15.ダブル フェイトフル エンカウンター-8-
スプリング・ヒールド・ジャックの姿を探し左右に目を凝らすキッチョムの耳にバネの音が響いていた。馬車の車輪は今にも吹き飛びそうな音をたてて、ぐらぐらと揺れていた。バネの音がふと消えるのを感じ取るとキッチョムは頭の上に気配を感じ目を上げる。スプリング・ヒールド・ジャックは屋根の上に立ち、キッチョムをあざ笑うかのように見下ろしていた。
『…まだ生きてるのか……。どうしてくれよう…?カスパー?』
炎がスプリング・ヒールド・ジャックの腹の中で渦巻いていた。その炎はのど元まではい上がり鼓膜を震わし始めていた。
『そう、そうだな…。灰にしちまおう!!泣き叫ぶ間も与えず地獄におくってやろうじゃないか!!奴を屋根の上におびき寄せるんだ!!灰になる姿がよく見えるぞ!!死に際の最高の舞台にしてやるんだ!!』
スプリング・ヒールド・ジャックの姿が屋根の影に隠れた。
キッチョムは鞍に膝を上げると激しく肩を揺らした。息を整えることも忘れ、残る力を振り絞った。鉤棒を掲げ鞍を蹴る。キッチョムの足元に屋根が見えた。その目は背を向けて立つスプリング・ヒールド・ジャックの姿をもとらえていた。キッチョムの鉤棒を握る手に力がこもった。
その瞬間スプリング・ヒールド・ジャックは小さく飛び上がった。鉤棒を交わしながら回転する。顔がキッチョムに向けられる。驚くほど広がった口の中がキッチョムの眼に飛び込んでくる。激しい音をたて炎が渦巻いていた。
キッチョムは屋根に足をつけた。それと同時に飛び上がり、炎をかわさなければ……。キッチョムは歯を食いしばった。片手を屋根に添え勢いよく横へ飛ぼうとしたとき、膝が、折れた……。キッチョムは崩れ落ちた。膝をつき燃え上がる炎へ目を向けた。キッチョムの瞳に炎が写り渦を巻いていた。体は一瞬のうちに石のように固くなり動くことができないでいる。はらわたまで焼き尽くすほどの熱がすごそこに迫っていた。
夜を震わせるほどの轟音がグレスデンの町に響きわたり、空を赤く染めた。
キッチョムの影は炎に掻き消され、轟音に飲み込まれた。馬車の屋根は渦を巻く炎に吹き飛ばされ、車輪は音をたて弾け飛んだ。傾いた馬車は火花を上げながら進み横転した。馬車うまの悲鳴のような嘶きが響き渡る……。