのだった。


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