15.ダブル フェイトフル エンカウンター-9-
スプリング・ヒールド・ジャックは石畳にバネの音を響かせながら着地した。遠目に横転した馬車をみながら満足そうに、大きく息を吸った。
『じつに最高の余興だった!!この俺様がこれほど興奮するとは!!実に面白い余興だった!!……ま、いま覚えば…だがな、ハハハハハハ!!』
しかし、スプリング・ヒールド・ジャックはフーフーとかすれたような音をたてて息をしていた。苦しそうに肩を揺らしていた。
『ん……?どうした?たいした傷じゃないだろうが……、俺様たちは忙しんだ、町から町へ鉄を喰らい、人を焼き殺し、悲鳴を浴び続けなきゃならないんだぞ!!わかっているのか!?カスパー・ハウザァァァァァァ!!』
彼は首を落とし傷口を見た。思ったより深く抉られ、生々しい黒い血が音をたてて流れ出ていた。地面に垂れ落ちた血が油のように炎を上げている。
『……思ったよりも深い傷だな……。そういえば…、あの武器……、光ってたな……あの光…気になるな……』
スプリング・ヒールド・ジャックはうめき声をあげ膝を落とした。
『おいおい……立てよ、カスパー…ふざけてんじゃないぞ!!冗談はその醜い面だけにしろ!!』
スプリング・ヒールド・ジャックは炎を上げる遠くの黒い塊をじっと見つめた。
『ただの焼けただれた死体だ……。そろそろ灰になって崩れ落ちるさ……。そろそろ…、灰になって……そろそろ…灰になって…崩れ……』
スプリング・ヒールド・ジャックの目線の先の黒い影がごそごそと動き始めた。
『ば、ばかな……。う、動いてるのか?いや、風だ、風が吹いているんだ!!いまにみろ風が灰を吹き飛ばすぞ!!』
黒い影は炎を身にまといながら鉤棒を地面に突き立てた。鉤棒は白くまばゆい光をあたりに投げかけている。黒い影は鉤棒を支えにして膝を地につけながらも立ち上がろうとしていた。
『ふざけるな!いったい何を見ている!?お前の眼は節穴か!!いったい何をみているんだ!!……どこの世界にあの炎を喰らっていきている人間がいるんだ……!?この世にお前の炎で灰にできないものなどあるわけないだろうが!!』
キッチョムは最後の力を振り絞り立ち上がっていた。鉤棒の光が強くなればなるほど彼は立ち上がらずにいられない衝動に駆られた。彼はスプリング・ヒールド・ジャックをにらみながら、胸を大きく膨らませ呼吸を整えた。
炎が音をたててマントにまとわりついていた。キッチョムはマントを揺らし炎を薙ぎ払った。炎は吹き飛ばされ煙となり、地面におちた炎は音をたてながら、みるみる小さくなっていく。
キッチョムはマントを見つめた。マントは炎から彼の体を守った。煙をかぶっていたにもかかわらす煤ひとつついていない。月の光を受けてつややかに光沢をはなっている。
『そうか…そうだったのか!?奴は……、やつは墓守だァァァァッ!!ルカ…ルカァァァッ!!あのコソ泥の……あのマントは奴のものだ!!ハカモリのルカ!!忘れるものか!!奴はあのマントに地獄の炎を包み隠して持ち去ったんだ!!奴らは地獄から地獄の炎をくすねやがった!!いいか、カスパー・ハウザァァァァァ!!地獄の住人の顔に泥を塗ったんだ!!奴を!ハカモリを八つ裂きにしろ!!八つ裂きにしてやる!!灰すらこの世に残すものか、魂すら消し去ってやる!!ハカモリは皆殺しだ!!奴につながるものも、この町もすべてを灰すら残さぬほどに焼き尽くしてやる!!』
スプリング・ヒールド・ジャックのうめき声は次第に大きくなっていた。それはキッチョムの鉤棒の光が大きくなればなるほど苦しさを増しているようだった。白い煙が傷口から立ち上っていた。
『こんな時に……!!なんて腰抜けなんだ、カスパー・ハウザー!!……いいだろう、傷を治せ、俺がすぐにでも治してやるからな……。ハカモリをいたぶり、地獄に泥を塗ったことを後悔させてやるんだ!!積年の恨みを晴らす機会がやってきたんだ!!存分に楽しんでやろうじゃないか!ハカモリを見つけた!!とんだ拾いものだぞ!カスパー・ハウザァァァァァッ!!』
にらみ合うかのように身構えていたスプリング・ヒールド・ジャックは不意にキッチョムに背を向けた。肩を震わすと恐ろしい咆哮を上げて夜の空気を震わせた。キッチョムは両手に鉤棒を握り身構える。
鉄の音を響かせると高く飛び上がり、屋根の上に乗る。キッチョムを睨み付けながら威嚇するように鋭い牙のような歯を見せた。キッチョムは息を飲んだ。
しかし、スプリング・ヒールド・ジャックは不意に姿を消した。バネの音を残し夜の闇に姿を消したのである。キッチョムはあたりに耳を澄ました。次第に鉄の軋む音は遠くなりやがて消えて行った。