15.ダブル フェイトフル エンカウンター
森の暗い夜道に静かにレイジーの蹄の音が響いている。すでに夜空にグレスデンのバルバドスの塔が見えていた。
キッチョムはのんびりと体を揺らしながら馬上でずっと考え事をしている。月はまだ完全に頭の上に登っていなかった。ほんの少し早く教会を出発していた。それもこれもグレスフォードの屋敷に入る時間を考えてのことだった。おそくなりすぎることはなかっただろうが、キッチョムの頭の中にはアレーネ・グレスフォードに聞いてみたいことが次から次へと浮かんでくるのだ。
薄暗い小屋の中でああだ、こうだと考えいているばかりで、とにかく彼はいてもたってもいられず小屋を飛び出し、レイジーを厩から連れ出して教会を出てきていた。
いつものように草のにおいに鼻を動かし、揺れる木々の隙間に星をさがしながらレイジーは歩を進めた。しかし森に向けられていた耳が震えた。
耳をもと来た道に向けた。彼の耳に微かに馬の蹄の音が響いたのだ。首をあげ今度は首をそちらに向ける。
キッチョムがレイジーの顔を不思議そうに覗き込む。
「ん?……どうしたのさ?」
その時だ、キッチョムの耳にも聞こえた。馬のひづめの音だ。レイジーが見つめる道の先に彼は目をこらした。遠く微かにランプの光がちらちらと見えていた。
「レイジー、隠れるんだ!」キッチョムは手綱を引くと暗い森の闇へとレイジーの首を向けた。
レイジーは慌てて木の根を飛び越え闇に飛び込んだ。森の茂みに身を投じるとキッチョムはレイジーを止め、道の様子を興味深げにうかがっている。こんなことは初めてのことだった。
「だれだろう?こんな時間に……」
微かに聞こえていた馬車うまのひづめの音はみるみる大きくなり、車輪の転がる音が森に響きはじめていた。
レイジーは首を縮めて、巨木の影に身を摺り寄せた。
キッチョムは首を伸ばし枝葉の隙間に目を凝らした。
4頭の馬の蹄が地面を揺らし通り過ぎていく、黒い大きな馬車の車輪が小石を蹴り上げ悲鳴を上げていた。
「グレスフォードだ……、レイジー!あれはきっとグレスフォードの馬車だ!!」
キッチョムは声を上げたが、レイジーは後ずさりし森の茂みに入っていく。
「なにしてるんだ?いまの見てなかったの!?あの大きな帽子をかぶった少年はグレスフォードの馬の世話係だ!!すごいな……あんな、大きな馬車をたった一人で……」
キッチョムが馬上で感心しているとき、レイジーは思い出していた。グレスフォードの屋敷で手綱を握り独り言をぶつぶつ言っていた少年のことを。なにやら自分に語りかけていたが、気にも留めていなかった。なんだか生意気な少年だった。でも、彼の体から漂ってくる厩の香りが心地よくてキッチョムがいなくても寂しくなかったし、怖くなかった。レイジーは少年が嫌いではなかった。
「いこう!?あの馬車にはきっとアレーネ・グレスフォードが乗ってるんだ!!君なら追いつけるさ!!」そういうとキッチョムはあぶみを蹴り上げ、手綱を振るう。
レイジーは茂みを飛び出し走り出したものの、首を振っていた。手綱を握るキッチョムがいやがうえにも彼の首を前に向ける。
『は、墓守が町の人間の馬車を止めるなんて!!無茶だ!あってはならないことだよ!!』
しかし、その声が馬上のキッチョムに届くはずはなかった。彼はすでに馬車に向かって叫び始めていたからだ。
「おーい!!待ってくれぇぇぇ!!」
『神様……、僕はいったいどうなってしまうのでしょうか……!?』
ひたすら地面を蹴り、心の中でそう叫ぶ以外、彼にはなすすべがなかったのだった。