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15.ダブル フェイトフル エンカウンター-10-

 次第に鉤棒の爪の光が小さくなっていく、光が失われれた銀色の模様のついた鉤棒をキッチョムは見つめ、小さな吐息を吐き目をつぶった。その耳にレイジーの嘶きが聞こえた。

「レイジー!!……馬車は……!!」

 キッチョムが振り向く先に炎に包まれ横転している馬車があった。

 彼は鉤棒を突き立て体を支え急いで馬車に歩み寄る。

「大丈夫……。歩ける…!」キッチョムの歩みは次第に早くなりいつの間にか駆け出していた。

 レイジーが炎を恐れず、馬車のそばで足を踏み鳴らし鼻を鳴らしていた。馬車の影から小さな影が必死に人影を馬車から引きずりだしている。ルッベ少年だった。

 キッチョムはハンチング帽をかぶる少年を見るとほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、引きずり出される影を見た。馬車に乗っていた女性だ。金色の美しい髪は緩やかにカーブし毛先があらぬ方向に飛び跳ねている。ブルーの瞳はその厚い瞼に隠されていた。額から一筋の血が流れ落ち眉とその瞼を赤く染めていた。

「リディア!!リディア!!」ルッベ少年は彼女の肩を支え、頭を持ち上げた。

「か、彼女は……」倒れている女性に駆け寄るとキッチョムはその肩に触れた。血色の好い朱色の唇から微かに息が洩れていた。

「よかった……、気を失っているんだ……」

「さ、さわるな!!」ルッベ少年は倒れている女性が頑なに握りしめていた赤さびたサーベルを半ば奪い取るとキッチョムに突き付けた。キッチョムは慌てて掴んでいた肩から手を離し飛びのいた。赤さびたサーベルがガタガタと音をたてて震えている。

 震えながらサーベルをキッチョムに向けるルッベ少年の頬が涙でぬれていた。

「ち、ちがう…僕はただ……」

「うるさい!!なんでこんなことするんだ!!おまえなんか!!おまえなんかリディアがこんなじゃなきゃ、……リディアがこんなじゃなきゃ、やっつけてやるのに!!」

 顔を崩し、頬をとめどなく涙で濡らしながらルッベ少年はキッチョムを睨み付けている。

「ちがう……、ちがうんだ!!」

「彼を……彼を…たすけて……」気を失うリディアの口元から微かに声が漏れる。

 キッチョムは驚き、なにかにうなされているかのようなリディアの顔を見つめた。

「ちがう……、僕はなにもしない……。彼になにも……!」

「リディア!リディア!」ルッベ少年は必死に声をかけた。しかしリディアはぐったりとしたまま声を出すことはなかった。

「……僕は、僕は君たちを助けようと……」キッチョムはあとずさり、首を振る。そういうと二人に背を向け、苦しそうに鼻を鳴らす馬車馬の方へ駆け寄る。革紐をほどき馬を自由にすると一頭の馬の手綱を握り戻ってきた。

 馬はルッベ少年に鼻をあてた。ルッベ少年が手綱を握り引き寄せると馬は前足を折り曲げ姿勢を低くする。ルッベ少年がリディアを馬の背に乗せようとしている。キッチョムは慌ててそれを手伝おうとする。

「さわるな!!お前はハカモリだろ!!」ルッベ少年の涙で泣きぬれた瞳がキッチョムを睨み付けていた。キッチョムのリディアに向けた手が震えている……「ハカモリはハカモリらしくしてろよ!!……どうして追いかけてくるんだよ!!……町に…俺たちにかかわるなよっ!!」そういうとルッベ少年は袖で涙を拭い、リディアの体を馬にのせ鞍にまたがった。

 キッチョムはうつむき、震える手を握りしめた。馬はキッチョムに背を向けると暗い路地に首を向けた。ルッベ少年は小さな体でリディアを支えながら手綱を引いた。馬はゆっくりと歩み始めた。キッチョムは馬の蹄の音を聞きながらその後姿を見つめている。なにか声をかけたかったが、欠ける言葉がなにも浮かばなかった。ただ強く手を握りしめ、じっと路地の影に入っていく馬をみつめた。

「ほんとうに……僕は君たちを助けようと……」キッチョムはうつむき、頭に手をやった。不揃いに切られた前髪をきつく握りしめた。胸が締め付けられるように苦しく、鼓動が激しく鼓膜を叩いていた。背中にレイジーの横腹がふれた。首筋にレイジーの鼻筋がやさしくあたる。レイジーは微かに鼻をならしている。

「レイジー……」キッチョムはレイジーの鼻先に手をあてるとそのぬくもりを感じながら太く大きな首筋に額をあてた。レイジーはまた微かに鼻をならす。キッチョムは無言のまましばらく動かないでいた。そして手綱を手に取ると小さな声を出した「レイジー…、寄進品を集めよう……」

 キッチョムはそういうと顔をあげた。そして歩を進めようとした時だった。つま先にあたり音をたてて転がるサーベルの鞘をみつけた。キッチョムはそれを取り上げると、赤さびたサーベルを見つけ鞘に納めた。無言のまま鞘に納められているサーベルを見つめた。両手でサーベルをきつく握りしめ、瞳をとじた。歯を食いしばり瞳を開くとそれをレイジーの鞍に結びつける。

「いこう……。レイジー」そういうとキッチョムは手綱を引きもと来た道を戻り始めるのだった。


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