11.スプリング・ヒールド・ジャック-『誕生』‐
男たちは黒い影が飛び上がりまっすぐこちらに向かってくるのを見ると、膝をつく男を残し、叫び声をあげて逃げ出しました。
膝をつく男はただこちらに向かって飛んでくる黒い影を見つめていました。時が一瞬止まります、男の鼻先にはあの仮面、燃える炎の目玉がありました。
「ああ……」男の微かな声は噴き出す血しぶきに掻き消えます。男の胸から首にかけて肉がえぐり取られたのです。
再びカスパーは空に舞ました。別の屋根に飛び乗ると振り返り辺りを見わたします。
人々は逃げ出しました。ひたすら叫び声をあげ、つまづき倒れたものを踏みつけ、その耳に鉄の音が響くのを恐れ、走り続けました……。
火の粉降り注ぐ屋根の上、人々の悲鳴に聞き入りながら引きちぎった男の下あごを見ました。並んだ歯の間に血が滴っています。それを投げ捨て、痛む手を見つめます。爪が割れ剥がれていました。
カスパーの頭に恐ろしい鬼の声が響きます……。
『かまうことないさ…爪は作ればいい、お前の才能というやつさ。足りないものは鉄を溶かし鍛えればいいだけのこと。町には腐るほどお前の大好きな鉄があるのさ。さて、狩といこうか、長い旅の始まりだ!カスパー・ハウザァァァァァァ!!』
彼の長い旅はこうして幕を開けました。恐怖は噂となり、噂はいつしか彼に名前をつけていました。『カカトにバネを持つ男』……、人々は彼を『スプリング・ヒールド・ジャック』と呼び恐れました。その名はイングランドを駆け巡り、いつしか噂とともにあの海を越えたのでした。
この恐怖の噂には、恐ろしい鉄の音、恐怖の仮面とツノ、火を噴く化け物などいくつかの共通点があり、ごくまれにではあったが『レイクイエムソードの伝説』と相まって語られることがあった。
そして『グレスデンの町』は新たなこの噂の舞台として、伝説の剣の物語の本当の始まりの舞台として選ばれたのだった……。