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12.グレスデンの町と墓守

『グレスデンの町』は数百年という長い年月、重い病に苦しんできた。


死人が蘇る墓場、ソルマント……。


幾人もの旅人や詩人がこの町を通るたびにこの病を侮蔑の言葉で表現してきた。


『新たなる産声は、墓標を傾ける

産声は聞くものの耳を裂き、瞳は赤く血で染まる

その血染めの瞳に焼きつけるがいい――――


戯れに歩く死人の群

屈辱と背徳の免罪符

漆黒の闇にトグロを巻く蝙蝠の群れ

鉛の棺桶を背負ううつろな躯

歪んだ墓標の軋み

死肉をついばむ巨大な黒鴉

危険を呼ぶ汚辱の霧

恐慌と流血に傾く聖者の塔

憎愛と滅びのグレスフォード城

狂気と情熱の墓守たち――――……』


 漆黒の闇は夜をじっとりと濡らし、星を溶かし、白銀の巨大な月を静かに浮かび上がらせていた。重く町にのしかかる暗闇が硬く緊張している、まるで空気が鋼のようになり、軋む音をたて、いまにも壊れてしまうかのようだった。

馬に乗った恐ろしい黒い影が白銀の巨大な満月を背負いグレスデンの町の入口にたたずんでいた。長く黒い鉤棒を高々と掲げ、重く艶のある漆黒のマントを羽織っている。何百年という時の流れの中で彼らはこうして町の入口を睨み付けるように足を止める。黒馬は息荒く白い息を吐きながら馬上の主の掛け声を待っている。


グレスデンの町はその影に怯えながら、息を殺し、彼らをただじっと待っていた……。


 子供たちはこの日ばかりは大人たちに物語をねだったりしない。どんな美しい、胸を高鳴らせる物語があろうと彼らはこの日恐怖のグレスデンの物語の登場人物となってしまうからだ。

彼らは金切り声をあげ、足をばたつかせながらタンスの中、ベッドと床の間などに身を隠す。そして、目や耳を手で覆う。

ある小さな女の子は顔を両手で覆い、目をふさいだ。残された耳をふさぐために涙を流して駄々をこね兄の両手を借りるのだった。

ある小さな少年は両手で耳をふさいだ。薄い瞼がたよりなく母親の胸に顔をうずめると、苦しそうにふうふうと音をたて、荒く肩で息をする。

家の中は暗く大人たちはただ床に膝をつけ、ベットに肘を押し当てると、恐ろしさに震えながら、ただただ『時』に祈るばかりである。神が町に与えたであろうこの忌まわしき習慣を解決できるのは『時』以外にないであろうからだ。

 

 やがて馬の嘶きが町を震え上がらせる。

 石畳を破壊するような荒馬の蹄の音が、今にも扉をぶち破らんばかりに響き渡る。

 ある時代の墓守は恐ろしい奇声を発して町を駆け抜けた。

 あるものは二人連れで現れ、寄進品を奪い合った。

 あるものは赤い瞳の大鴉をつれていた。翼の巻き上げる風が窓を震わせていた。

 中には両手に手かせをはめられ黒く太い鎖で両手の自由を奪われているものもいた。

 彼らは地獄も受け入れがたいほどの罪をその身に背負っている、それでも彼らは満たされてはいないのだ。激しく音をたてる動脈を探しあて首を胴体から引き離し、噴き出す血を浴びることを考えている。新鮮な目玉をくり抜き玉突きゲームに加えようとしている。赤くよく動く舌を切り取りディナーの皿に並べようとしている。

 彼らは何よりも生きのいい心臓を欲している。地獄への手土産だ。彼らはなによりも地獄へ行くことを望んでいる。だからこそ、この世で悪行をつくすのだ。


やがて子供たちの震える瞼がゆっくりと開き始めた。

 馬のひづめの音を闇が飲み込むように掻き消していた。町は静寂に包まれ、空気が緩やかに流れ始める…。

 子供たちはタンスの扉を微かに開け、またベットの床の隙間から顔をのぞかせて外の様子をうかがい始める。大人たちの微かな足音を聞きつけるとそこから這いだして急いで駆け出すのだ。両親の胸に顔をうずめひたすらその優しい匂いを嗅ぎ、そのぬくもりを感じ、やさしい声を聴きながら一緒にベットへと向かうのだった。

 グレスデンの子供たちはそんな夜を過ごさなければならない運命を背負っていた。



 しかし、町の人々がこの病から解き放たれる日がやってきたのである。

日が登ってからというもの、グレスデンの町を恐ろしい事件が震え上がらせていた。町は慌ただしく動き出していた。

そしてある決心をした、忌まわしき習慣に終止符を……。

グレスデンの町が夕日に染まり始めたこの日……、この時……。グレスデンの町は息を飲み、緊張を隠せない人々で満ち満ちていた。

 遠くで鳴く鳥の声が町の緊張を際立たせ、男たちの足早に歩きまわる影が長く伸び、いくつもあわただしくすれ違っていく……。

 『ハカモリ……』その言葉は小声でささやかれ、唾を吐く喉の音とともに道端に吐き捨てられていた。



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