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13.夕暮れのとき-3-

 ソルマント教会は薄暗い夜の膜に覆われ、幾人かの使用人によって灯された明かりが窓にぼんやりと暖かく灯っている。

 馬車はソルマントの厩の前に軋んだ音をたてて停まった。レイジーとロシュは重い馬車から逃れたいのか激しく鼻を鳴らしている。

「いい加減にしないか…、あんなにスピードを出すやつがあるか!」モリスは馬車の手すりにしがみつきながら息荒く声を上げた。

「モリスが急げといったんじゃないか、それにほら、そろそろ夕食の時間だろ?スープが冷めるよ」そういうとキッチョムは馬車から降りた。ちょうど馬車の扉が開き腰を抑えながらプライス神父が地に足をつけようとしていた。

「ああ、大丈夫ですか?」キッチョムは慌てて神父の肩を支え手を取った。

「まったく……、無茶をするなといったそばからこれだ……」神父は笑いながら腰に手をあて背筋を伸ばした。プライス神父はキッチョムより頭一つほど大柄で大きな髭をたくわえている。キッチョムが手にしている手の平は皺だらけだったがとても大きかった。

「ご、ごめんなさい……、モリスがよけいなことばかりいうものだからつい……」

「なにが余計なことだ!」モリスは後ろからキッチョムをどなりつけた。

 キッチョムは首を縮めると振り向きモリスを見る。

「二人とも、そのくらいにしておきなさい」神父はそういうと馬車から大きな荷物を取り出した。慌ててモリスが荷物を取りに歩み寄る。

「わたしが持ちましょう…、いいか、キッチョム馬車をもどしておくんだぞ」

「言われなくったわかってるさ、今日は寄進品を集める日だからね。今のうちにレイジーを休めとかないと」

「そうか、ご苦労だな、気を付けていくんだぞ」神父の優しい声が響くとキッチョムは笑顔でうなずいた。

「ささ、いきましょう。プライス神父もお疲れでしょう…。急いで食事の支度をさせますから…」そういうとモリスは神父を促すように歩きはじめ、ふと足を止めた。

「キッチョム!!」

「なに?まだなんかあるの!?」

「いいか!スープが冷めてしまうのは皿に盛った後のことだ!」モリスはそう叫ぶと踵を返し歩き出した。

「なっ!!わ、わかってるさ!!」キッチョムは土を蹴り砂煙をあげた。レイジーの首筋を撫でながら舌打ちをする「わかってるさ、それくらい。なあ、レイジー……」

 レイジーはただあきれたように首を振るだけだった。


「まったく……お前らときたら仲がいいのか、悪いのか……」神父は大きな髭を撫でながら困ったような声を出した。

「いいも悪いもこれが教育というものです!エギオンなんかに子守させておくからあんな生意気な、世間知らずに育ってしまったんですよ。あれじゃ、まるで反抗期の子供だ」

「ははは、そうだな。しかし最近は顔つきも少し変わってきたと思うがな。なにやら一人でぼんやり考え事をしているのを見かけるぞ」

「キッチョムが?ははは…、腹でも空かしていたんでしょう」モリスはそう笑いながら振り返り闇の中で馬車の手綱に手をかけているキッチョムをみた。『はて?そういえば、なにやらいいたいことがあるだの…なんだのって……』

「そばにいて気づくことはあるか?教育者なのだろう?」

「…ははは、キッチョムに限って悩みなんて、ないない」モリスは笑いながら手を顔の前でふり、ふと浮かんだ馬車の上での会話を打ち消した。

「そうか、わたしにはキッチョムはキッチョムでよくやってると思うがな、エギオンがここを去ってからというもの、彼はひとりでエギオンの仕事を引き継いでいるんだ」

「まあ、そうですがね、それも墓守のことに限ってのこと。奴の世界はいまだ自分中心にまわってるんですよ。わがままで自己中心的、それを証拠にこの教会のことや神父の気苦労にはまったくの無関心ときてる」

「それをいうな……。そもそもこの教会のことを彼に黙っているようにいったのはこの私だ。いまや、新教徒、旧教徒だのと一枚岩だった信仰は派閥によって分離されはじめた……。変わらないのはわれわれがいまだに異端扱いということだけだ……」そういうと神父は深くため息をついた。大きな髭が膨らんだかと思うとしぼんでいく…。

「まあ、下手をすれば、いずれ政治家よろしく勢力争いに発展しかねませんわな……」

「うむ……、この教会を守らねばならん……そして、この墓場もな……」そういうと神父とモリスの二つの影は遠く静かに夜に沈む墓場を見つめている。重い沈黙が二人を包んだ。

「……キッチョムとて無関係ではありますまい……」モリスの声が沈黙を破った。

「話をする必要はない…、私がなんとかする。わたしが……」

 神父の決心を固めるような一言にモリスはため息をついた。

「プライス神父……、それが『子供あつかい』というのではありませんかね?彼を、子どもあつかいしている」

 プライス神父は目を丸くしてモリスを見つめた。そして笑い声を上げた。

「ははは、一本取られたようだな……、お前はなかなかの教育者だ…。さて、さっきからいい匂いが漂っているようだが…わたしはもう腹が減って死にそうだ」

「ああ!そうですね、食事の支度でした!いそぎましょう」モリスはそういうと神父の前を足早に通り過ぎていく。プライス神父はキッチョムの姿を消した厩に一瞥くれるとモリスの後に続くのだった。


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