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15.ダブル フェイトフル エンカウンター-4-

キッチョムは我を忘れたかのように手綱を振るい、アブミでレイジーを激しく蹴り上げていた。ひたすら馬車の影を追いかけていた。

 馬車がグレスデンの霧に包まれてはじめて彼はふと、我に返った。

「あ、あれは……、レイジー、霧だ」

 グレスデンの町を包み込んでいる霧が馬車を飲み込んでいく。渦を巻き、馬車の影が掻き消されようとしている。キッチョムは霧を睨み付け、手綱を握りしめた。

「とまらないで!突っ込むんだ!!」町の前では馬と墓守は立ち止まり、息を合わせる習わしだった。少なくともキッチョムとレイジーはそうしてきた。しかしこの時はそうしなかった。レイジーは首を振るうと霧を睨み付けた。

 その時だ、キッチョムの体が一瞬重くなった、なにかに押しつぶされるような、息苦しさを感じた。

 レイジーは霧に突っ込んだ。霧は揺れて渦巻いている。行く先が霧でぼんやりとしている。馬車の影が激しく揺れながら疾走していくのがかろうじて見えていた。

 霧に頬を撫でられながら、キッチュムは一心不乱に見つめていた馬車から目を逸らし、右へ左へ視線を投げていた。いつもと違う何かを感じていた。町を包み込む霧だけじゃない、いつもの夜と何かが違う。そして彼の目はとらえた。それは自らが手にしている鉤棒である。鉤棒の三本の鉤爪、真ん中の新しく溶接した部分がぼんやりと白く光り輝いている。キッチョムは目を見開きそれを見つめた。

「うそだ……、鉤爪が……」

 キッチョムの胸は激しく高鳴った。

 しかし、輝きは彼の目の前で次第にその輝きを強くしていく。

 エギオンの広く大きな背中が思い出された……。ヴァルハラのメダル……。魔よけのメダルだ……。


 ある日、キッチョムがソルマントの土を桶いっぱいに詰め込み小屋に運び込んだとき、エギオンは鉤爪をやすりで磨いているところだった。エギオンが寄進品集めの最中に鉤爪を一本折ってしまったのだ。それを溶接し終えたところだった。

「あ、鉤棒なおったの?」キッチョムはエギオンの背中に語りかけた。

「ああ、新しく溶接したんだ」エギオンは立ち上がり、ベッドに腰を掛けなおすと満足げに新しく溶接した部分を眺め、やすりをあてた。

「そこだけ色が違うよ、黒くないね」

「はは、ヴァルハラのメダルを使ったからな」エギオンは満足げに笑った。

「ええ!!僕はあの模様気に入ってたんだけどな……。それにあのメダルは魔よけだろ?冥界の川の渡し守に渡せばヴァルハラっていう天国に連れて行ってくれるんだろ?」

「ああ、たしかに…たしかにその通りだ。だがな、これを見てみろ」そういうとエギオンは鉤棒の末端を持ち、桶を足元に置いたキッチョムの目の前に溶接した部分を突き付けた。

「ああ、あの模様が浮き出てるね……」銀色に輝く溶接された部分には雲のような、水の波紋のような不思議な模様が浮き上がっていた。キッチョムはその模様を指先で撫でた。

「地獄の炎を使って、溶かしたんだが…。模様は消えやしない。すぐ浮き上がってくる。ヤスリも無意味だな……。いいか、魔よけ、魔よけっていっているが、実際のところはちがう。ヴァルハラのメダルは危険を知らせる、そして一種の『試練』だな。ヴァルハラは戦いに明け暮れた英雄たちが迎え入れられる場所だ、死してなお戦いを運命さだめとするんだ。それにふさわしい人間がこのメダルをもつ資格がある……。メダルの輝きは戦いの合図だ、ヴァルハラの神々に試され、決して背を向けることは許されない……」

 キッチョムは息を飲んだ。自分は騎士でも英雄でもなかった、ただこうしてエギオンと墓守をやっているだけだ。何者かと戦う理由など彼にはなかった。

「じゃあ、いらない。僕たちには必要ないものだね。うん、鉤爪にはちょうどよかったかも。ははは」キッチョムは安心したように笑った。

「そうだな……。だが、わすれるな。メダルの輝きは試練だ。決して背を向け逃げ出すことは許されない。残された道は、戦って勝つことのみだ」

「……や、やだなあ。もうメダルでもなんでもないだろ、ただの鉤棒さ、ははは」キッチョムは桶をもち大窯に歩み寄った「いわれたとおり、墓場の土を持ってきたよ、デスダスト作るんだろ?」

「ああ……」エギオンは鉤棒を壁に立てかけると、大窯の前にしゃがみ込むキッチョムの背中を見つめた。「……そうだな、ただの鉤棒だ……」


 今、銀色の鉤爪はキッチョムの目の前でその輝きをますます強くしていく。

「うそだ!!危険なんて……試練なんてあるわけない!!僕はヴァルハラなんて行きたくない!!」キッチョムは手綱を握りながらひたすら馬車の影をにらみながら、頭に浮かぶエギオンの声を振り払っていた。


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