11.スプリング・ヒールド・ジャック-『カスパー・ハウザー5』‐
「何をしてるんだ!!ガキまで焼き殺す気か!?」眼帯の男は部屋を荒らしながら男たちに向かって叫びました。
「わかってるさ!!」男たちは慌てて言い返しました。しかし男たちがカスパーに手を伸ばすのを立ち昇る炎が妨げていました。
「…だめだ、火がついて近づけない!!……やつももう助からない!ここもじきに火に包まれるぞ!!」
男はそういうと炎の中に目を凝らしました。真っ赤に立ち上る炎の中に二つちらちらと光る青い炎があったからです。その灯火はカスパー・ハウザーの影の上にありました。まるで瞳が輝いているようです。
そして恐ろしい青い炎が男を襲いました。
それはカスパーの口から放たれたものでした。彼の体の中で燃え上がる青い炎は音をたて大きな岩ほどの塊になり男の上半身を吹き飛ばしたのです。男の上半身は叫び声をあげることもできず轟音と共に吹き飛び、残された下半身は白い煙を立ち上げ床にころがりました。
眼帯の男は轟音を耳にすると振り向きました。炎の中に光る二つの青い灯火…彼はそれを見、そして床に転がる人の下半身をみました。
「うあああああああ!!」腕から血を流していた男が叫び声をあげ逃げ出しました。階段をつまずきながら駆けあがっていきます。
剣を探していた男は体を背中を壁につけながら、恐怖でおびえていました。男は炎の中の青い瞳と眼帯の男を交互に見比べます。
「だめだ……、みつからない……逃げよう…」そういうと瞳に涙をため、肩を恐怖で震わせました。
「ふざけるな!逃げるんじゃないぞ!!」
そういうと眼帯の男はカスパーに目を向けました。睨み付けていましたが膝は力が抜けたようになり、身動きができないのでした。
炎の中の瞳があたりを見わたしています。カスパーの体の中でまた炎が渦巻き始めました。その音が地下室に響き始めると怯えている男にゆっくりと首を向けます。
「お、おれはまだ死にたくない…、こ、こっちを見るなァァァァァ!」男はそういうと壁沿いに階段へ向かって走り出しました。恐ろしい轟音とともに大きな青い炎が解き放たれ男の体が粉々に吹き飛びました。
地下室に響く爆音は眼帯の男を恐怖させました。しかし彼はその眼に目的のものを見つけたのです。粉々に吹き飛んだ男の手首が足元に転がっています、その手首を足で払いのけました。男とともに吹き飛ばされた壁の一部が壊れ穴が開いていました。小さな人の頭ほどの穴です。
その中に銀色の美しい装飾が施された柄の部分と黒い刃が輝いています。
レクイエムソード……――――――。
眼帯の男は忘れたくても頭から振り払うことができないあの日の悪夢をよみがえらせていました。ですが、彼の口元には笑が浮かんでいます。
「おれはこの時をどれほど待ち望んでいたことか!?俺のものだ!俺が完成させてやる!ホイットマンディー、俺が完成させてやろう…お前の偉業とやつを。お前の息子の魂をつかってなあ!!」
眼帯の男は炎の中のカスパーの影を睨み付けました。その口はきつく結ばれています。
カスパーの炎の音は微かに小さくなっていました。「まだ時間はある……」徐々に大きくなるその音を男は耳で注意深く聞いていました。そして片目に力を込めると床を蹴り壁に駆け寄り小さな穴に手を突っ込みました。
滑らかな皮の感触…重い刃の感触が腕にのりました。
「ハハハハ!ホイットマンディー見ているか!?じつのところお前は大した奴だ!!これほど胸打つ代物におれはであったことがない!くだらない情愛に流され偉業をすてるとはお前は間抜けもいいところだ……みせてもらおうじゃないか!!人の命を犠牲にしてまで得られる偉業というやつをな!!」
眼帯の男の背後の炎はすでに轟音となっていました。時は満ちていました。男は自らの背中の影に目を向け睨み付けました。そして叫び声をあげ、腕に力を込めて剣を引き抜こうとしました。
「そんな……!!」壁の穴が音をたてて揺れています。組み合わされた岩が震え、砂が舞っています。レクイエムソードの刃と柄が穴につかえていて取り出せないのです。
「バカな!!クソォォォォ!!」男は拳で壁を何度もなぐり、剣を引き抜こうと体を使って揺さぶりました。壁を殴りつける男の顔に自らの鮮血がほとばしります。
「いまいましい!!ホイットマンディィィ!!ステファーニィィイ!!お前らのガキを!!ぶっころしてやるからなァァァァ!!」
そう叫んだときでした。炎の熱を受け暖かかった背中に冷たい汗が流れました。彼は腕の力を抜き恐る恐る炎に顔を向けました。
炎のカーテンの隙間から顔を出すものがいます。カスパーはステファーニの体から離れ炎の中から顔を出していました。青い瞳は音をたてて炎を立ち昇らせ、鬼のようなねじまがった角が仮面の額を貫いて伸びていました。口の留め金は吹き飛び、焼けただれた口があらわになっています。驚くほど大きく開いた口の中に炎が渦巻いていました。まるで高温の炉の扉を開いたかのようなその口の中をみつめ、男は恐怖しました。まるで自らの魂を引きずり込もうとするかのような音が耳に響き始めました。
「ああ、やめろ……、やめてくれぇぇぇぇぇ!!」男は耳をふさぎ、涙を流すと膝をつきました。
轟音とともに炎が解き放たれ男を襲います。皮をはぎ、肉を焼きつくし、骨を灰にします。肉体とともにその魂をも灰とかすような高温の熱が音をたてて地下室に渦巻きました。炎の中に揺らめく男の眼帯の切れ端をカスパーの青い炎が粉々に吹き飛ばしました。
地下室は炎に包まれ、カスパーの叫び声と炎が渦巻く音が絶え間なく響き続けるのでした……。
『ああ……、じつに爽快な気分だ…。カスパー・ハウザー、炎の音色に耳を傾けてみろよ……。じつに心安らぐと思わないか?これに悲鳴が響き歌となるんだ。高尚なる宴というやつだ。しかし宴に酔ってる暇はないのさ。この地下室は陰鬱で醜悪な…すこぶる上等な環境だが、お前に外の世界を見せてやろう。俺様はお前に外の世界をぜひ見てもらいたい。さっきから匂ってくるこの醜悪なにおいがわかるか?強欲で残忍、狡猾にして冷酷で傲慢、褒めだしたらきりがないが…、たがやつらは俺たちと違いただのケダモノだ。俺様たち悪魔や鬼と違って低俗で貧弱、それはまさに虫けらのごとしだ、それが人間というやつだ……。さて、外へ行こうか……そうだ…、お前には残念ながら、俺様のような翼はないな……』
カスパー・ハウザーはゆっくりと足元に転がる二つのバネを引き寄せた……。
『ハハハ…いいぞ!!人間どもは待たせるとヘソを曲げて悪態をつくのさ!俺様たちのことを固唾を飲んで待ちわびているぞ!やつらの悪態と悲鳴をこの身に浴びようじゃないか!!ハハハハ!!』